首都直下型地震に対応できる 「被災者台帳システム」

  • 実装支援【公募型】

2021年3月11日


  • 実装活動プロジェクト名
    「熊本地震におけるコミュニティを基盤とする復興と文化的景観の再生」
  • 実装責任者
    田村 圭子 (新潟大学危機管理本部 危機管理室 教授)(2021年3月)
  • 実装活動期間
    2016年4月~2017年3月
  • 報告書
    終了報告書(PDF: 682KB)

 

  • プロフィール (2021年3 月)
    1960年生まれ、兵庫県出身。2004年3月、京都大学情報学研究科博士後期課程単位取得。同年4 月、京都大学防災研究所研究員。2005年3月、博士号(情報学、京都大学)取得。2006年4月、 新潟大学災害復興科学センター特任准教授。2009年4月、同大学危機管理室/災害復興科学センター(兼務)教授、2014年より同大学危機管理本部危機管理室/災害・復興科学研究所(兼務) 教授。専門は危機管理、災害福祉。復興庁「復興推進委員会」、国土交通省「国土審議会」委員、公益財団法人新潟県中越沖地震復興基金「新潟県中越沖地震復興基金」アドバイザーなどを歴任。

自治体の7割が未導入。首都直下型地震に対応できる 「被災者台帳システム」 とは?
開発者の新潟大学危機管理本部危機管理室 田村圭子教授に聞く

被災自治体の災害対応業務の大きな負担となる「罹災証明の発行」

現在、「首都直下地震」は、今後30年間に70%の確率で発生するといわれ、震度6弱以上の地域に居住する被災者は、最大 2,500万人を超えると予想されている。被災自治体には、迅速で公平公正な生活再建支援が求められるが、1995年の阪神・淡路大震災時、行政の課題として浮き彫りになったのが、「罹災証明」を巡るトラブルだった。

「罹災証明」とは、災害時、市町村が被災者に発行するもので、家屋の被害状況などが記載され、支援額や税の減免、義援金の配分などの判断基準となる。1995年阪神・淡路大震災を契機に創設された生活再建支援法の基準となることとなり、着目を集めた。ところが、その作成の基準や対応する部署などが自治体によってまちまちであったため、記載された内容に不公平感を抱く被災者もいた。

内閣府によると、全国で約1700ある自治体のうち、約7割でまだ「被災者台帳システム」を導入していない。内閣府は、災害発生時に各自治体が被災者情報などを集約する「被災者台帳」に関し、台帳を作成する専用システムを整備していない自治体への支援に乗り出し、導入費用の一部を国が負担するなどし、システム普及を目指している。

被災者の生活再建支援の全体像

地方自治体にとっての2大災害対応業務

「被災者台帳を活用した生活再建支援システム」の自治体導入のメリットとは?

誰もが調査員になれる“建物被害認定手法”を開発
~さらに、調査票のデジタルデータ化で被災者台帳制作をスムーズに

同システムの開発において研究代表として中心的な役割を果たした林春男京都大学防災研究所教授(当時)は、阪神・淡路大震災の実例に学ぶため、地理的情報を持ったデータを、高度かつ迅速に分析できるGIS(地域情報システム)をもとに、兵庫県西宮市の家屋の被害状況を撮影した12,000枚以上の写真をデータベース化。専門家でなくても調査員となって公平な建物被害認定ができるためのトレーニングシステムを構築した。
開発したシステムの実装の初の機会となったのが、2004年10月の新潟県中越地震。専門知識のない新潟県小千谷市の職員らが、システムを活用して住宅の被害帳を円滑に作成。さらに、発行システムのプロトタイプ開発に着手し、4日間で 3,000枚以上の罹災証明を発行することができた。一方で、罹災証明を通過点として、被災者の生活再建を継続的に支援するためには、住家被害認定調査から罹災証明発行さらには、被災者の状況を一元管理する被災者台帳の構築への必要性を痛感した。

この新たな課題に本腰を入れて取り組むべく、田村教授は2006年新潟大学災害復興科学センターに赴任後、RISTEXの「情報と社会」研究開発領域の研究開発プログラムに採択され、QRコードを用いた調査票データのデジタル化に取り組む。そして、2007年3月の能登半島地震の際には、石川県輪島市で開発中のシステムを活用して被災者台帳を作成した。また、新潟県中越沖地震では、被害世帯の3分の1以上が生活支援を申請しないという実態に直面。そこで、台帳をもとに市から被災者へ働きかける「攻めの姿勢」で、取りこぼしのない支援も実現した。

こうして、①建物被害調査→②罹災証明発行→③被災者台帳作成を連携させたデータベースをもとに、迅速で継続的な被災者の支援につなげる「生活再建支援システム」が整備された。2011年3月の東日本大震災では、システムや経験を生かし、岩手県と連携して、県を挙げて被災者台帳を作成。それをもとに県から被災者に積極的に働きかけ、生活再建支援に結びつけている。

同システムの導入状況は、東京都54をはじめとした、204の自治体。人口カバー率は21.9%(2019年現在)

インタビュー(2021年2月)

災害大国日本でこの先必要とされる「被災者支援」のかたちとは?

1995年に発生した阪神・淡路大震災と2011年に発生した東日本大震災。
国内外では、この2つの地震が多くの人の記憶に残されているが、日本はそれ以外にも大規模な地震災害に数多く見舞われてきた。
2007年に起きた新潟県中越沖地震では、最大震度6強を記録。2016年の熊本地震と2018年の北海道胆振東部地震は、ともに震度7を記録する巨大地震だった。
今後30年のうちに70%の確率で「首都直下」の大地震が発生するとも言われているように、日本全国どこに住んでいても、つねに地震のリスクにさらされていると言えるだろう。

近年では大雨や台風による災害も多発している。
2019年には房総半島台風と東日本台風が関東を直撃。房総半島を中心に長期にわたる停電が発生するなど、多くの人が被災した。

地球温暖化が進み、今後ますます気象災害が頻発することが懸念される中、災害への備えの重要性は増すばかりだ。

新潟大学危機管理本部で災害からの生活再建に必要なシステムについて研究する田村圭子教授は、次のような課題を指摘する。
「私たちは阪神・淡路大震災で、社会の備えを超えるような外力が襲ってくると、とてつもない被害が出るということを思い知りました。
以降、災害直後に避難所を設営するようないわゆる被災者救援のノウハウは蓄積されてきました。しかし、いまだに『復旧・復興』期への行政のそなえは不十分です」

災害からのスムーズな復旧・復興のために、応急期への備えと同じくらい「災害から立ち直るための備え」が重要なのだ。

「生活再建支援」はじまりは罹災証明書

災害支援と言われると、避難所の設置や炊き出しの準備といった救援活動をイメージしやすい。ただ、こうした救援活動のニーズはあくまでも災害直後、短期間で大量に発生するものだ。いのちを守るために重要であることに変わりはないが、その後、いのちをつなぐという意味においては、住居や仕事を失った被災者に対する生活再建のための継続的で長期的な支援が重要となってくる。

ポイントになるのは、市町村が発行する住宅の被害状況を証明する「罹災証明書」だ。
災害時には、罹災証明書の内容をベースに行政からの支援金や義援金、税金の減免、さらに行政以外では火災保険の手続きなど、さまざまな支援を受けることになる。つまり、多くの支援内容の基準となっているのが、損壊割合に基づく住家の被害認定なのだ。

住居の損壊レベルは、全壊や半壊、床上浸水など、いくつかの段階に分かれており、災害後の行政による調査で判断される。しかし、災害発生時には自治体の職員も同時に被災していることが多いため、住居の損壊状況調査や罹災証明書の発行にはある程度時間がかかってしまうことが課題として認識されている。
災害からの生活再建を抜け・漏れ・落ちなく進めるためには、罹災証明書発行後も、支援の漏れがないかどうかをフォローする必要がある。東日本大震災以前から「被災者台帳」という被災者情報を記録する台帳を用意し、支援状況を管理・把握することの必要性が指摘されていた。
しかし、具体的な準備は進んでいなかった。

「東日本大震災が起こった段階では、被災者情報の台帳管理は法的に位置づけがはっきりしておらず、行政の備えが不十分でした。震災後の混乱から、被災者の求めに応じて罹災証明書を手書きで発行したものの、その記録が残されていないなどの混乱も発生しました。支援の段階に進んでも、本当に被災者に必要な支援が行き届いているのかを迅速かつ確実に把握できない事態になりました」(田村教授)

そこで田村教授らの研究グループは、RISTEX研究開発成果実装支援プログラムとして、被災者の被害実態の一元的な把握と被災者支援の効率化を目的に、ICTを活用して「被災者台帳を用いた生活再建支援システム」を構築することにした。

被災状況の「見える化」

田村教授がまず行ったのは「業務の標準化」だ。
災害からの生活再建には、「避難生活の解消」と「仮住まい生活の解消」をスムーズに進める必要がある。

被災者は、罹災証明書の被害認定に応じて受けられる支援が分かれている。
仮設住宅に入居することになるのか、自分で新たな住居を確保しなければならないのか。支援金や保険金は受けられるのか。こういった情報がはっきりして初めて、被災者の生活再建の道筋に目処が立つ。
仮設住宅への入居手続きが滞れば、避難所を解消することができず、復旧・復興も遅れてしまう。スムーズな復興を進める為にも、罹災証明書をスピーティーに発行することが重要なポイントとなる。

田村教授らが基本設計を行った生活再建支援システムでは、建物の損壊状況を判断する手順をフローチャート化し、簡単な研修を受けさえすれば一般の職員でも被害状況を確認できる。ここで使われる紙ベースのチェック表は、QRコードで読み取れるようになっており、手作業で確認した建物の被害状況のデータを、デジタルデータとして簡単に記録できるようにした。
被害状況を手作業で入力していたケースもあったことを考えると、この効率化の恩恵は大きい。現在では、タブレット端末で直接データを入力できるシステムも考案している。

ただし、罹災証明書を発行するには、建物の被害だけが分かれば良いというわけではない。
「罹災証明書を発行するには、建物の調査結果だけではだめなんです。調査対象の家が一体誰の家で、何人で暮らしていたのかが分からなければ、被災の実態は明らかになりません。
罹災証明書の発行にあたっては、住民基本台帳における住民情報と家屋台帳の家屋情報、そして被災者の話を踏まえながら、被災者が住んでいた家で間違いないかどうかを確かめ、被災の実態を聞き取りながら進めていきます」(田村教授)

田村教授らの設計したシステムでは、被害状況の確認が済んだ建物の位置情報と、自治体が保有している住居情報や家屋情報をシステム上で簡単に参照できるようにすることで、損壊した建物に住んでいる被災住民をある程度推測することが可能となっている。ただしこれでも、自分の住んでいた家かどうかは、最終的には被災者に直接確認してもらう必要がある。
賃貸物件では、建物の所有者と実際に住んでいる人が違うことは当たり前だ。アパートやマンションのように同じ住所に複数の人が住んでいる場合や、住民登録はあっても高齢者施設などで日常生活を送っている居住の実態がない被災者もいるため、自治体が持っているデータだけですべてを把握することは難しい。
被災者自身の話を踏まえて確認する方が効率的なのだ。

被災の実態が確認できれば罹災証明書が発行され、同時に建物の被害状況とそこに住んでいる人が紐付いた被災者のデータベース(被災者台帳)ができあがる。
なお2013年には、東日本大震災の教訓を踏まえて災害対策基本法が改正され、自治体には被災者台帳を構築することが期待されるようになった。

科学的根拠に基づいた被災者支援を

「私たちは、科学的根拠に基づいた支援の実現を望んでいます。科学的根拠に基づいているということは、適切にデータ管理されているということです。何か誤りがあっても、どこで何が起こったのかを見極められて、支援する側もされる側も納得した中で支援することができます」(田村教授)
田村教授は、今回構築したシステムのような被災者のデータベースを整備する意味をこう語る。

被災者台帳による生活再建支援システムの概要

災害によって被害を受けたとき、復旧の度合いは場所や状況に応じて大きく変わってくる。
大規模な災害であるほど、スムーズな復旧・復興のために、行政と被災者の協力関係が必要になるはずだ。
全体を公平な基準で調査し、それをもとに支援していることに対する「説明力」がなければ、被災者は納得してくれない。少なくとも、データベースなどで適切に状況を把握できていれば、被災者はどの窓口でも状況が正しく伝わりやすくなり、同じ知識を得ることができる。
「情報の適切な共有ができるだけで、ある程度被災者の方には納得していただけるはずです」(田村教授)

データベースの構築は、支援漏れを防ぐことにもつながる。
「高齢者の中には、支援の仕組みが分からずに罹災証明書をもらっていなかったり、罹災証明書をもらっても支援を申し込んでいなかったりする人もいます。それでは支援が漏れてしまいます。データ化できていれば、そういった支援漏れを洗い出すことができます」(田村教授)

同様に、実際の被害状況や被災者の個別の事情がデータとして一つのシステムに蓄積されていけば、不足している支援も浮き彫りになりやすい。それをもとに「新たな支援策」を作れば、効率的な支援にもつながる。
実際過去には、根拠が乏しいままに支援策が決められ、効果が薄い支援に対して労力を費やしてしまった事例はいくらでもあると田村教授は話す。
「支援のメニューは本来災害ごとに考えなければならないものです。全体像を把握して支援を進めるツールとしても、被災者台帳は非常に有効です」(田村教授)

現状の法律では、被災者台帳自体をシステムツール化する義務はない。そのため、田村教授らが基本設計したようなシステムを導入している自治体もあれば、ただExcelでデータを管理していたり、あるいは紙の台帳で管理していたりする自治体もありうる。
「私たちとしては、いずれ国レベルでこういったシステムが入り、自治体間を越えて避難をしても利用できたり、自治体が管理しているデータが災害で喪失してもクラウド上にある過去のデータを引用できたりするような世界観をつくっていきたいと思っています」(田村教授)

現在、田村教授らが基本設計したシステムは、NTT東日本から「生活再建支援システム」として提供されている。2019年度の時点で東京都、京都府、新潟県をはじめ204の自治体に導入されており、全国の21.9%の人口をカバーしているという。

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