事業成果

被災者台帳を用いて

生活再建支援システムの実装2016年度更新

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田村 圭子(新潟大学 危機管理本部 危機管理室 教授)
RISTEX
情報と社会 「ユビキタス社会のガバナンス」研究者(H19-21)
RISTEX
研究開発成果実装支援プログラム
「首都直下地震に対応できる被災者台帳を用いた生活再建支援システムの実装」実装責任者(H24-25)

誰もが調査員になれる建物被害認定手法を開発

1995年の阪神・淡路大震災の際、行政の課題の1つとして浮き彫りになったのが、「り災証明」を巡るトラブルだ。り災証明とは、災害の際、市町村が被災者に発行するもので、家屋の被害状況などが記載され、支援額や税の減免、義捐金の配分などの判断基準となる重要な書類だ。しかし、1995年以前には、その作成の基準や対応する部署などが自治体によってまちまちだった。その結果、記載された内容が正確さに欠け、被災者の約3割が判定に不満を抱くこととなってしまった。

田村圭子教授は、京都大学防災研究所の研究員だった頃から、同研究所の林 春男教授とともに、り災証明を公平に発行する仕組みづくりに取り組んできた。阪神・淡路大震災の実例に学ぶため、地理的情報を持ったデータを、高度かつ迅速に分析できるGIS(地域情報システム)をもとに兵庫県西宮市の家屋の被害状況を撮影した12,000枚以上の写真をデータベース化した。専門家でなくても調査員となって公平な建物被害認定ができるためのトレーニングシステムも構築した。

開発したシステムの実装の機会となったのが、2004年10月の新潟県中越地震だ。専門知識のない新潟県小千谷市の職員らが、システムを活用して住宅の被害帳をスムーズに作成。さらに、発行システムの整備にも着手し、4日間で3,000枚以上のり災証明を発行することができた。

誰でもできる建物被害認定手法の開発

画像:誰でもできる建物被害認定手法の開発

調査票のデジタルデータ化で被災者台帳制作をスムーズに

新潟県中越地震では、こうした成果の一方で、新たな課題も浮き彫りになった。り災証明は一時的なものであり、被災者の生活を継続的に支援するためには、情報をまとめた「被災者台帳」を作成し、保存することが必要だ。り災証明をもとに台帳を作成しようとしたのだが、り災証明は紙媒体で作成されていたため、大きな労力が必要となった。この新たな課題に本腰を入れて取り組むべく、2006年には小千谷市に近い新潟大学災害復興科学センターに赴任。RISTEXの「情報と社会」研究開発領域の研究開発プログラムに採択され、研究代表者の林教授とともに、QRコードを用いた調査票データのデジタル化に取り組んだ。そして、2007年3月の能登半島地震の際には、石川県輪島市で開発中のシステムを活用して被災者台帳を作成した。

QRコードを用いた調査票のデジタルデータ化

画像:QRコードを用いた調査票のデジタルデータ化

「攻めの姿勢」で取りこぼしのない支援を

2007年7月に発生した新潟県中越沖地震では、被災者台帳の作成だけでなく、それをもとにした生活再建支援にも取り組んだ。そこで、被害世帯の3分の1以上が生活支援を申請しないという実態に直面する。そもそも支援の存在を知らなかったり、家庭の事情で申請のために足を運ぶことができずにいたりする人々が大勢いたのだ。そこで、台帳をもとに市から被災者へ働きかける「攻めの姿勢」で、取りこぼしのない支援を実現できた。

こうして、建物被害調査→り災証明発給→被災者台帳作成を連携させたデータベースをもとに、迅速で継続的な被災者の支援につなげる「生活再建支援システム」が整備された。2011年3月の東日本大震災では、システムや経験を生かし、岩手県と連携して、県を挙げて被災者台帳を作成。それをもとに県から被災者に積極的に働きかけ、生活再建支援に結びつける支援を行っている。

被災者台帳による生活再建支援システム

図:被災者台帳による生活再建支援システム

震災“後”ではなく“前”から支援をスピードアップ

こうした取り組みを受けて、震災が起こる前から行政が入念に準備をしておくことで、震災発生から生活再建支援までのスピードをアップさせようという試みが2011年からスタートした。東京都の協力を得て、職員が研修などを通じて被害認定やり災証明発行を実際に行うなどのテストを実施。田村教授は、当初は林教授が務めていた実装責任者を引き継いで実装に取り組み、現在では京都府、岩手県全県、神戸市、茅ヶ崎市の導入が実現。東京都、新潟県が全県導入を目指している。

被災者の生活再建支援システムは、田村教授らが現場に赴き行政の関係者とともに実装に取り組んできたからこそ、課題を発見し、より役立つものへと改善を重ねられた。今後もそうした姿勢を維持しながら、磨き上げたシステムをさらに進化させていくことが期待されている。

画像:東京都の防災の日に行われた防災訓練の一環として「り災証明書発行体験」訓練を行った

東京都の防災の日に行われた防災訓練の一環として「り災証明書発行体験」訓練を行った