社会インフラの老朽化を科学的根拠で認知し、人々の暮らしに安全と安心を確保する

  • 政策のための科学

2022年11月18日

  • プロフィール (2022年9月)
    土木構造物を中心とする社会資本(社会基盤施設)を取り巻く意思決定問題を主たる研究テーマとしている.従来,「経験」と「勘」で行われてきた様々な意思決定問題に対して,確率論や数理統計学を用いて,経験と勘の視覚化(暗黙知の形式知化)を行うと同時に,意思決定過程のモデル化を手がけている.近年の具体的な研究テーマは,目視点検データに基づく土木構造物の劣化予測,ライフサイクル費用最小化に基づく投資優先順位の決定などである.これらの要素技術をアセットメトリクスとして学術的に体系化を図ること,また要素技術を有機的に連動させた総合化技術により統合リスクマネジメントという新分野を創出させることが現在の研究目標である. 2000年3月東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻博士課程修了,博士(工学),米国コロンビア大学客員研究員,民間コンサルタント主任研究員を経て,2007年4月より大阪大学大学院工学研究科フロンティア研究センター特任講師,2011年4月より現職.(大阪大学ホームページより)

研究開発の概要

道路、橋梁、トンネルなどに代表されるインフラの老朽化が顕在化し社会問題化する中で、その補修や更新に関するマネジメント政策の重要性が増しています。しかし、現状のマネジメント政策は、ベテラン技術者の長年の経験、勘と知識に基づいて形成されています。今後、科学的エビデンスに基づく政策形成のための方法論を確立させ、老朽化インフラの補修・更新の経済的合理化を図り、同時にインフラ利用者の安全・安心を確保していくことが重要となっていきます。

本プロジェクトでは、ベテラン技術者が蓄積してきた点検ビッグデータを用いたデータサイエンス技術によって、インフラの劣化曲線や寿命、補修・更新に関する需要を予測する(科学的エビデンスを提示する)ための方法論を開発します。また、劣化予測結果とそれに基づくライフサイクル費用評価を活用することによって、老朽化インフラに対するマネジメント政策を形成するためのプロセスを構築します。さらに、データサイエンスとマネジメントの融合が、補修・更新計画立案を超えたさらなる価値創造を成し得るのか、他の公共インフラ政策、教育・医療・金融政策などへ適用可能であるのかを検討していきます。

インタビュー(2022年7月)

我が国では1950~70年代の高度経済成長期において、道路や橋梁、トンネルなどのインフラ整備が飛躍的に進み、国内経済の安定的発展を支えてきた。しかしそれから長い年月が経過し、多くのインフラが補修・更新時期を迎えようとしている。国土交通省によると、2033年3月時点で約63%の道路橋、約42%のトンネル、約62%の河川管理施設(水門等)が建設後50年以上に達するという。限られたリソースの中でこれらを効率的に管理していく手法の確立が求められていた。

インフラ管理における“暗黙知”を“形式知”化する

「米国では1970~80年代に維持管理不足が原因で橋梁が落下するといった事故が多発しています。遡ってみると、そうした橋梁は世界恐慌後のニューディール政策に基づく大規模公共事業などで1930年代に作られたものが大半でした。日本もその問題をまさにこれから、迎えようとしているのです。なお、米国では建設ラッシュ後に技術者の数が減ったり、点検を怠ったりした時期があり、それが約50年後の落橋に繫がったと言われています。これに対し、日本では米国の教訓もあって定期的な点検などをしっかり行っており、現時点では危機的な状況にありません。しかし将来に向けた対策を今から講じておく必要はあるでしょう」
そう語る貝戸先生が長年に渡って取り組んできたのがビッグデータ分析などのデータサイエンス技術を用いて、インフラ点検データからその寿命を統計分析していくための要素技術開発だ。RISTEXのプロジェクトではそれらを実務に落とし込み、老朽化したインフラの最適な補修・更新政策を形成していくアセットマネジメント手法の実用化を目指している。
「これまでも力学的な検討などによって大規模構造物の寿命を予測するという研究は行われていました。しかし、実際の点検データを用いて統計的に補修時期や寿命を予測するという取り組みは行われていなかったのではないでしょうか」
今回の取り組みにおいて貝戸先生は、実際に橋梁などのインフラ管理者と複数のプロジェクトを立ち上げ、まず、現場でどのような技術開発が求められているのかを洗い出すことから始めていった。

「効率だけを考えれば、どのタイミングで補修するのが最も安上がりになるのかという費用優先の手法に行き着きます。しかし、現実には費用よりも利用者の安全性をより重視する管理者も少なくないなど、管理者によってその考え方は大きく異なります。そこで、まずは費用とリスクのバランスをどこに取るのかなど、インフラ管理における意思決定のプロセスについて徹底的に話し合い、それに基づくかたちで我々の技術を修正・改良していきました。具体的には、単にインフラ寿命を算出することに留まらず、そのライフサイクルコストを最小化するための方法論を開発したり、補修されないことによってリスクがどのように高まっていくのかの分析などを行ったりしています」
この点について、それまでのインフラ管理は必要なノウハウをベテランの経験と勘に頼っていたと貝戸先生は言う。 「私の研究のコンセプトは、そうした“暗黙知”を“形式知”化するということ。分かりやすく言えば、これまでベテラン技術者の頭の中にしかなかったものを、データを分析して“見える化”するということ。これはベテランのノウハウだけに頼らないアセットマネジメントを可能にするだけでなく、ノウハウを若手に継承、教育するナレッジマネジメントにも役立つと考えています」

マクロからミクロへの転換によって実用性が大幅に向上

インフラのマクロな劣化予測結果

上図は、2007年、この研究を始めた直後の貝戸先生が、この分野で先行していた米国のインフラ点検データをもとに作りあげたマクロな劣化予測結果。そして下図が同じ点検データをもとに作りあげたミクロな劣化予測結果だ。この研究においては、このマクロからミクロへの転換が実用に向けた大きなブレイクスルーになった。

インフラのミクロな劣化予測結果

「統計分析というとマクロな予測、つまり平均的なインフラ寿命や劣化曲線が分かるだけだろうと言われがちなのですが、私がこの研究に取り組みはじめた時期にデータサイエンスの分野が大きな技術進化を遂げまして、構造物1つひとつの点検データから個々の劣化予測曲線を描けるようになりました。このことが、実際のインフラ管理者に使ってもらえるようになった理由のひとつだと考えています」

その具体的な活用例が、大阪市による下水道コンクリート管の老朽化ビッグシミュレーションだ。大阪市ではかねてより、市内下水道管、約5万か所の目視点検ビッグデータを蓄積しており、貝戸先生の開発した技術をもとに統計的劣化予測を実施。それによって下水道のコンクリート管の期待寿命が約82.2年と判明したが、同時に管ごとのばらつきが大きいことも判明した。

「それを地図上に落とし込んだのだのがこの下水道管渠マネジメントマップ(下図)です。これを見ると、海側の下水道管の損傷や変状が顕著だということがわかりますね。そして、何もせずに放置していると、2090年には市内のほとんどの下水道管がダメになってしまいます。このように視覚的にインフラの劣化状況を見える化できるようにしたことがこの研究の成果のひとつです」

  • 2020年 下水道管渠マネジメントマップ
  • 2030年 下水道管渠マネジメントマップ
  • 2040年 下水道管渠マネジメントマップ
  • 2050年 下水道管渠マネジメントマップ
  • 2090年 下水道管渠マネジメントマップ

なお、劣化状況の視覚化においては、各下水道管に色付けしたもの(左図)に加え、それをエリアでより分かりやすく表示することも可能にした(右図)。これによって管理者や市民がより視覚的に、直観的に状況を確認できるようになり、エリア単位での補修計画の優先順位を付けやすくなったと言う。

下水道管渠の劣化状況視覚化マップ

「大阪市では以前から下水道管総延長の5%を毎年更新しているのですが、具体的にどこから更新していくかは決められていませんでした。そこにこの分析が提供されることで、長期的な更新計画を立てやすくなります。ちなみにこの技術を利用することで、毎年どれくらいの下水道管を補修していけば現状のサービス水準を維持できるのかも分析できます。結論を言うと、まさに5%が適正な数値で、これまでの経験則が正しかったことが証明されました。逆に安易に予算を削減して,例えば更新延長を4%に落としてしまとリスクが大きく跳ね上がります。つまりインフラ政策の妥当性も評価できるようになるということです」

下水道管渠の長期的な更新計画

橋梁や道路といった人工構造物以外も視野に

ここまでで紹介してきた橋梁や下水道管は人間が作りあげた人工公物だが、劣化予測が求められるものには自然が作りあげた自然公物あるいはその要素を含むものも少なくない※1。具体的には山間部の道路脇を取り囲む斜面・法面などだ。これらは人工公物と異なり、ベテランの目をもってしても、その劣化を予測しきれず、想定外のところが崩落するなど、これまで多くの事故に繫がってきた。また、こうした斜面・法面は地形的に険しく、観測者がその場に赴くことすら困難という問題もあった。しかし、これについても貝戸先生の開発した技術は有効性を発揮すると言う。
「こうしたものについては、目視点検データではなく、自動車に搭載したレーザースキャナで法面の点群データを収集し、それをビッグデータとして、AI技術なども活用しつつ分析することで異常検知を行うことが可能です。現在はこれをより精度高く実現するための計測法、分析法などを検証している段階ですが、今年度中には何らかのガイドラインを作りあげる予定です」
正確な異常検知の難しさから、これまでは崩落が起きた後にどれだけ早く対策を講じるかが基本的な対応となっていた道路インフラの土砂災害だが、この取り組みが軌道に乗れば、事故を未然に防げるようになることが期待できるだろう。 「現在の取組は下水道や道路など、国土交通省の管轄下にあるインフラを中心に行っているのですが、今後は厚生労働省管轄の上水道や、経済産業省管轄の工業用水路、送電線、ガス管、総務省管轄の通信ケーブルなど、省庁の垣根を越えるかたちで地下埋設インフラの超域的アセットマネジメントを展開していきたいと考えています。RISTEXからはプロジェクトのための資金援助に加え、そうしたアドバイスも多数いただいており、とても助かっております」
また、並行してこの技術を海外に展開していくことも計画中。ミャンマーにおいて地域間の貧困格差を是正するための生活基盤インフラ整備プロジェクトにこの技術が活用されており、低廉な簡易舗装道路の劣化予測などに活用されている。また、加えてJICA(独立行政法人国際協力機構)を通じた留学生の受け入れも行っており、彼らにこの技術を母国に持ち帰ってもらうことで、さらなる技術開発と、アセットマネジメントの枠を越えた価値創生が期待できるのではないかとしている。

※1 自然公物:自然の状態において、すでに公の用に供しうる実体を備えているのを通常とする物(河川等)。
人工公物:公用開始行為(行政主体が、人工を加え、かつ意思的に、公の用に供すること)により、初めて公物となるのを通常とする物(公道、公園、港湾等)

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関連情報(リンク)

  • 科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム

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