福祉専門職と共に進める「誰一人取り残さない防災」の展開

  • SOLVE(シナリオ/ソリューション)

2022年3月2日

  • プロフィール (2021年11月)
    1955年10月19日兵庫県生まれ。
    1978年関西学院大学社会学部卒。同社会学研究科修士課程修了後、カナダ政府給費留学生としてトロント大学大学院に留学。
    同博士課程修了。Ph.D. 関西学院大学社会学部専任講師・助教授・教授を経て2001年4月より現職。
    専門は福祉防災学、家族研究、市民社会論。特に大災害からの長期的な生活復興過程の解明や、災害時要援護者支援のあり方など、社会現象としての災害に対する防災学を研究。阪神・淡路大震災時には、関西学院救援ボランティア委員会を組織し、約3か月間で延べ7500名の学生ボランティアのマネジメントにあたった。1997年から2005年まで被災者復興支援会議Ⅰ・Ⅱ・Ⅲメンバーとして被災者の自立支援を目的とした被災者・支援者との直接対話や、生活復興に向けた政策・施策の提言活動を続けてきた。2011年3月の東日本大震災では、直後より宮城県名取市に入り、長期的な生活再建支援に関わっている。
    2006年 兵庫県功労者表彰(震災復興部門)
    2018年 国際社会学会(ISA)災害社会部会(RC39)Charles E.Fritz賞
    2020年 防災功労者防災担当大臣表彰(個人、防災体制の整備)

研究開発の概要

災害時に障がいのある人や高齢の人に被害が集中する根本原因は、平時と災害時の取り組みが分断され、平時の在宅サービスが、当事者の災害脆弱性を逆に高める状況を生んでいることにあり、この問題の解決のためには、福祉と防災を切れ目なく連結することが必須である。このシナリオに沿って2016年度より別府市で行われてきた取り組みは「別府モデル」と呼ばれており、その根幹は平時のサービスなどの利用計画を策定する相談支援専門員や介護支援専門員が、災害時の個別支援計画についてもプラン案を作成し、地域住民との協議の場で要配慮者と近隣住民をつなぐ役割を担うことにある。このモデルを全国展開するためには基盤となる技術の開発が必要である。

本プロジェクトでは、災害被害シミュレーションに基づく生活機能アセスメントツールのアプリ化、地域プラットフォーム形成技術の確立などとともに、災害時ケアプランを作成できる福祉専門職の育成プログラムを拡充して、プラン作成の報酬化についての制度改正に関して自治体と共に提言をまとめる。

研究開発課題と社会の関係

行政/地域社会が“災害弱者”のサポートを、自治体の計画作成を努力義務に
「誰一人取り残さない防災」の全国展開に向けた取り組み

近年頻発する豪雨災害では、高齢者や障がい者など“災害弱者”に被害が集中

令和3年4月28日の参院本会議で災害対策基本法の改正が全会一致で可決・成立し、災害時に大きな被害を受ける障がい者や高齢者など避難行動要支援者の「個別避難計画の作成」が自治体の努力義務と位置づけられることになった。その背景には、近年頻発している豪雨災害において、高齢者施設の入所者の避難遅れなどが原因となり高齢者や障がい者といった、いわゆる“災害弱者”に被害が集中しているという現状がある。

令和元年東日本台風(台風第19号)による大雨、暴風等/令和2年7月豪雨

個別避難計画の策定に向けた行政の取り組み

個別避難計画とは?
避難行動要支援者(高齢者、障がい者等)ごとに、避難支援を行う者や避難先等の情報を記載した計画

  • 避難行動要支援者の名簿については、自治体の作成義務が平成25年に定められ、すでに約99%の団体が作成済み

【策定状況】(令和元年6月1日現在、消防庁調べ)

全部作成済

一部作成中

未作成

208団体

862団体

650団体

12.1%

50.1%

37.8%

個別計画の策定が完了している自治体は15%に満たないうえ、訓練まで実施できているのはごくわずか。
行政が作成促進に向けた取り組みの実行へ


①「災害対策基本法」の改正(2021年5月)
避難行動要支援者の円滑かつ迅速な避難を図る観点から、個別避難計画について、市町村に作成を努力義務化

②個別避難計画作成にかかる経費の地方交付税措置
市町村における福祉専門職が業務として個別避難計画作成に関与した場合の経費について、新たに地方交付税措置がなされる方針

個別避難計画についての現状と課題

災害時における高齢者を中心とした“災害弱者”の被害状況を受けて、各自治体で避難行動要支援者の名簿作成は進んでいるものの、当事者本人の心身の状況や生活実態の情報把握、それに基づいた避難計画の策定は不十分な現状がある。

当事者、消防、福祉事業者や施設、地域住人が連携して防災に取り組めているケースはごくわずかで、関係各所での情報共有や、関係者すべてが参加しての訓練実施が求められる。

全国の先進的な取り組み ~福祉専門職が参画する「別府モデル」とは~

個別計画の策定、実行のためには本人や家族はもちろん、地域住民や行政の連携・恊働が不可欠。特に、平時から避難行動要支援者本人の心身の状況や生活実態を把握している介護支援専門員(ケアマネジャー)などの福祉専門職の参画が重要となる。

《ポイント》

  • ケアマネジャーや相談専門員等の福祉専門職の参画を得るために、計画の策定に対し報酬を支払う
  • 策定した計画をもとに当事者を含めた関係者が参画して地域調整会議を開催し個別支援計画を作成する。それに基づいて避難訓練を実施するとともに、必要に応じて見直しを行う
  • 当事者と福祉専門職、地域住民等とをつなぐ役割を担う人材が重要となる

別府モデルの図

《ポイント》

  • ケアマネジャーなどの福祉専門職が、通常の業務の一環として防災に取り組むしくみづくりが重要
  • 発生時にポイントとなるのは、日常から備える『自助』や、家族や近隣地域の助け合い『共助』

①研修プログラムの開発/実装
福祉専門職の人が1日程度の簡単講習で避難計画の策定方法を習得できる研修プログラムを開発し、すでに多くの自治体で導入されている。

②「自分でつくる安心防災帳」のアプリ化/実装
「安心防災帳」は、チェックキットの説明に沿って情報を入れるだけで、避難行動要支援者自身の状態や必要な備え、支援ルートを可視化できる。すでに多くの自治体で導入されているほか、国立障害者リハビリテーションセンター研究所福祉機器開発室のサイト内でも入手可能である。この「安心防災帳」についてアプリ化に必要な機能を整理し、β版を開発した。

自分でつくる安心防災帳

インタビュー(2021年7月)

災害多発時代の今だからこそ「誰一人取り残さない防災」の取り組みを全国へ、そして世界へ

地球温暖化の進行とともに、「観測史上初」「○年に一度」のような気象災害が襲来することは稀ではなくなった。2021年の夏も集中豪雨が多くの被害をもたらした。日本列島に暮らす限り、気象災害に限らず、地震や津波、火山災害など多種多様な自然災害と向き合わなければならないが、命を守るために欠かせないのは早く、安全な場所へ避難することである。その際、取り残されがちなのは障がいのある人や高齢の人たちだ。このことにいち早く気づき、「誰一人取り残さない防災」という難題に挑んだのが立木茂雄同志社大学社会学部教授である。

「別府モデル」として始まった「個別避難計画」

東日本大震災の経験から、平時の福祉といざというときの危機管理が分断されていることが、障がいのある人や高齢の人が取り残される原因であることを指摘してきた立木教授は、大分県別府市の村野淳子防災推進専門員の取り組みに注目する。村野専門員が取り組んだのは、福祉の専門家が障がいや高齢の当事者や当事者が居住する地域の住民とともに作成する個別避難計画づくりであった。

この、「別府モデル」を誰でもわかりやすい形に標準化し、社会実装することに立木教授は村野専門員とともに取り組んできた。

個別避難計画にもとづいた防災訓練の様子
個別避難計画にもとづいた防災訓練の様子

一職員のもつノウハウの共有化をめざし標準化する

そのため立木教授はまず、村野氏の取り組みを「標準業務化手順(SOP: Standard Operation Procedures)」に落とし込むことから始める。
「村野さんのなかには、暗黙知というか、こうすればいいというのがもう直感的にあるわけです。それを克明に聞き取りをして、村野さんがここで動いたのはこんなことを考えていたんだ、というのを文章化していったんです。」

2016年から翌年にかけての村野氏の実践をこのようにして手順を追い、科学的な解析を進め、村野氏が別府でやっていることは、他の地域にも横展開できそうだという思いが確信に近づいてきたという。そこに兵庫県から声がかかり、まず2自治体をモデルに取り組みが始まった。
「2自治体で横展開していったらけっこううまくいきました。兵庫県はそれで、これはいけそうだということで、2018年度は35の市町にモデル事業をさらに広げ、3分の1くらいの自治体でうまくいったんです」

この結果を受けて兵庫県では全自治体に横展開し、一般施策として行うことになる。同じ年、2019年度にはRISTEXのSDGsの推進のための新しい研究領域ができる。ここに、別府市の村野氏との共同研究という形で、別府モデルをオールジャパンで横展開し、社会実装するというテーマで応募し、採択される。

個別避難計画づくりをうまくいくためのキーワード「越境」

兵庫県の35市町でのモデル事業でも明らかになったが、事業がうまくいった自治体とうまくいかなかった自治体は何が違うのか。村野氏の取り組みを長くみてきた立木教授によれば、円滑に個別避難計画づくりを進めるのにカギになるのは「越境」だと言う。
「村野さんがやっていることは、いろんな部局や組織、庁内外の関係者をつなげていく、連結し連携していくことなんです」

村野氏との研究を通じてわかったのは連携というのは結果だということだ。
「連携するにはそれを生み出すためのアクションを起こせば結果としてできる。じゃあアクションってなんだというと、我々が仮説化したのは、村野さんは越境ということをやっているんです。何度も繰り返し他部局に越境します。地域の自治会に繰り返し16回、足を運んでいます。最後には当事者のお宅に足を運びます」

このように、自分の領域に引っ込むのではなく、ほかの人の領域に乗り込み、さらには引っ張り出す行為を立木教授は「越境」と名づけた。
「越境をする結果として、さまざまなタコつぼの中にいた人々が出てきて連結される。境界連結が起こると橋が架かり、話し合いや決め事ができるようになって、地域と役所との協働が可能になります。協働ができたことをふまえて、当事者の参画がやっと可能になるのです」

だがここまでできるようになるのは並大抵のことではない。担当者にはさまざまな能力が要求される。このため、境界連結を率先して行えるような人材を「インクルージョン・マネジャー」と名づけ、養成のための取り組みを滋賀県を皮切りに始めているという。
「行政の中でも、『誰一人取り残さない防災』の取り組みに限らず、たとえば街づくりの担当者や観光施策に関わる人だとか、そういったところでも、同じ技法が使われていることがわかってきました。単独の部局だけで解決ができないときに、みんなの力をどう束ねていくか、というところでかなり汎用性のある社会技術だと考えています。」

「誰一人取り残さない防災」のノウハウを蓄積したi-BOSAIサイト

この「インクルージョン・マネジャー」の養成だけでなく、個別避難計画の立案のための福祉専門職向けの演習教材は、すでにさまざまなところで使われているという。それら立木教授のこれまで蓄積してきたノウハウに基づいてつくられた多くの教材群はi-BOSAIというサイトにまとめられ、誰でも学ぶことができるようになっている。
「基本的には集まっていただいての研修が主なんですが、コロナ禍で集まっていただくのがなかなか難しくなってきた。それならと、職場や自宅でもオンデマンドで学習できる教材に変えました。」

i-BOSAIサイトトップページ

支援が必要なすべての人に、個別避難計画がつくれるように

インクルージョン・マネジャーによる「越境」ができるようになれば個別避難計画を立案する福祉専門職の養成も可能になる。専門家の養成が進めば、個別避難計画作成も進んでいくことになるだろう。どのような見通しで進められるのかについても聞いた。
「個別避難計画作成は別府市に限らず、兵庫県のモデル市町でもすでに始めています。2021年度は、国のモデル事業で34の市町のなかのかなりの自治体では専門職の研修をやっていただくフェーズです。このため今年度は数が少ないですが、専門職も交えて災害時ケアプランとして個別避難計画を作り、それに基づいて地域の方々も調整会議を開催して同席していただき、実際に避難訓練の場でシミュレーションとして使っていただくところまで進められたらと思っています。そして残りの4年で形にして、横展開で本当に支援が必要なすべての方に、個別避難計画がつくれるように、というふうな見通しで進めています。」

コロナウイルス感染症からくる「誰一人取り残さない防災」への追い風

2020年の春以降深刻化したコロナウイルス感染症だが、災害時の避難にも大きな影響を与えている。だが見方を変えれば感染症の拡大も明らかに災害であり、コロナ対策を通じてたくさんのノウハウが得られているのだという。例えば避難所を3密回避するには避難所の運営や設営なども考えなくてはならないが、その財源に従来の災害救助法だけでなく感染症の予防措置に関する法律の財源も使う、などの手法がとられるようになった。
「これまでは体育館の中に布団を敷くだけだった避難所に、あっという間に段ボールベッドやパーティション、テントができたりというようなことが、この2つの法律の合わせ技でみんなできたんです。」

ここで重要なのも「越境」ということだ。つまり、自治体担当者は防災ラインの中でだけ資源を調達するのではなく、より広範に別の資源も束ねればいい。つまり越境して、境界連結すれば避難所はよりよいものになる… この気付きが、「誰一人取り残さない防災」にも追い風になるという。
「このコロナ禍で我々が学んだことをi-BOSAIの取り組みにも入れ込み始めています」

世界へ広がる「誰一人取り残さない防災」

さらに立木教授と、村野氏の取り組みは、世界へ広がろうとしている。教材のテキストやi-BOSAIサイトでも公開されている映像教材を翻訳し、世界へ広げようという取り組みが始まっているのだ。
立木教授によれば、まずはスペイン語版を完成させ、中米のエクアドルの防災と福祉の担当者向けにまずはオンラインで研修を始めるという。エクアドルは日本列島と同様、環太平洋火山帯にあるため、地震・津波や火山災害も起こるうえ、熱帯地方に位置するのでハリケーンも多く襲来する、いわば災害多発国である。
「エクアドルも障がい者を担当する省と防災を担当する省は日本と同じように縦割りになっています。そこを境界連結する、といったことを今年度から始めます」

エクアドルの後は引き続きタイ、トルコ、台湾といった国々にも広げていきたいという。「誰一人取り残さない防災」への取り組みで得られたノウハウが世界に広がる。この試みで一人でも多くの災害犠牲者が救われることを祈りたい。

レジリエントな社会づくりをめざして

今後「誰一人取り残さない防災」はどこに向かうのだろうか。それにはレジリエントな社会をつくる、ということが重要だと立木教授は言う。
「レジリエントとは弾力的なとかしなやかな、という意味の言葉です。土木工学の人たちが主流の国土交通省では『国土強靭化』という訳語が当てられたりもしますが、でも、本当はハザードに対して我々がしなやかに対処することなのです。コロナ禍に見舞われて私たちはしなやかに賢くなりました。段ボールベッドもパーティションも気がついたらできるようになってきた、そういう学習をして、災害に対してしなやかに対処することを学んできています。みんなレジリエントな対応なんです。個別避難計画づくりも、そのようなレジリエントなことにつながる取り組みにしていきたいと我々は考えています」

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関連情報(リンク)

  • SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(シナリオ創出フェーズ・ソリューション創出フェーズ)

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