「誰もが知りたいもの、必要なものを自由に手に入れ、触れられる社会」の創成に向けた、3Dモデル提供体制の開発と実装

  • SOLVE(シナリオ/ソリューション)

2023年1月27日

  • 研究開発プロジェクト名
    シナリオ創出フェーズ:共創的支援を促進する視覚障害者のための3D造形物配信・出力エコシステムの構築
    ソリューション創出フェーズ:「誰もが知りたいもの、必要なものを自由に手に入れ、触れられる社会」の創成に向けた、3Dモデル提供体制の開発と実装
  • 研究代表者
    南谷 和範 独立行政法人大学入試センター 研究開発部 教授(2022年8月)
  • 協働実施者
    渡辺 哲也 新潟大学工学部 教授(2022年8月)
  • 研究開発期間
    シナリオ創出フェーズ:2019年11月~2021年10月
    ソリューション創出フェーズ:2021年10月~2024年9月
  • Webサイト
    SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(シナリオ創出フェーズ・ソリューション創出フェーズ)Webサイト 南谷PJページ
    シナリオ創出フェーズ
    ソリューション創出フェーズ
  • プロフィール (2022年12月)
    独立行政法人大学入試センター研究開発部教授。
    学習院大学大学院で政治学を修めたあと、国立障害者リハビリテーションセンター研究所流動研究員を経て、現職。
    教授自身も視力ゼロの視覚障がい者(全盲)として、障がいのある受験者が健常者と同じように学力を発揮できる試験環境の開発に取り組む。

研究開発の概要

直感的な視覚表現の活用が進む昨今の傾向は、視覚以外の感覚活用のわい小化もはらんでいます。とりわけ、図示表現へのアクセスがいまだ厳しく制約されている視覚障がい者に対しては、一層の情報格差を生みかねません。この問題意識からシナリオ創出フェーズにおいて、視覚障がい者にリアリティーをもたらす模型(3Dモデル)の提供サービスの可能性を検証しました。その中で、サービス事業主体のノウハウ習得と機材(具体的には3Dプリンター)運用の技術的難易度がボトルネックであることが判明しました。他方で、「音声出力を用いた操作ユーザーインターフェイス」と「視覚障がい者が自立的に活用できる物体認識」という二つのシーズを発展させてきた我々のサービスが、コロナ禍以降の遠隔教育・支援に寄与する条件を整えました。
本プロジェクトが提案するのは、3Dモデルに関心を持つ視覚障がい者と研究者、支援団体やカジュアルボランティアが協働し、望まれる3Dモデルを提供・自立的に入手できる体制です。ボトルネックを克服しこの体制を実現するために、上記のシーズを用いてユニバーサルデザイン志向の「生活者3Dプリンター」を開発します。また「画像局所地点ID化技術」を用いて、遠隔の利用者が3Dモデルの音声解説を適材適所で主体的に得られる「自動触察ガイド」を実現します。

インタビュー(2022年8月)

視覚障がいを持つ人は、もののかたちをどのように把握するのか。特に写真やイラストなどを通じてやり取りされる情報に対し、視覚障がい者がそれを理解する手段は著しく制約されている。直感的視覚表現の活用がますます進んでいくだろう現代社会において、そうした制約が生み出す情報格差は視覚障がい者の社会的活躍にとって大きな足かせとなる。そこで本プロジェクトでは「誰もが知りたいもの、必要なものを手に入れ、触れられる社会を実現する」活動の一環として、3Dプリンターを活用した視覚障がい者のための3D造形物配信・出力エコシステムの構築を目指している。

点字だけでは伝え切れない情報を、触れる立体物を通じて伝える

プロジェクトを率いる南谷先生は、自身も生まれつきの視覚障がい者(全盲)であり、これまでも独立行政法人大学入試センター 研究開発部 教授として、大学入学共通テストにおける障がい者への配慮を充実させる研究を行ってきた。しかし、その取り組みの中で、点字に頼った表現に限界があることを強く感じていたと言う。

「たとえば数学の問題の中にはたくさんの図が使われているのですが、これを点字で再現するのはかなり難しいのです。そうした中、2010年代に入ってから3Dプリンターが一般向けにも流通し始め、これを活用することで模型を使って試験問題を出題できるのではないかと考え始めました。そしてその考えを深めていく中で、これは試験の改善や教育環境の改善だけに留まらない、視覚障がい者が置かれている情報環境改善に向けた取り組みとしてもっと深く、根本的に検討していく必要があるという結論に至り、2019年にRISTEXの「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(シナリオ創出フェーズ・ソリューション創出フェーズ)」のもとで今回のプロジェクトを始めることになりました」

本プロジェクトは2019年10月からの2年間、シナリオ創出フェーズとして課題の明確化、解決策の検討、社会実装へのロードマップ構築などを行った後、2021年からはそれを自立的に継続可能な活動にしていくソリューション創出フェーズに移行。すでにいくつかの外部団体と協力しながら実際のサービス提供を開始するまでに至っている。

試験サービスを立ち上げ課題を浮き彫りに

シナリオ創出フェーズでは、今回のプロジェクトに先駆けて、10年以上前から3Dプリンターを活用した取り組みを実施していた新潟大学工学部 教授 渡辺哲也先生を協働実施者に迎え、視覚障がい者から個別にリクエストを募り、3Dプリンターで出力した造形物を送付する試験サービスを「家内制手工業的に」(南谷先生)運用開始した。その取り組みについて実際のサービス運用を取り仕切った渡辺先生は次のように当時を振り返る。

「サービスを開始した最初の半年でのべ21人の視覚障がい者から36点の3D造形物の依頼をいただきました。私たちの作業としては、依頼を元に適切な3Dデータを探し出したり、ゼロから作成したりするなどして出力し、それを依頼者に送付するところまでをやっています。依頼された3D造形物の内訳は建築物が約半数、具体的にはミラノ大聖堂やサグラダファミリア教会、国会議事堂などといった具合です。建築物以外では東京23区全体の高低差が分かる地形図や、視覚支援特別学校(盲学校)の先生が授業で使うための大きく引き延ばした硬貨なども提供しました。なお、始めた当初は多数の3Dプリンターをどう運用していくかなど、多くの課題がありましたが、段々とそれにも慣れてきて、最近ではもっとチャレンジングなものも出力してみたいという欲も出るように(笑)。たとえば、晴眼者(視覚に障がいのない者)なら誰もが見たことのある歴史上の偉人の姿を3Dデータ化して盲学校に提供するという試みを行い、大変喜んでいただいています。もちろん、こんな3Dデータは世の中に存在しませんから専門の業者にお願いして作ってもらいました。RISTEXからの研究開発資金は、3Dプリンターの購入費用や発送費用などのほか、こうしたデータの制作などにも使わせていただいています」

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3D造形物

オンラインシンポジウムで認知と活用を拡げる

すでに多くの知見を有していた渡辺先生の協働によって、サービスの立ち上げや運用自体には大きな苦労はなかったと語る南谷先生。それよりもこうしたプロジェクトが存在することをどのようにアピールするかが初期の最も大きな課題だったと語る。

「認知を向上させるべく、サービス開始当初から半年に1度、広報のためのオンラインシンポジウムを行っています。直近では2022年8月に通算6回目を開催しました。なお、それぞれの発表では関連する3D造形物をあらかじめシンポジウム参加者に送付。講演時に手元で触れるようにしたことで、本プロジェクトの遠隔サービスとしての有用性もアピールしています」

このオンラインシンポジウムには、南谷先生の取り組みに共感する多くの研究者・関係者が登壇し、3Dモデルのさまざまな活用について発表を行っている。この8月のシンポジウムには、いずれも全盲のゲスト2名が登壇した。愛知県立名古屋盲学校 理療科の細川陽一先生は『理療科教育での3Dモデル活用』というタイトルで、3Dプリンターで出力した触教材の活用についてプレゼンテーション。鍼灸マッサージの技術習得を目指す学生たちに関節の形状を再現した3D造形物を提供することで、テキストだけでは正確に把握しきれない複雑な関節の形状を、直接手で触って深く理解できるようにする取り組みを紹介した。細川先生は3Dプリンターを利用することで短時間で安価に軽量に3D造形物を出力できることもこの手法の大きなアドバンテージだと語る。

毎日新聞の週刊点字新聞『点字毎日』の佐木理人氏は、自身の少年期の体験や、記者となってからの取材活動を通し、3D造形物の活用が広く視覚障がい者に有用なものだと確信。南谷先生協力のもと、『点字毎日』編集部内に3D造形物を多数用意し、来訪者や協力者に直接触ってもらうことでその楽しさ、可能性を感じてもらう活動をしてきたことを紹介した。現在は、新型コロナ対策から見学受付を一時停止しているものの、大阪駅や原爆ドーム、毎日新聞大阪本社ビル、新型コロナウイルス模型などの3D造形物が特に好評で、点字や点図などでは表現しきれない「触る楽しみ」を広く提供できたと言う。また、佐木氏はこれら3D造形物の新たな活用法として、地元の駅ホームや踏み切りなどを3Dプリントし、視覚障がい者がより安全に、よりスムーズに移動できるようにすることなどを提案している。

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新型コロナウイルス模型

なお、3D造形物の実用的活用という観点では、南谷先生も自ら『視覚障がい者が必要なものを自由に手に入れられる社会」を目指して』と題したプレゼンテーションで、プログラマブルCADソフトと3Dプリンターを用いた取り組みを紹介。一般には出回っていないがあると便利な「白杖ホルダー」を実際に作っていく様子を例に挙げつつ、目が見えなくても利用可能な3D造形物作成環境が整うことで、視覚障がい者の生活がさらに豊かに、自由になっていく、そんな未来の可能性を垣間見せた。南谷先生は、誰もがプログラマブルCADを使いこなせるわけではないとしながらも「何かを作りたいという欲求が、視覚障がい者の中でぐつぐつと煮えたぎっている」と熱弁し、本プロジェクトでの取り組みが視覚障がい者の可能性を拡げていくものであると訴えている。

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白杖ホルダー

「こうしたオンラインシンポジウムの活動に加え、我々は学会での関連成果報告や、『科学へジャンプ・サマーキャンプ』(主催・認定NPO法人サイエンス・アクセシビリティ・ネット)など、視覚障がいを持つ児童向けイベントなどにも積極的に出展しています。結果、2021年10月のシナリオ創出フェーズ終了時には3D造形物の制作依頼が200件を突破。2024年10月のソリューション創出フェーズ終了時にはこれを1,000件にまで持っていきたいと考えています。もちろん、そのためにはより効率的に3Dデータを制作できる体制作りも大切です。こちらもボランティアの募集を含め、さまざまなやり方を模索しています」

視覚障がい者に留まらない、“すべての人々”のためのサービスへ

現在、プロジェクトは、シナリオ創出フェーズで得たノウハウを踏まえ、現実社会に導入していくソリューション創出フェーズへと移行。障がい者向けのさまざまな情報サービスを提供している『日本点字図書館』に技術移転を行い、より安定的なサービス提供ができるよう取り組むなどしている(すでに実運用中)。

「点字図書館以外にも高知県の『オーテピア高知図書館』に我々が制作した3D造形物を提供し、それを使って視覚障がい者だけでないさまざまな人たちの学習に役立てていただく取り組みを実験的に行っているところです。また、島根県の複合文化施設『グラントワ』では、美術館の所蔵品を視覚障がい者でも楽しめるよう3Dデータ化したり、施設そのものを3Dデータ化したりするなどして、美術館をユニバーサル化していこうという取り組みも始まっています」(南谷先生)

さらに本プロジェクトでは、その先の目標として、視覚障がい者が自ら操作し、出力できるユニバーサルデザイン志向の「生活者3Dプリンター」の開発などといった技術開発にも注力。こちらは大阪公立大学 情報学研究科 准教授 岩村先生が中心となって開発を進めている。

「たとえば3Dプリンターのディスプレイ表示をカメラで撮影し、画像文字認識技術を使って音声読み上げできるようにすることで視覚障がい者でも一人でプリント操作できるようにする技術開発を行いました。そのほか、現在は3D造形物の特定部分を触るとそのようすを撮影しているカメラが『画像局所地点ID化技術』でどこを触っているのかを検知し、その部分の説明音声を再生する『自動触察ガイド』機能なども開発中です。完成にはもう少し時間がかかりそうですが、ソリューション創出フェーズが終了する2年後までにはかたちにしたいと考えています」(岩村先生)

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「自動触察ガイド」機能は開発段階

シナリオ創出フェーズとソリューション創出フェーズ、合わせて5年かけて目標へと邁進する南谷先生のプロジェクト。当面の目標について南谷先生は次のように語ってくれた。

「今、日本には『サピエ』と呼ばれる、日本点字図書館が中心となって運営する視覚障がい者のための電子図書館が存在します。視覚障がい者の間では、ここから点字・音声図書をダウンロードして読書を楽しむというカルチャーがすでに定着しているのですが、我々のサービスも中長期的にはここを目指したいと考えています。つまり、視覚障がい者がネット上から好きな3Dデータを自由にダウンロードし、自ら3Dプリントして知りたい情報をより気軽に手に入れられる社会を実現するということです。もちろん、これを視覚障がい者のためだけのサービスにするつもりはありません。最終的には晴眼者も含めたすべての人に使っていただけるものに育てていきたいですね」

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