子どもの「自己効力感」を高め、こころの健康を育む

  • SOLVE(シナリオ/ソリューション)

2022年11月18日

  • 研究開発プロジェクト名
    幼児から青少年までのレジリエンス向上を目指したプログラムと人材育成体制づくり
  • 研究代表者
    石川 信一 同志社大学心理学部 教授(2022年11月)
  • 協働実施者
    岸田 広平 同志社大学研究開発推進機構 特別任用助教(2022年11月)
  • 研究開発期間
    2020年10月~2024年3月
  • Webサイト
    「SOLVE for SDGsシナリオ・ソリューション」Webサイト 石川プロジェクトページ
  • プロフィール (2022年11月)
    同志社大学心理学部心理学科教授。博士(臨床心理学)、臨床心理士、公認心理師、認知行動療法師®。2005年宮崎大学教育文化学部講師、2010年フルブライト研究員(スワースモア大学)、2018年マッコリー大学客員教授などを経て現職。
    2003年早稲田大学大学院人間科学研究科健康科学専攻修士課程修了。2004年日本学術振興会特別研究員(DCI)。2005年北海道医療大学大学院心理科学研究科臨床心理学専攻博士後期課程中退。

研究開発の概要

京都府は教育現場において教員の積極的な介入により、全国平均よりも多くのいじめを認知することができています。加えて、京都府はスクールカウンセラーなど、教育現場でのメンタルヘルスサービスが全国的にも早い段階から導入されており、いじめ認知後の対応にも注力されてきました。しかし、いじめの根本的な解決には、子どもの自己効力感を高めることによる予防的対策が不可欠であり、既存のメンタルヘルスサービスが充実した先進地域であるが故に、一歩進んだ、子どもを対象とした心のレジリエンスを身につけるための、メンタルヘルス予防プログラムの定着が求められています。

研究代表者らが開発した小学生向けのメンタルヘルス予防教育プログラムでは、プログラム実施後に子ども達の自己効力感が向上することが実証されています。本プロジェクトでは、この教育プログラムを基盤に、幼稚園から中学校・高等学校までの幅広い年齢層に向けた新たな教育プログラムを開発します。また、タブレット端末が学習ツールとして有効な子どもに向けた、電子版プログラムの開発も並行して実施します。プログラムの定着に向けては、実施する学校や担任教員を支えるための研修による人材育成体制や、個別対応が必要な子どもについての相談ホットラインを構築します。集団指導と個別指導の両観点から、「誰一人取り残さない」メンタルヘルス予防サービスの提供を目指します。

インタビュー(2022年8月)

子どもたちのいじめ問題は深刻な状況だ。ネットでの誹謗中傷など「ネットいじめ」は2020年度、過去最多の1万8870件に上った。いじめなど子どものこころの問題の予防に心理学の分野からアプローチするのが、臨床児童心理学を研究する同志社大学の石川信一教授だ。
いじめが起こる原因として、そもそも、子どもたちが人間関係を学ぶ機会が少なくなっているという。
「たとえば、昭和の時代は、さまざまな年齢の子どもたちが一緒に遊ぶことが多かったのですが、平成以降、そうした機会が減ってきました。自分と年齢が違えば、発達の段階も違います。異なる年齢間の子どもたちが遊ぶと、それなりのコミュニケーションスキルが必要になります。自分で考えながら、人間関係を自然と培う機会が自然と準備されていたのかもしれません。これは推測の一例に過ぎませんが、子ども達が社会の中で社会性を学ぶ機会が減ってきているだろうと言われています。そして、現場の先生の多くは、子ども達の社会性の問題を深刻に捉えています」
子どもたちが人間関係を学ぶ機会が少なくなっていることで、コミュニケーションスキルが育たないという。

「気持ちを知る」授業を通して、子ども自身が心の問題を理解する

こうした背景を踏まえ、石川教授は今回のプロジェクトで、メンタルヘルスや人間関係、考え方に焦点を当てた全12回の授業を各地の小学校で実施し、子どもたちにコミュニケーションスキルを教えている。
特に、教育現場において教員の積極的な介入により、全国平均よりも多くのいじめを認知することができている京都府の小学校で、4~6年生を対象に『こころあっぷタイム』というプログラムを実施している。授業のポイントは「体験」だ。

写真
メンタルヘルス予防プログラムの授業の様子

授業では、子どもたちがグループで話し合い、体験し、お互いにフィードバックする。通常の授業とは明確な違いがある。
「道徳の授業との違いをよく聞かれます。道徳では様々な道徳観について議論をすることになりますが、『実際にやってみて、どうか』というところまでは実践しないことが多いと思います。一方、このプログラムでは、座学を学んで終わりにするのではなく、実際に体験し、その実体験についてお互いに意見交換をします。教室で学んだ後は、ホームワークとして、教室外でも試してもらうように子ども達を励まします」

このプログラムで使う教材は漫画家の日野行望(ひのいくみ)さんが描いたオリジナルのマンガだ。ストーリーは、怒り、うつ、不安といった心の問題を抱えた3人の小学生の前に突如、ナビゲート役の「白じい」という“発明博士”が現れるところから始まる。博士が“発明品”を使いながら、3人の心の問題を読み解いていくという流れだ。

授業では子どもたちにアテレコをしてもらいながら進めていく。人前で話すことや人間関係に難しさを感じているキミちゃん、苦手なものが多くて得意なものが少ないので元気が出ない青助くん、イライラしやすく人に乱暴な言葉を使ってしまう赤丸くんの3人それぞれのキャラクターを通じて、自分と似ている人、違う人について、理解を深めてもらおうという意図がある。「白じい」は、子どもたち自身が自分の心の問題を理解できるよう、どんな気持ちなのか、その気持ちの大きさや「嬉しい」「悲しい」など具体的な感情を問う。

漫画の一場面
プログラムで使う教材の漫画

自分の気持ちを知ることについて石川教授は、
「『自分の気持ちは○○である』と話すことは、気持ちのラベリングと呼ばれます。自分や相手の気持ちを正確に言い当てることが、メンタルヘルスの問題に対処する大事な第一歩になります。たとえば、本当は落ち込んでがっかりしているのに、イライラしていると思って当たり散らすとします。そうすると、荒れ果てた部屋を見て、ますます落ち込むという悪循環に陥ってしまいます。つまり、間違ったラベリングをしてしまうと、適切な解決策に至らなくなってしまいます。自分は今どういう気持ちなのか、正確にモニタリングすることは非常に重要なスキルです」

授業内では「気持ち」を発信。実際に問題に直面した際の解決法を学ぶ

実際の授業では先生が、「スポーツの得意な赤丸くんと苦手な青助くんが、野球をすることになったとき、ふたりはどんな気持ちで、その気持ちの大きさはどれくらいかな」という問いかけをする。
「グループ内で『僕はこう思う』『ああ思う』と発言し合うことで、『こういう気持ちになると、人はどうなるのか』を共有します。最終的に自分だったらどう思うのか、気持ちの種類と気持ちの大きさを考えます。野球をするのが楽しくない子どもでも、例えば『縫い物は好き』などと楽しいことを見つけます。自分で楽しいことを見つけられないと、気分は上がりません」と石川教授は話す。
そこで登場するのが「ウキウキシューズ」という発明品だ。石川教授はプログラムに込めた思いをこう語る。
「シューズを履いてみて、ウキウキすることを探していきます。プログラムでは、価値観を教えるのではなく、『実際に問題に直面したときはこうしたらいい』と子どもにとって“実際に活用できるやり方”を教えていくのが特徴です。人間関係でトラブルが起きたとき、どう解決したらいいか。苦手なものがあるときに、どうチャレンジしていくのか。嫌なことがあったときにどう捉えたら、比較的自分の気持ちが嫌にならないのかなど、強いストレスがかかったとしても切り抜けられるような技術や考え方を子どもたちに教えたいというモチベーションがこのプログラム開発の根底にあります」
“発明品”を心の問題の改善のための具体的な技術や知識のメタファーにすることで、子どもたちに直感的に理解してもらうという。

「自己効力感」がコミュニケーションスキル向上につながる

石川教授はこのプログラムを進めるにあたり、子どもの「自己効力感」に注目している。
「自己効力感とは、ある結果を生み出すために必要な行動を『自分ならできる、きっと上手くいく』と思える認知状態のことです。できたという実際の体験が積み重なれば、『自分ならできる』という自信になっていきます。これは、教育の現場では、学力以外にも子どもに身につけさせるべき『非認知能力』のひとつとして語られることが多いです。たとえば、対人場面での自己効力感が高まることで、見知らぬ人とコミュニケーションを取る際の自信やスキルの向上につながります」

普段の学級運営の中では、実際に子どもたちのコミュニケーション能力が上がったのかどうか測ることは難しいというが、石川教授のプログラムを受けた後の子どもを調査すると、実施前より児童が自分で感じる全般的な自己効力感が上がることや、教師の視点から見た児童の社会性が伸びていることが実証されている。

また、自己効力感は基本的には年齢が上がるほど低下することも分かっている。
「子どものころは万能感がありますが、徐々にできないと思うことが増えて、自己評価が厳しくなります。ですが、そういう自然の変化に反して、プログラムの実施後は自己効力感が上がったという結果が出ており、効果が見込めています」

対象年齢を拡大し、プログラムを全国へ。教員研修や授業時間の割り当てが課題

石川教授はこのプログラムを全国の学校に広めようとしている。
「先生への研修の機会をもっと増やしたいと考えています。そのためには、授業をしてくださる先生方はもちろん、一緒に研修を運営したり、プログラムの効果検証を研究したりする人たちを増やすことが必要です。今回、RISTEXのプロジェクトとして採択されたことにより、一緒に取り組んでくれる仲間ができました。小中高の先生方、養護教諭の先生、管理職の先生、教育委員会の先生方、スクールカウンセラー、心理士、研究者です」

このプログラムは、社会的スキルの訓練をする上で、先生に対しても子どもへの心理学的な介入をしてもらうことになるため研修が必要不可欠だ。RISTEXの支援によって、これまでプログラムを実施していた京都府だけでなく、宮崎県、東京都、福島県、静岡県、北海道などの学校を訪問し、2021年度時点で、49校188名の先生方への研修を完了した。そして、2022年9月までに73校での実装が進んでいる。

また対象年齢の拡大も進めている。もともとは小学生版プログラムを開発していたが、対象年齢を拡大するため、今回は中高生バージョンのパイロット版を作成した。実際にいくつかの中学や高校で授業を実施してもらい効果を検証している。
「小学校と違って、検証しなければならない点もたくさんあるあるので、まだプログラムは作成途上です」
今年度からは、幼稚園児のためのプログラム作成も始めており、将来的には、幼稚園から中高生まで幅広い年齢に向けたプログラムを提供したいと考えている。さらに、フィンランドのトゥルク大学との共同研究も進められている。

石川プロジェクト概要図
対象年齢の拡大・レジリエンス社会を担う人材の育成

ただ、教育現場へのプログラム導入には課題もある。国語や数学といった教科とは違い、心の健康教育は、文部科学省の学習指導要領に盛り込まれていないため、通常の授業にプログラムを実施する時間を割り当ててもらう必要がある。自己表現という観点から国語の時間が割り当てられたり、相手の気持ちを考えるという学習内容で道徳の時間に行われたり、特別活動の時間が当てられたりと、学校や教育委員会によっても様々だ。

さらには、教育現場からの厳しい反応もある。
「先生方は『このプログラムは今の子どもたちに必要だ。だけど時間がない』と口をそろえます。メンタルヘルスの予防に向けた取り組みが必要だと感じている一方で、先生方は通常業務で常に多忙です。プログラムを学ぶためには、どこかで自発的に学ぶことが求められざるを得ません。そのため、いざ自分の学級や学校で導入したいと思ってもその後ろ盾がありません。そもそもプログラムの研修時間そのものも多忙なため取れないことも大きな課題です。現状では、先生方のやる気や教育委員会の使命感に支えられているところが大きいです」

ただ、メンタルヘルスの取り組みと小学校は無縁ではない。文部科学省の「生徒指導提要」には、ソーシャルスキルトレーニング、ストレスマネジメント教育、ピア・サポートなど、心理学的な技法を使って子どもたちを支える取り組みが既に含まれている。そして、現在の生徒指導提要の改定案には、課題を未然に防止する教育が推奨されている。しかしこれらはあくまで生徒指導、教育相談における必要であり、授業としてのどのように時間を確保するべきかという動きまでには至っていない。

石川教授は最終的な目標を次のように語る。
「最終的には、「誰一人取り残さない」という理念を達成するためには、学習指導要領等の裏付けが必要になると思います。然るべき時がくるまで、私たちはメンタルヘルスプログラムの成果を地道に発信しながら、同士として我々のプロジェクトに賛同していただける方々と研鑽を積んでいきたいと思います。SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラムの研究助成終了後にも、新しく立ち上げた社団法人「青少年のための心理療法研究所」を通じて、プログラムの研修や実施をサポートできる体制をつくりたいと思います」

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  • SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(シナリオ創出フェーズ・ソリューション創出フェーズ)

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