- 横断・融合
研究機器・装置開発の諸課題 —新たな研究を拓く機器開発とその実装・エコシステム形成へ向けて—(市場動向・海外政策動向アップデート版)(—The Beyond Disciplines Collection—)
エグゼクティブサマリー
材料科学や生命科学、半導体などの研究には多くの場合、高度な実験を伴う。これらの研究が切り開かれてきた背景には、新技術を搭載した先端研究ツールが日進月歩で進化していることがある。さらに近年は、膨大なデータを基にAI解析をするデータ駆動型の研究や、スーパーコンピューターによるシミュレーション、ロボットを使った自動・自律実験などが世界的な潮流となっている。研究に用いるこれらのツールの先進性は、国際的な研究競争において極めて重要となってきた。日本は研究力向上を掲げながらも、研究装置やソフトウエアのライセンスおよびそれらの交換部品や消耗品などの大半を、海外からの輸入に頼る状況にあることが本報告書の問題意識の出発点である。
2021年に前身となる報告書を発行したが、3 年が経過し、国内外の環境も大きく変容している。今回「研究機器の市場動向」と「諸外国における研究機器の開発・整備・共用促進に関する政策動向」を中心にアップデートをおこなった。前作で掲げた課題認識や整理は、現時点においても重要性を増す状況にあると考えられることから再掲しつつ、市場動向と海外の関連政策動向の更新情報を踏まえた現時点の認識として改めて書き下している。
先端研究ツールは、コストの面でもインフレや円安の影響も相まって高額化する傾向にあり、日本の研究機関側の購買力不足も導入の遅れに影響している。メーカーや装置種の技術世代によって違いがあるため一概には言えないが、この10年間ほどで主要装置の価格はおおむね1.5-2倍に上がった。すなわち研究に際し、装置導入の遅れが研究成果創出の遅れとなり、さらに研究実施におけるコスト上昇にも各地の研究機関は見舞われている。装置類のみならず、光熱費や人件費の上昇などへの対応を含め、世界に伍して先端研究を実行する環境をどう構築するかは喫緊の課題である。
独創的な研究には、研究者が自ら開発した技術や装置を用いることがカギとなる場合も多い。これまでもわが国の研究者や企業は、電子顕微鏡や質量分析装置、成膜装置などで独創的な新技術を開発し、それを用いることで新たな発見や発明を遂げてきた。今、こうした新技術を開発する環境や仕組みは限られ、高度に複雑化する先端研究ツールにあっては一層難しくなっている。しかし、デジタル化やAIの導入で研究の手法そのものも大きく変容しつつある中、新たな科学技術を力強く切り開いていく先端研究ツール開発の力も、わが国の研究力の源泉として育むことが重要である。
生まれ続ける新たな研究ニーズに導かれる技術開発と、新技術が搭載された機器を利用することによる先端研究成果創出、その研究成果を用いることで実現していく社会課題の解決とが、長期的に作用し合うことが重要となる。いわば、長期の相互フィードバックループがスバイラルアップしていくような、イノベーションエコシステムの構築の課題を提起する。本報告書が産・学・官・社会の幅広い関係者間での議論を活性化し、日本の先端研究を拓く機器・研究基盤が、新たな研究開発のエコシステムとして育つことの契機となることを期待する。
※本文記載のURLは2024年6月時点のものです(特記ある場合を除く)。