2024年6月21日

第245回「先端研究装置の開発力育む」

国際競争のカギ
材料科学や生命科学、半導体などの研究には多くの場合、高度な実験を伴う。これらの研究が切り開かれてきた背景には、新技術を搭載した先端研究ツールが日進月歩で進化していることがある。さらに近年は、膨大なデータを基に人工知能(AI)解析をするデータ駆動型の研究や、スーパーコンピューターによるシミュレーション、ロボットを使った自動・自律実験などが世界的な潮流となっている。

研究に用いるこれらのツールの先進性は、国際的な研究競争において極めて重要となってきた。日本は研究力向上を掲げながらも、研究装置やソフトウエアのライセンスおよびそれらの交換部品や消耗品などの大半を、海外からの輸入に頼る状況にあることが本稿の問題意識の出発点である。

同時に、明日の科学技術イノベーションを担う先端研究ツールを開発する力が、日本では産学共に弱まっている懸念もある。このことは、私たちが行った調査においても垣間見えている。輸入に頼る装置や部品の場合、それが最先端であればあるほどに、製造国企業にとって重要な導入先が優先され、日本の研究現場への導入は年単位で遅れることが多い。

研究コスト上昇
また、調達コストの面でもインフレや円安の影響も相まって高額化する傾向にあり、日本の研究機関側の購買力不足も導入の遅れに影響している。メーカーや装置種の技術世代によって違いがあるため一概には言えないが、この10年間ほどで主要装置の価格はおおむね1.5-2倍に上がっている。すなわち研究に際し、装置導入の遅れが研究成果創出の遅れとなり、さらに研究実施におけるコスト上昇にも各地の研究機関は見舞われている。装置類のみならず、光熱費や人件費の上昇などへの対応を含め、世界に伍して先端研究を実行する環境をどう構築するかは喫緊の課題となっている。

独創的な研究には、研究者が自ら開発した技術や装置を用いることがカギとなる場合も多い。これまでもわが国の研究者や企業は、電子顕微鏡や質量分析装置、成膜装置などで独創的な新技術を開発し、それを用いることで新たな発見や発明を遂げてきた。

今、こうした新技術を開発する環境や仕組みは非常に限られ、高度に複雑化する先端研究ツールにあっては一層難しくなっている。しかし、デジタル化やAIの導入で研究の手法そのものも大きく変容しつつある中、新たな科学技術を力強く切り開いていく先端研究ツール開発の力も、わが国の研究力の源泉として育むことを忘れてはならないだろう。

※本記事は 日刊工業新聞2024年6月21日号に掲載されたものです。

<執筆者>
永野 智己 CRDSフェロー/総括ユニットリーダー

学習院大学理学部化学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。主にナノテクノロジー・材料・デバイス・計測技術分野の戦略立案を行ってきた。JST研究監、文部科学省技術参与を兼任。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(245)先端研究装置の開発力育む(外部リンク)