研究開発の俯瞰報告書
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研究開発の俯瞰報告書 統合版(2021年)~俯瞰と潮流~

エグゼクティブサマリー

本報告書は、各分野別に発刊されている俯瞰報告書の内容を、そのポイントを集約しつつ、社会や政策等の動向を踏まえた上で分野を越えた全体像として捉えるべく作成されたものである。

世界においては、米欧で育まれた民主主義、市場原理、科学技術を規範とする価値観に揺らぎが生じている。米中対立の激化に伴い国際協調の気運が低下しつつあり、AI(人工知能)/IoT(Internet of Things)、量子技術、バイオテクノロジーなどは産業競争力あるいは安全保障の観点から、技術覇権争いの対象となっている。かかる状況の中で発生した新型コロナウイルス感染症は社会経済活動や人々の意識を世界規模で変えたが、気候変動による温暖化を始めとした脅威も依然として存在し深刻の度合いを深めている。これら危機に対し破綻することなく、早期の復旧・復興が図られる社会(レジリエントな社会)を目指すことが科学技術イノベーションの大きな主題となっていると捉えるべきである。

より良い社会の実現に向け、社会課題解決を目指す研究開発への指向が強まっている。あるべき社会像は人々の価値観によって変わり得るが、変化する社会情勢の中で人々の価値観も変わっていく。この価値観を研究テーマの設定過程に取り込むことで、社会のステークホルダーの参画機会が増大している。EUの研究開発戦略であるHorizon Europe(2021-2027)にて創設されたミッション志向型研究プログラムはそのような取り組みの一例である。また、情報技術の急速な発達に伴い、いわゆるデジタルトランスフォーメーション(DX)によって社会が大きく変わる中で、データ駆動型科学技術などにより研究開発活動自体の変革も進展している。DXが各研究分野に浸透しつつあることは探索速度の向上等、研究手法の高度化のみならず、研究者の発想の拡大にも寄与するなど質的な変革を引き起こしつつある。

我が国においてはより良い未来社会の実現に向け、「超スマート社会=Society 5.0」の具体化を進めつつ2050年までのカーボンニュートラルを目指すとしており、その実現のため社会課題解決を目指す研究開発への比重が高まっているが、多様なステークホルダーの参加を得つつ社会課題ひいては研究開発課題を設定する仕組みの実現には道半ばである。個々の研究開発分野で見れば、我が国が依然として優位性を保持している分野はもちろんあるが、マクロに見て、日本の相対的地位が低下していることが懸念されており、我が国の研究力強化は喫緊の課題である。

次に、主要な研究開発分野における動向や我が国の課題について簡単に述べる。環境・エネルギー分野では、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のために社会経済活動が抑制された2020年においても、人為起源の温室効果ガス(GHG)排出量の減少率は限定的で、正味GHG排出量ゼロ社会への移行の難しさが露わとなった。各国がグリーンリカバリーを標榜する中、「社会の移行(transition)を促進する研究開発」の重要性が増している。我が国として、持続可能性と包摂性の価値観を前提として「ネットゼロエミッション社会(気候変動緩和)」、「アダプティブな社会(気候変動適応)」、「レジリエントな社会(強靭性)」、「サーキュラーな社会(循環経済)」の4つの方向性に向けた研究開発が重要である。

システム・情報科学技術分野では、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、医療感染予防をはじめとして広範な社会経済活動等におけるITの重要度が増大している。技術動向としてはサイバーフィジカルシステムやInternet of Things(IoT)に代表されるデジタル化・コネクティッド化、その上でのAI技術やロボティクスの急激な発展によるあらゆるもののスマート化・自律化が大きな潮流である。また、近年では、社会的要請との整合性や、人間の主体性確保などが課題である。

ナノテクノロジーは人類の社会・文明を支えてきた材料技術とともに、テクノロジードライバーとしてほとんどすべての応用領域の下支えをしている。ナノテクノロジー・材料分野では、IoT、AIなどの応用に向けてCMOSの限界を凌駕する通信・情報処理の新たなテクノロジーの模索が続いている。また、マテリアルズ・インフォマティクスなどの材料開発に機械学習を用いる流れが世界において広く認知され始めている。我が国としては、量子状態の高度制御、ナノ力学制御によるスマート材料などが課題である。

ライフサイエンス・臨床医学分野では、「より多くの人に、より質の高い医療サービスを安定して提供する」こと、「より多くの人が、より質の高い食料を安定して入手できる」ことは世界での喫緊の課題となっており、個別化医療、バイオエコノミー等、社会・国民の理解が必要な研究開発が引き続き大きな潮流となっている。我が国としては、デザイナー細胞(細胞医薬)、気候変動下での環境負荷低減農業、AI×バイオなどが、また研究開発を創造的・効率的に推進するための医療研究プラットフォームやイノベーション・エコシステムの構築などが課題である。

以上の俯瞰結果に基づき、科学技術における我が国の相対的地位が低下していることを踏まえた上で、我が国が世界の主要国と伍していくだけの研究開発力を得ることが全体としての課題と認識する必要がある。かかる認識の下、
(1) 社会課題対応型研究開発において研究開発課題を設定する段階からさまざまな専門を持つ研究者のみならず多様なステークホルダーの参画を得つつ進めていくこと
(2) 研究開発活動のDXを改革の駆動力としながら、DXのみならず、クロスアポイントメントのようなフレキシブルな雇用形態等のさまざまな側面から研究環境を構造的に変革すること
(3) 自由な発想に基づく研究(特に基礎研究)に長期的に取り組める環境を整備すること。これを若い人から見て魅力的であるような環境とすることで、若手人材育成と一体的に進めること
(4) 研究の進捗に伴って産学官が柔軟に連携相手を組み替えつつ相補完的に協力を行える「場」をイノベーション・エコシステムとして構築していくこと
(5) 一人一人の政策担当者、研究者が世界観と歴史観を身に付けるとともに分野を越えた連携に取り組むこと
等が今後の課題である。

本報告書でまとめた内容については、関係ステークホルダーに発信していくこととしており、また、日本の挑戦課題として浮かび上がった項目については、今後、CRDSにおいて深掘検討を進めていく予定である。この報告書が、2021年度より開始される第6期科学技術・イノベーション基本計画等の実行に資するとともに、科学技術と社会とのコミュニケーションと信頼の醸成のための基盤となり、科学技術の多様な国際協力の展開に貢献をすることを期待したい。

目次

研究開発の俯瞰報告書 統合版(2021年)~俯瞰と潮流~