- 実装支援【公募型】
2021年6月8日
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ニーズ
子どもたちを守り、育てる -
領域・プログラム
研究開発成果実装支援プログラム
- 実装活動プロジェクト名
「エビデンスに基づくスクールソーシャルワーク事業モデルの社会実装」 - 実装責任者
山野 則子(大阪府立大学人間社会システム科学研究科 教授/スクールソーシャルワーク評価支援研究所 所長)(2021年3月) - 実装活動期間
2014年10 月~2017年9月 - 報告書
終了報告書(PDF: 1,739KB) - Webサイト
研究開発成果実装支援プログラム【公募型】 Webサイト 山野PJページ - プロフィール (2021年3月)
関西学院大学社会学研究科後期博士課程修了、博士(人間福祉)。内閣府:子どもの貧困対策検討委員会委員・有識者会議委員、文部科学省:中央教育審議会生涯学習分科会委員、企画調整部会委員、家庭教育支援の推進方策に関する検討委員会座長、教育相談等に関する調査研究会議委員、厚生労働省:社会保障審議会臨時委員、ほか国の委員多数。大阪府子ども施策審議会会長、子どもの貧困部会部会長、大阪府スクールソーシャルワーク配置事業スーパーバイザー、ほか多数。
プロジェクトの概要と成果
いじめによる死亡や居所不明児童、少年事件などの子どもを取り巻く様々な問題を早期に発見し対応するために、スクールソーシャルワーカー(SSWer)による学校を中心とした子ども・家庭の支援モデルの全国展開を目指した。これまでに作成したSSWer事業の実施マニュアルのWebシステム化や、支援を必要とする子どもや家庭に対してSSWerが効果的に関与できる体制整備等を行った結果、SSWer事業プログラムを活用し実践する自治体が南は沖縄県、北は北海道まで全国に広がった。またこの活動の効果をエビデンスとして国に提示することで、文部科学省のガイドラインに反映されたほか、社会福祉士や精神保健福祉士を養成する大学や専門学校を束ねている日本ソーシャルワーク教育学校連盟(旧日本社会福祉士養成校協会が2017年にすべての社会福祉系の養成校を束ねて統合した)の研修内容にも成果が活用された。さらに、内閣府の子供の貧困対策として提示されている「学校プラットフォーム」においてSSWerの積極的活用が打ち出され、平成31年度末までにSSWerを全国に1万人配置することが子供の貧困対策の大綱に出されるなど、社会実装に向けて着実に成果展開が図られた。
「エビデンスに基づくスクールソーシャルワーク事業モデルの社会実装」からスクリーニングシステム(YOSS)AI開発へ
(2021年2月2日にRISTEXが実施したメディア向け説明会での講演と資料より作成)
研究開発の全体像
子どもをとりまくさまざまな問題
児童虐待死亡例(心中を除く)の約半数は0歳児です。いじめによる死亡や居所不明児童、少年事件など、子どもの問題が深刻化しています。背景には、母親の孤立、不安があります。三分の一の女性が、誰ともしゃべらずに子育てをしているのが現状であり、20年前と比べて倍増しています。そういった孤立や不安から不適切な養育、児童虐待につながっていくことが、相関分析で分かっています。つまり三分の一の層が虐待に移行する危なさがあるというのが現状です。貧困についても同様のことが言えます。そして、虐待を受けた子どもたちが、非行や不登校といった問題行動に移行することも明確になっています。これが学力低下につながり、循環してまた貧困になっていく可能性があります。孤立も貧困も外から見えるものではないため、早期発見、早期対応できないのが課題です。
学校組織や児童相談所の課題
学校組織は、普通の企業のようなライン組織ではなく、校長・教頭以外は皆横並びという鍋蓋組織です。日常の伝達、共有、決定の場がないため、個々の教師に抱え込みが生じやすく、児童相談所に伝えてもなかなか動かないといった中で、個人で苦しい思いをしながらそこに蓋をしていくというのが現状です。そして、難しい家庭だからということで手の出しようがなく、事件に繋がっていくのです。
児童相談所が対応するのは極一部の児童です。義務教育年齢の全児童数の約1%、市町村の児童相談部署でも10%くらいですから、虐待に移行する危なさがある約30%を拾うところがないわけです。
スクールソーシャルワーカー(SSW)の実践
この30%を掴めるのは、すべての子どもが通う学校です。ですから、学校にSSWを展開しています。ただし、SSWが入るだけで学校が変わるのではなく、教育委員会がどういうプログラムを作っていくのかが非常に重要です。
SSWの制度が入ったのは2008年です。当時はSSWがどのように動くのかという形がなかったため、SSWの実践プログラムも作成しました。最近これをWEBプログラムに発展させ、スマホやパソコンで、誰でもどうすればよいかがチェックできるようにしました。このWEBプログラムでは、SSWが動いたときに非行や不登校がどう改善するのかということを相関図で見ることができ、SSWが自分のどこが足りないのか、自治体としてどこが足りないのかが把握できます。
SSWについては、自治体への導入だけではなく、政府に対しても制度化を働きかけてきました。その結果、教育再生実行会議に取り上げられ、文部科学省のガイドラインという形で生かされています。スクールソーシャルワーク事業モデルは、全国教育委員会に働きかけ、北海道から沖縄まで6ブロック中心に展開しています。
一人の子どもも取りこぼさないスクリーニング
今、「スクリーニング」という方法を開発しています。学校の中で、一人の子どもも取りこぼさず、全員の子どもたちを確認していくことで、リスクの可能性がある子どもを洗い出し、適切な対応を簡単に行えるようにするための方法です。これを行うことで、違った視点が入った、簡単な対応方法が得られた、力量がアップしたなどの効果が教師から語られています。
これまでは、スクリーニングをエクセルのシートで行っていましたが、AIも導入した本格的システムが2021年度からスタートします。全教員で、子どもの欠席日数や気になることなどを入力することで情報が共有され、チームで気になる子を発見することができます。こうすることで、例えばいじめのアンケートに気になる記述があったというようなことを、担任一人で抱え込まなくてすむようになります。今の学校の状況では、担任一人が抱え込むことが多いので、そういった学校組織の問題を解消するために、このスクリーニング・シートを作っています。組織としてこのスクリーニングのようなものを全国的に導入しなければ、子どもの事件はなかなかなくならないと思っています。
気になる子は、SSWも入ったチーム会議に挙げ、そこで対応を決めていきます。最も極端な要保護の子は、児童相談所や警察に送られていくわけですが、遅刻が増えたといった程度の約30%の子どもには、今は何も対処できていないのです。子ども食堂や地域の学習支援などは増えてきていますが、教師がそういった施設を紹介することは殆どありません。このスクリーニング・シートを使うことで、「この子には子ども食堂を紹介した方が良い」というようなことが学校の中で確認され、紹介することができるようになるということです。
こういう活用によってデータが蓄積され、教師の工夫が次に生かしていくことができます。この教師データを蓄積し、AI技術を入れて活用できるようにすることに、今取り組んでいます。担任一人の懸念を全体で把握し、それを定例化していくことをシステムを使うことで可能にし、そして対応の方向性を決めて早期対応につなげていきます。この一連の流れを “スクリーニングYOSS”というシステムを活用して行うわけです。これを行うことで、保健室来室や遅刻が減ったとか、不登校が3分に1になったといった効果が出ています。
このような研究開発が文部科学省でも取り上げられ、ホームページでは「児童生徒の教育相談の充実について~学校の教育力を高める組織的な教育相談体制づくり~(文科省)」にスクリーニングが掲載され、全国教育委員会にも発信されました。2021年1月現在、20自治体と契約・協働実証中です。
インタビュー(2021年2月)
関西地方のある小学校で、不登校の生徒が3年間で3分の1に減ったと報告された。居場所を失いかけた子どもたちの心を受け止めたのは、教員たちと養護教諭、生徒の生活全般を支援するスクールソーシャルワーカー(SSW)などで作る「チーム学校」だ。
「チーム学校」のシステムを開発した大阪府立大学の山野則子教授は、学校には不登校の背景にある家庭の貧困や虐待の兆候をキャッチし、地域を子育てに巻き込むなど、さまざまな力が潜んでいると指摘する。学校の潜在力とは何だろうか。
「受け止められた」子どもの満足感を高める「チーム学校」
山野教授はRISTEXのプロジェクト『エビデンスに基づくスクールソーシャルワーク事業モデルの社会実装(平成26年度採択)』の取り組みの一環でチーム学校の仕組みと、児童の状況を把握する「スクリーニングシート」を開発。2016年度から学校への試験導入が始まり、現在約20の自治体で使われている。試験導入した関西のA小学校では、2016年度に19人だった長期欠席児童が2017年度には10人、3年目にはさらに減った。年間105日休んでいたのに、この仕組みの導入後、2日しか休まなくなったという6年生もいる。
山野教授が開発したスクリーニングシートとは、生徒の遅刻や欠席数、保健室の来室頻度、言葉遣いや家庭の様子、友人関係などの各項目について、評価する。
A小学校ではまず学年の担任全員がこのシートを使い、その学年の全生徒を確認する。1学年4クラスなら、4人の先生が担任以外のクラスも含め、学年全員を評価するわけだ。
「リスクが高いほど高得点になりますが、担任の評価は3点だったのに、他の教員全員が9点と評価するなど、大きな誤差の出た生徒もいます。担任だけでは目の行き届かない部分が多いことが分かりました」(山野教授)
リスクがあると判断された生徒は、専門職や管理職も含めたチーム学校で検討し、必要に応じて子ども食堂や学習支援の団体、児童相談所などの専門機関につなぐ。
チーム学校のポイントは、生徒1人に対して、別のクラスの教員たちや養護教諭、SSW、子ども食堂のボランティアなど、多くの大人の視線が注がれることだ。
「いろんな先生から声を掛けられるだけで、子どもには『受け止められた』という満足感が生まれ、変化が現れます。愛着形成に課題を抱える子が、子ども食堂につながってボランティアに可愛がってもらうことで、自己肯定感や学力が伸びることもあるのです」(山野教授)
ある少年殺害事件、スクリーニング不在で見逃されたシグナル
山野教授がチーム学校の仕組みを開発したのは、「学校には最低限のセーフティネットすら存在しない」という思いからだ。その言葉を象徴するのが、2015年に川崎市で起きた中1男子の暴行殺害事件だった。
被害者は殺害の約2カ月前から不登校になり、年上の加害者と行動し始めている。山野教授によると、担任は不登校と考え、生徒指導の教員は、被害者が加害者のいる不良少年グループと関わっていたことを聞く機会があり、また別の教員は近隣住民からの情報提供で、被害者宅に加害者らが出入りしていたことを知る機会があった。しかし情報はバラバラのまま共有されずにいると、それぞれ別々のことと考え、事件のシグナルは拾えず、見逃されてしまう。
「スクリーニングによって情報が集まってさえいれば、救えたケースでした」
山野教授は、乳幼児に対する日本の母子保健システムを「定期健診で障害や虐待の兆候をいち早く見つけて支援につなげる、世界的にも優れた仕組み」と評価されているという。しかし、この優秀なセーフティネットがあっても、虐待死をゼロにはできていない。
「ましてや就学児童のスクリーニングは、全く存在しない。母子保健システムのような網掛けがあっても防ぎきることは難しいのですが、それでも乳幼児と同じように網掛けがあるとないのとは全然違います。(学校でのスクリーニングを)乳幼児の母子保健システムと同じレベルにもっていくのが、第一の目標です」(山野教授)
スクリーニングとチーム学校で、愛着形成が不十分な子どもを早期に見つけ、自己肯定感や人を信頼する力を育てる。それによって思春期以降も子どもたちの精神状態が安定し、虐待につながりやすい望まぬ妊娠や出産を減らせるとも、山野教授は期待する。
「この子はしんどそう」ベテラン教員の知見を、AIで全ての教師へ
チーム学校の導入校では、主に若い教員から「目に見えない家庭状況などへの配慮ができるようになった」「目立たない子どもの特徴や家庭状況、課題などが浮き彫りになり、一人ひとりを見ることができるようになった」など歓迎の声が上がっている。中には「ベテラン教員の『何となく、この子しんどそう』という視点が、具体的な言葉で目に見えるデータとして示された」との意見も。
さらに山野教授は、スクリーニングの情報を踏まえて、AIに支援の選択肢を提示させるシステムの開発にも取り組んでいる。いわば「この子はしんどそう」と気づくベテラン教員の知見を他の教員にも広げることで、教員間のスキルや経験の差を埋めようというのだ。
チーム学校は、生徒だけでなく職員が得られるメリットも大きいと、山野教授は考える。
学校現場にいる教員やSSWなどの専門職員は、同じように子どもの利益を重視しながらも、養成課程の中で異なる価値観を持つようになる。山野教授は教員、SSW、生徒の心理状態を把握するスクールカウンセラー(SC)を志望する3人の学生が小学校へ一緒に研修に行き、ネズミの絵を真っ赤に塗った生徒を見た時のエピソードを例に挙げた。
「絵を見た心理の学生は、この生徒の心の傷を懸念し、福祉の学生は、この生徒の髪の毛の汚れから虐待を疑い、教員志望の学生はクラスの動きを観察し、クラスが崩れていくきっかけにこの子がなっていると見ていたのです。チーム学校は専門職同士が、こうした違った立場の視点を学ぶ機会にもなるはずです」
学校を子ども支援のプラットフォームに
学校は義務教育なので、一応、皆が来なければならない。全ての子どもに関する情報も把握している。学校で支援が展開されていれば、就労中の親の手を借りなくても、子どもたちは気軽に利用できるだけでなく、地域に戻すと、どの子どもが支援を必要しているかがわからなくなる。地域からの信頼もある学校という場で地域やNPOが支援を展開できたら、支援へ参画しようとする人々も集いやすい。このため山野教授は、学校こそ子ども支援の団体や地域住民、福祉関係者らが集う「プラットフォーム」として機能すべきだと訴える。
実際に、校内で始業時間前に子ども食堂を開き、プラットフォームとして機能し始めた学校もある。この学校は、生徒の5割以上が就学援助を受けており、保護者の学校行事への参加率も低かった。養護教諭から「朝食を食べてこない子や、遅刻者が多い」という話を聞いたSSWが、学校側や地域に働きかけ、子ども食堂が実現したという。
「民間の子ども食堂の場合、家の貧しさを隠すために、あえて使わない子もいるので、本当に必要な子どもに支援が届かないことがあります。学校は全生徒の情報を把握しているので、支援が必要な子に直接アプローチできるし、地域住民の信頼が厚く協力も得やすいのです」
食堂では、地域のボランティアが早朝から朝食を作り、母親たちも手伝うようになった。父親の一人は食堂にランドセルを置く棚を作り、近所の歯科医が歯磨き指導に訪れる。結果、遅刻する生徒がゼロになり、学校行事に参加する保護者が増えたという。
ただ学校の多くは、AIの導入や子ども食堂のような、新しい取り組みに対して否定的で、変化の速度も遅いと山野教授は指摘する。
「校長以外の『上司』がおらず、全教員が横並びの組織なので、新しい取り組みに対する合意形成に時間がかかります。文科省の新しい方針が現場に及ぶのに、7~10年かかることすらあります」
横並びの組織には、各教員が自分の目指す指導を実践できる良さもある。「ただ教員が手に余る困りごとを抱えた時、相談したり助けを求めたりする相手が見つかりづらく、一人で抱え込んでつぶれてしまう人も多いのです」(山野教授)。
「学校を統括する教育委員会が旗を振り、チーム学校や学校のプラットフォーム化を推し進めてほしい。教員同士が支え合い、新しいことに挑戦しやすい組織へと、学校を変える必要もあります」と、山野教授は訴えている。
関連情報
- 研究開発成果実装支援プログラム【公募型】
- 大阪府立大学 山野則子研究
- 文科省:学校・教育委員会等向け虐待対応の手引き