亜熱帯島嶼の水資源利用に向けた流域ガバナンスの構築

  • SOLVE(シナリオ/ソリューション)

2022年4月8日

  • 研究開発プロジェクト名
    亜熱帯島嶼の持続可能な水資源利用に向けた参画・合意に基づく流域ガバナンスの構築
  • 研究代表者
    安元 純 琉球大学 農学部 地域農業工学科 助教(2021年11月)
  • 研究開発期間
    2019年11月~
  • Webサイト
    「SOLVE for SDGsシナリオ・ソリューション」Webサイト 安元 PJページ
  • プロフィール (2021年11月)
    琉球大学農学部助教。
    沖縄県那覇市出身。農業工学、水文学、環境動態解析、島嶼水環境学を専門とする。愛媛大学大学院にて博士号(農学)を取得したのち、九州大学大学院工学研究院学術研究員、総合地球科学研究所地下環境プロジェクト研究員を経て現職。地下水の塩水化、海底地下湧出、サンゴの石灰化、蓄積型栄養塩、陸と海との相互作用、流域ガバナンス、などを研究テーマとしている。

研究開発の概要

地下水の流れや汚染物質の発生・輸送プロセスの定量的な把握とその科学的情報を可視化し、アクションリサーチを通じて多様なステークホルダーとともにそれらのデータを共有することで、水資源に対する理解を高める。さらに、ステークホルダー間の合意形成に基づいた、汚染物質の効果的な負荷軽減対策を立案・実施し、活用する仕組み(参画・合意に基づく流域ガバナンス)を構築する。

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研究開発課題と社会の関係

世界中で問題視される水資源の枯渇・汚染
水資源問題の危機にある亜熱帯島しょ地域で取り組むSDGs
~大学・自治体・住民で取り組む、水資源の理解促進と持続可能な仕組みづくり(沖縄県・八重瀬町)~

実は足りない?!深刻な水不足

世界中で水資源の枯渇が問題となっています。
毎年1月に開催される世界経済フォーラム(ダボス会議)において、今後10年に懸念されるグローバルリスクとして、水危機は常に上位に位置付けられ、気候変動や大量破壊兵器とならび、影響が大きい課題として取り上げられています。

地球の表面の約70%は水に覆われており、水資源は豊かである印象を受けますが、実は地球にある水の97.5%は塩水で、われわれが飲み水や生活用水として利用できる淡水はわずか2.5%しかありません。その淡水の中でも氷河や氷山が70%を占めており、土中に含まれる水分なども考えると、人が利用できる水は、地球全体でわずか0.01%(環境省「環境白書 循環型社会/生物多様性白書」より)といわれているのです。

経済が発展した過去100年間における水の需要動向を見ると、水消費の増加率は、人口増加率に対して約2倍になることがわかっています。2020年に約78億人だった世界人口は、2050年には約1.3倍の約100億人近くになると予想されており、そうなると、水資源は最低でも現在の2.6倍の量が必要になると予測されます。

一方、水資源として利用可能な水の量は、降水量の変動により絶えず変化するため、大雨や干ばつなどの異常気象を引き起こしているとされる地球温暖化による気候変動は、水の利用可能量に大きな影響を及ぼします。このことは、日本も例外ではありません。

気候変動や産業構造の変化などのストレスに対する脆弱性が極めて高い亜熱帯島しょで始まった「持続可能な水資源利用に向けた参画・合意に基づく流域ガバナンスの構築」

沖縄をはじめとする島は本州に比べて土地が狭く、都市と農地の距離が近いという特徴があります。沖縄本島北部には連結された大きなダムがあるので、近年では生活用水が安定的に確保できるようになりましたが、農業用水は多くの地域で依然として不足しています。特に亜熱帯島しょに多い、石灰岩でできた小さな島では、多くの場合地下水が唯一の水資源であり、生活用水や農業用水として地下水を利用せざるを得ません。しかし、沿岸域で地下水をくみ上げすぎると、海から海水が侵入し地下水が塩水化してしまいます。

琉球石灰岩地域での水循環と海への影響
図:琉球新報提供

また、農業・畜産業からの化学肥料や産業排水、家庭やホテルのトイレ・お風呂からの汚水や台所からの生活排水が海に流れ出ることで、サンゴの生態系や海洋生物にも影響を与えてしまうことが懸念されます。亜熱帯島しょ地域のように、観光や漁業を主な産業としている地域では、水環境の問題が島の経済にも大きな影響を与えてしまう可能性があるのです。

このような問題を解決するため、地下水の流れや汚染物質の発生・輸送プロセスを科学的データにもとづいて可視化し、多様なステークホルダーと知見を共有しながら、効果的な負荷軽減対策を立案・実施・活用する仕組みづくりに取り組むプロジェクトが、琉球大学農学部で進められています。この取り組みは亜熱帯島しょ地域だけでなく、日本や海外の水資源問題解決のモデルケースとなることを目指しています。

住民対象の科学教室や高度専門職員の養成、地域の多世代と共に健全な水循環のあり方を考える「対話の場」の創出

沖縄県・八重瀬町は、2018年に「第2次八重瀬町総合計画」の中で「豊かな水資源の保全と水循環の健全化」 を策定しました。その背景には、農業用水として利用している地下水の水質をはじめ、町全体の水環境の改善という課題がありました。2020年4月、八重瀬町と琉球大学研究推進機構が連携協定を締結し、「亜熱帯島嶼の持続可能な水資源利用に向けた参画・合意に基づく流域ガバナンスの構築」に取り組んでいます。

研究活動

水循環の可視化水循環の可視化
八重瀬町の地下水を中心とした水循環の特性や汚染物質の発生・輸送プロセスを把握するため、定期的な現地調査や3次元水循環シミュレーションモデルを構築しています。


水利用の歴史水利用の歴史
八重瀬町の水資源や土地利用の歴史的変遷を、航空写真や古写真、新聞の収集と分析、地域の方への聞き取り調査からたどっています。


産業産業
地元の農家さんのご協力を得て、生産の質と量を維持しながら、環境に配慮した施肥の仕方を考える実証実験に取り組んでいます。


経済効果・環境意識経済効果・環境意識
町民の皆様にご協力いだいた「水資源と生活に関するアンケート調査」(2020.1~2月)の結果をもとに、八重瀬町独自の「流域ガバナンス」のあり方を考えます。


地域活動

八重瀬町連絡会八重瀬町連絡会
八重瀬町では、「自然環境の保全」を見据えた八重瀬町総合計画の方針にもとづき、部署の垣根を越えて、水環境課題に従事する職員が連携しています。


みずのわ教室みずのわ教室
地元のNPO団体と連携し、八重瀬町の子どもたちと海や川、畑でのフィールドワークや、水質モニタリングを通した環境教育をおこなっています。


みずのわラボみずのわラボ
八重瀬町職員や農業・畜産関係者とともに、他の地域の環境保全への取り組み事例や、地域に根ざした流通の仕組みなどについて学んでいます。


学校教育との連携学校教育との連携
文部科学省より「スーパーサイエンスハイスクール」として指定されている向陽高校と連携交流し、地域課題の解決に資する次世代育成をおこなっています。


インタビュー(2021年7月)

人間の生存に欠かせない「水」。海に囲まれた島国である日本では、水は豊富な資源のように思えるが、地下水など水資源や沿岸域の汚染は世界的に大きな問題になり、日本も例外ではない。特に、亜熱帯島しょである沖縄やその周辺の島では、気候変動や産業構造の変化などの影響を受けて水問題はなおさら深刻だ。琉球大学農学部地域農業工学科で助教を務める安元純先生は、地下水の流れや汚染物質の発生経路を可視化し、そのデータを元に、地域の産業を保ちながら、いかに産業継続と課題解決を共存させていくのか地域住民や行政と共に模索している。「将来的に持続できる環境課題の解決は、そこに暮らす人々の理解と協力なしではできない」と語る安元先生。専門分野を超えた専門家のコラボレーションや、地域の人を巻き込んだ社会実装のモデルの構築は、どのようにして行われているのだろうか。

地球上の水の循環を科学する「水文学」で海底湧水を研究

安元先生は、沖縄の那覇で育ち、石垣島のサンゴ礁生態系における魚の研究をしていた父に連れられてよく海を訪れ、調査する父の傍らで遊んで過ごすことも多かった。常に近くにある大好きな海とサンゴ礁だったが、埋めたてなどの沿岸開発や海洋汚染など人為的な要因によって劣化の一途をたどっている現状を知り、「自分もいつか海を守る研究がしたい」と思いを強くし、大学から研究の道に進み始めた。サンゴ礁生態系の劣化が進んでいることは問題になっていたが、科学的に未解明な部分が多かったため、陸での人間活動の影響が海にどの様に影響を及ぼすのかを研究したいと思い、農地工学や、地球上の水の循環を科学する「水文学(Hydrology)」を専攻し、国内の様々な地域で研究を重ねてきた。

安元先生は主に沿岸域で地下水が海底から直接湧き出す「海底湧水」を調査しながら、海底湧水がサンゴの生息環境に及ぼす影響に焦点を当てて研究している。

図:3次元水循環シミュレーションモデル
3次元水循環シミュレーションモデル

沖縄など小さな島々の多くは石灰岩でできており、水資源は地下水のみという地域も少なくない。そのため、生活用水や農業用水として地下水を汲み上げすぎてしまうと、海から海水が侵入し、場所によっては地下水が塩水化してしまう。さらに塩水化した地下水が海に出ていく現象も起きており、生態系に影響を及ぼしているのである。
「昔のきれいだったサンゴ礁を取り戻したいという気持ちからスタートしましたが、研究するうちに陸と海の関係が分かってきました。サンゴ礁の減少は、沿岸域の開発や汚染などローカルな影響も大きいのです。地下水が海に流出する際に、生活排水や農業で利用する肥料などの成分が混ざっていると、サンゴ礁の生態系に悪影響を及ぼします。沖縄は土地が狭く、都市と農地の距離が近い。沖縄でこそ、この研究をすべきだと思いました」
農業・畜産業からの化学肥料や産業排水、家庭やホテルのトイレ、お風呂からの汚水や台所からの生活排水が、地下水の汚れの原因になること。そして、汚れた地下水が海に流れ出て海洋生物やサンゴ礁の生態系に影響を及ぼすこと。それは、観光や漁業を主な産業としている沖縄の島々の経済には、致命的な問題になってしまう可能性があるのだ。

図:水にまつわる色々な問題
水にまつわる色々な問題

分野を超えた専門家による共同プロジェクトの成果

写真:活動の様子 こうした問題に対して、安元先生は他の専門家たちとも協力して取り組んでおり、その超学際的アプローチにも注目が集まっている。2014年には琉球大学で学内共同プロジェクト「水循環プロジェクト」が発足した。同じ問題意識を持つ研究者が分野を超えて集まり、地域住民や地域行政と一緒になって研究しながら、限られた水資源などの資源を持続的に共有できるかを模索してきた。
「例えば、対象地域がこれまでどのように自然資源を利用してきたかということについては、文化人類学の先生、地下水には土地所有者がいるため法律や管理権など地下水ガバナンスに関しては法学の先生や政治学の先生。さらには地域の人々の水資源に対する意識から、経済的なコストについて考えるのは環境経済学で、もっと地域の子供達にも理解を広めるにはどうするかとなると教育学……というように、本当に幅広い分野の知見が生きてきます」

実際にこうした環境問題を地域住民に伝え、将来を担う子どもたちにも理解してもらうために、関係者対象の「みずのわラボ」、子どもたちへの「みずのわ教室」などのワークショップも行ってきた。
多良間島での取り組みの際には、「子ども向けの『みずのわラボ』では、この問題はすぐに理解しづらいところがあるので、様々な角度から話し、段階を経てから、最後に環境を守るためのルールを学ぶプロセスをつくりました」
最初に、多良間島などで岩石などの研究をしている先生が石灰岩の成り立ちを説明。安元先生は多良間島特有の「淡水レンズ」と呼ばれる不安定な地下水の構造について、水槽模型を一緒に動かしながら子どもたちに体験してもらった。実際に観測井戸で地下水を調査し、水の電気伝導度から「淡水レンズ」の塩水化の様子を捉えたり、最後はメンバーが作った多良間島をモデルとした環境教育ボードゲームを通して、いかに環境と経済を両立するか体感しながら学んでもらう方法を取った。
「環境問題を解決するには、その問題への理解と共に、地域の文化的な背景も理解しなければいけません。沖縄は元々田んぼが多く、今よりもっと湧水を使っていました。暮らしや生業に、どのように水が利用されてきたのか、そういう民俗的、歴史的なことから話し始め、そこから水がいかに大切かということをしていかなければ、本当の解決には向かわないのです」
将来を担う子どもたちにも理解をしてもらうことで、持続的な課題解決への取り組みにつながっていくのだ。

限られた資源を持続的に共有するために地域の人々と

写真:活動の様子さらに安元先生の活動は、地域住民やステークホルダーを巻き込み、沖縄県島尻郡八重瀬町で社会実装に取り組んでいる。
こうした水資源のような共有資源は「コモンズ(Commons)」と呼ばれ、その利用のあり方が今後の環境問題の行く末を左右するとも言われており、その地域の人達がどう共有資源を扱うかが鍵になる。
「共有資源は、誰でも利用できる資源です。誰もが利用できるからこそ、大量に使用されてその共有資源が枯渇してしまったり、環境破壊を進めてしまったりするという『コモンズの悲劇』という言葉もあります。水資源も共有資源のため、様々な影響を受けやすい。その代わり、それを取り囲む共同体の中できちんとした理解を深めていけば、維持できる方法もあるのです。そのためには利用者の中でのルール作りが重要。外から押し付けられたルールではなく、自分たちの生活や産業にあったルールを当事者が一緒に作っていかなければ継続は難しいのです」と安元先生は話す。

そうした産官学の連携や、専門分野を越えたアイデア交換や解決策の模索には、これまでにないネットワークの新たな構築とチームワークや信頼関係づくりが必要だ。

その新たなネットワークづくりのきっかけとしてこのJST SOLVE for SDGsプロジェクトでは、今年度「水循環勉強会」を立ち上げる予定だ。「沖縄式地域円卓会議」という手法で様々な地域課題の解決に取り組むNPO法人などの協力を得ながら、水資源の問題を地域の多様なステークホルダーで共有するべく、準備を進めている。それは、多くのシンポジウムのように成功事例の紹介から始めるのではなく、まずは統計などをもとに事実に向き合い、参加者で共有し、具体的テーマや議論をセッションなどに分けながら話し合う方法だ。課題を地域の「困り事」として、学識、行政、NPO、メディア、企業、自治会など3者以上のステークホルダーが円卓に座り、意見交換をしていく。地域社会の課題解決に向けた対話の場になることを目指している。

「水資源を持続的に利用していくことに反対する人は、もちろんいません。しかし、水質や沿岸への汚染問題や沿岸生態系への影響があるとなると、みんなで話し合う難しさが出てきます。さらに、沿岸域のサンゴ礁が影響を受けているとしても、陸では人間の経済活動が継続し、そのうちの何が影響しているのか本人たちが知り得ない場合も多くある。例えば、漁業の人は状況を知っていても、農業の人は状況を知らなかったりする難しさがあります。」
安元先生たちは、そうした状況において、調査研究から科学的根拠をはっきりさせ、人々に知らせる役目を担いつつ、地域の文化や経済を守りながらも、自然も守る方法を一緒に考える機会を多く持つことを大事にしている。

世界中でこうした水質汚染と陸での経済活動の関係をどう保つのかは大きな課題となっており、オーストラリアのバリアリーフなどでもその対策として規定が作られたが、やはりどの国にも当てはまる規定ではないという。その地域ごとの状況が異なるため、この八重瀬町や多良間諸島で取り組んできた例を、科学的な因果関係だけでなく、実際の社会実装のための取り組み方をパッケージにして、海外に発信していきたいと熱意を語った。地域の人々の暮らしや産業と共存した環境問題解決への取り組みの形が、ここから世界へと発信されようとしている。

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関連情報

  • SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(シナリオ創出フェーズ・ソリューション創出フェーズ)

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