魚庭(なにわ)から「サステナブルな食」を探る 漁場環境の改善と新・魚食への実践

  • 多世代共創

2021年4月16日

  • 研究開発プロジェクト名
    「漁業と魚食がもたらす魚庭(なにわ)の海の再生」
  • 研究代表者
    大塚 耕司(大阪府立大学 教授)(2021年3月)
  • 研究開発期間
    2016年10月~2020年3月
  • 報告書
    実施報告書(2年次)(PDF: 970KB)
  • Webサイト
    「持続可能な多世代共創社会のデザイン」研究開発領域Webサイト 大塚PJページ
  • プロフィール (2021年3月) 
    担当学域・研究科等:現代システム科学域、人間社会システム科学研究科
    研究分野:海洋環境学、海洋資源工学
    研究テーマ:海洋深層水の大規模利用に対する包括的環境影響評価に関する研究,海陸一体型バイオマス有効利用システムに関する研究,閉鎖性海域の環境修復技術に関する研究

プロジェクトの概要

世界の人口増加を背景に、食料や水の持続可能性が危ぶまれています。そこで、水やエネルギーの使用量を低く抑えつつ確保できるタンパク源として近海漁業の役割を見直す必要があります。しかし、地魚を調理して食べる習慣が衰退する中で、少量多品種であるため流通面でも軽視され、近海漁業への需要が細り、その担い手も高齢化し減少しています。

本プロジェクトでは、かつて「魚庭(なにわ)の海」と言われた大阪湾で獲れる魚を軸に、ヒト・モノ・カネが好循環する地域のモデルを創出することを目指しました。具体的には、魚を引き寄せる小石状の栄養供給骨材に利用するための魚あらのリサイクル、子どもが憧れるような漁師像の創出・提示、近海魚を使ったメニューの開発などを多世代共創で実施することに加えて、流通経路の確立と鮮度保持技術の開発・普及を行い、これにより、地域に根差した漁業と魚食文化の再生を目指しました。

高齢化、後継者不足、漁獲高の低下、魚食離れ
日本の第一次産業(水産業)の衰退を改善するための地域の取り組みとは?

日本の水産業は、従事者の高齢化、後継者不足、低収益性など、将来に向けてその持続的な存続が危ぶまれる状況です。 漁獲高も近年世界と比べても低下の一途を辿り、漁師などの水産業従事者の人口が減り、国内の魚の消費量も減少。
そんな悪循環を止めるため、各地域で「生産者」「流通」「消費者」それぞれのサイクルをしっかりと回し、水産業を盛り上げようとする 動きがあります。

~大阪の地域コミュニティーを巻き込んだ水産業の盛り上げ実例~

大阪では、この水産業の危機的状況を打破するために、大阪府立大学の大塚耕司教授が研究するプロジェクトが注目されている。
「漁業と魚食がもたらす魚庭(なにわ)の海の再生」というプロジェクトは、かつて「魚庭(なにわ)の海」と言われた大阪湾で獲れる魚を軸に、ヒト・モノ・カネが好循環する地域のモデルを創出する仕組みを研究しているプロジェクトです。

大阪府をモデル地区として、魚あらのリサイクル材を用いた漁場環境改善、情報技術を使った新しい水産流通手法の開発、子ども向けの魚食普及イベント開催、地魚を使った新しいレシピ開発など、生産・漁獲・流通・消費という一連のプロセスを総合的にプロデュースしています。
水産業を盛り上げるため、水産業従事者へ向けての取り組みだけでなく、現状の問題となっている悪循環のサイクルの仕組み自体を改善するために流通、消費者行動までもを視野に入れ、「魚食」の普及イベントなど地域のコミュニティならではのアプローチで第一次産業を盛り上げています。

※「漁業と魚食がもたらす魚庭(なにわ)の海の再生」プロジェクトは、RISTEXの開発支援プロジェクトです

~大阪府の牡蠣小屋の例~

大塚教授の「漁業と魚食がもたらす魚庭(なにわ)の海の再生」というプロジェクトを契機に、現在実際に地域を巻き込みながら大阪の水産業を盛り上げている一例として、阪南市で養殖された「ぼうでの牡蠣」の牡蠣小屋を建設するクラウドファンディングを実施。地元の漁業関係者や地域の人々が協力し、港の活性化に取り組んでいます。
(クラウドファンディング期間:1月15日~2月26日)
参考:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000072448.html

インタビュー(2021年2月)

日本書紀や万葉集の時代から使われてきた大阪市付近の呼称「なにわ」。その語源の一説に、豊かな海を彷彿させる「魚庭(なにわ)」という表記があるという。だが現在、生業としての海の現実は、厳しさを増す。漁師の高齢化と後継者不足で漁業者は年々減っている。若者の魚食離れは加速する一方だ。
漁業と魚食にまつわる課題、難題を解決すべく、大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科の大塚耕司教授は、「魚庭(なにわ)の海の再生」をテーマに研究開発プロジェクトを進めてきた。かつての豊かな漁場としての海の環境を取り戻すと同時に、地産地消の仕組みを作り、市場を活性化する取り組みは、RISTEX(国立研究開発法人科学技術振興機構 社会技術研究開発センター)での研究開発を終えた今も形を変えて継続している。

漁場の改善が食育にもつながる

「わー、タコが入ってる!」
小学生から声が上がる。2018年、大阪府阪南市の西鳥取漁港で開催された、「タコツボマンション」作りのイベントでの一コマだ。

大阪湾の南部に面する阪南市付近は、古くからタコツボを用いた漁が行われていた。だが、海底に沈めるタコツボは重く、仕掛けや引き上げに大きな労力を費やすことから、近年では大きなカゴで獲る効率のよい手法に置き換わり、旧来のタコツボ漁は廃れてしまった。
大塚教授は、子どもたちに海域の資源としての水産物に親しみを持ってもらう目的でタコツボの利用を計画。まずは鉄骨に4つずつ横並び状態で設置した「タコツボマンション」を環境教育イベントに参加した子どもたちと協働で製作した。それを海に沈めた後、タコの産卵や育ちの様子を定点観測して写真に収め、報告会を開いてイベント参加者に公開した。大塚教授は、イベントの模様をこう振り返る。
「マダコの見た目はグロテスク。ただ調理するだけのイベントだと、子どもたちは見向きもしなかったかもしれません。でも実際、イベントに参加した子どもたちは、タコの棲み家を作っているときから、ワイワイガヤガヤ楽しみながら作っていました。自分で作った“マンション”にタコが入ってきて、しかも、卵まで産んでくれたら、それはもう飛び上がって喜びますよね。タコが食育にも環境教育にもつながっていくわけです」

大阪湾は栄養の偏在ぶりが激しい海域で、閉鎖性が強い「湾」ならではの問題を抱えてきた。大都市が集中する湾の北側は栄養過多で、赤潮やアオサの大量発生などに悩まされている。逆に、南側や西側は透明度が高いものの、栄養不足が進む海域にあたる。リンや窒素など、食物連鎖の下支えとなる植物プランクトンの餌となる栄養が足りていないため、魚が育たない。
タコのイベントが開かれた西鳥取漁港付近の海も、栄養不足の問題に晒され、年々漁獲量が減っている。漁場の環境を改善し、漁獲量を増やすための切り札として、大塚教授らの研究開発プロジェクトでは、共同研究機関である太平洋セメント株式会社が開発した栄養骨材「マンテンマル®」を活用した。魚のアラから魚のエサを作る過程で出てくる残渣を再利用しておが屑に栄養分を染み込ませ、セメントでコーティングした丸い球だ。球の表面から海中にじわじわと栄養が染み出す仕掛けになっている。タコツボマンションのイベントでも、“マンション”の一角に「マンテンマル®」を据え、一緒に沈めた。子どもたちは、海の生きものたちにとって住み心地のいい環境を整える手伝いをすると同時に、地域の海が抱える課題に向き合う機会にもなった。


栄養骨材「マンテンマル®」:魚のエサを作る過程で出てくる残渣を再利用しておが屑に栄養分を染み込ませ、セメントでコーティングした丸い球

サバイバルに強い動物性タンパクとしての「魚食」

もともと大塚教授は、流体力学などをベースとする海洋工学の研究者だ。30年ほど前から一貫して、漁場の改善をはじめとする海洋環境再生を軸に研究を進めてきた。そんな背景から、大塚教授が統括したRISTIXの研究開発においても、国連が掲げる17の「SDGs(持続可能な開発目標)」の14番、“海の豊かさを守ろう”をメインのテーマとして掲げている。

さらに特筆すべきなのは、SDGsの2番“飢餓をゼロに”という目標も視野に入れて研究開発を進めている点だ。
「SDGsの2番を研究開発目標の一つに加えたのは、今後、人口増加を背景に世界中で食糧が不足していく中、『動物性タンパクを確保する上で、水産物は重要である』という観点からです。なんといっても水産物は、牛や豚などに比べたらエサもいらないし、海の生き物ですから、水も与える必要がない。食糧としての水産物というのは、動物性タンパクのうちで、最もwater footprint(生まれてから死ぬまでの直接・間接に消費された水の量)が小さく、非常にサバイバルに強い食べ物なんです」

大塚教授らが着目しているのは、いわゆる「近海もの」の水産物だ。かつて、高度経済成長期に「死の海」と形容された大阪湾は、以前より随分クリーンになったが、いまだにマイナスのイメージが残っている。大塚教授はプロジェクトを立ち上げる際、漁場環境を改善すると同時に、地域の海に親しみを持ってもらい、魚の需要を喚起することを目指した。そうすれば近海漁業も持続可能になる上、地元で得られる水産物の地産地消が活発になると考えたからだ。食品輸送の観点からは、フードマイレージ(食料の輸送距離、フードマイレージの大きな食料ほど輸送などに多くのエネルギーが使われ、多くのCO2が排出されていることになる)の低減にもつながる。

「フードマイレージも含めた環境負荷を小さくしていければ、水だけでなく、エネルギーの使用量を低く抑えつつ食糧を確保できる魚は、究極にエコなタンパク源になるわけです。もちろん、津波や高潮の被害など、海は時に怖い側面も見せます。大自然への畏敬の念は持ちつつも、最終的には食糧危機に非常に強い水産物というのを生み出してくれる命の海、母なる海という側面にも目を向けてほしいと思っています」(大塚教授)

「デジタルカタログ」で食文化のモデルをつくる

この研究開発プロジェクトは、「生産・漁獲」「流通」「消費」「評価」という4つのグループが協働で大阪湾の阪南地域の漁場の豊かさを取り戻し、後継者不足や流通経路の確保、地元の食文化の継承や魚食離れの解消などを目指してきた。漁業者、教育者、流通業、一般消費者など各種セクターが連携し合う、実に壮大なプロジェクトだ。大塚教授は、なぜ地域を巻き込んでこのプロジェクトを立ち上げたのか?

「私は工学出身の研究者ですから、従来は海洋環境について工学的なアプローチでしか問題解決を図ってこなかったんですね。でも、たとえ海の環境は改善され、魚介類が良く育つようになってきても、食べる人がいないとなったら、漁師さんは仕事を続けられなくなる。そうすると、自分たちは何のために研究をやってきたんだろうという話になるんです。だからこそ、このRISTIXのプロジェクトでは、上流の生産のところから下流の消費のところまで『一気通貫で』課題を解決してしまおうと考えました」

「近海もの」のうち、底曳き網や定置網などいろんな魚種を獲る漁は、大量流通に乗りにくい。獲れた魚が少量多品種でロットがまとまりにくく、流通コストがかかってしまうためだ。一般的ではない魚も多く、そもそも消費者に馴染みがない魚は、スーパーに並んでも売れない。

こうした地場の水産資源の流通、消費の課題を解消する取り組みとして、大塚教授らが展開しているのがネットで地魚を注文できる「サイバーマルシェ」の取り組みだ。需要を掘り起こそうと、魚の種類ごとに参照できる地魚図鑑「デジタルカタログ」を作成した。体長は◯◯センチで鱗が剥がれやすく……などと地魚の特徴や旬、生息域などをデータベースにして、ネット上で公開している。さらに、地元の人が関わって開発した「おいしい食べ方」のレシピもついている。例えば、生姜と青ネギ入りの「サゴシの春巻き」は、地元の高校生がレシピを考えた。

「アカシタとか、ご存知ですか? ここで獲れる魚は食べると実においしい魚ばかりなんですけど、まだまだマイナーで、大阪市内ではなかなか売られていません。底曳きでよく獲れる沖サザエも同じです。調理の仕方によってはおいしいのに、二束三文で売られている現実があって。それは、知名度が低く、調理法を知らない人が多いからなんです。私たちは『世に知られていない魚』という特徴を逆手に取って、きめ細やかな情報提供と流通の仕組みさえ作ってやれば、需要を喚起していけると考えました」(大塚教授)

こうした情報の付加価値をつけることで、ネットを介して地魚の注文が舞い込むようになるのではと考えている。また、NPO法人と地元の漁師が大阪府阪南市で養殖した「波有手(ぼうで)の牡蠣」を全国に広めるためのクラウドファンディングを行ったところ(2021年2月終了)、予想を超える支援が集まり、牡蠣の注文も殺到。シーズン中、スタッフは発送作業の忙しさで嬉しい悲鳴をあげるほどだったという。

大塚教授は、期待を込めてこう話す。

「ネット注文は配送コストの壁がありました。ところが、コロナによる自粛生活の影響で、ネットで食料を調達する人が増えたことが追い風になりそうなんです。消費者にとって、以前より配送コストの壁は低くなり、ネット注文へのハードルは下がったと思います。この傾向は、コロナ後もある程度継続していくと私は思います」

新たな食の需要を掘り起こすことで、安定的に漁獲をすれば、安定的に適正な価格で出荷できるような地元の循環ができる。そうすれば漁師が憧れの職業になり、若い担い手が後に続いていく~。プロジェクトを通じた地道な取り組みの先に大塚教授が描いているのは、そんな風景だ。

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