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多様なイノベーションエコシステムの国際ベンチマーク
イノベーションエコシステムとは、産官学にわたる多様な組織が相互に協働、競争を続け、イノベーションを誘発するように働くシステムである。基礎研究を始めとする科学的知識を新しい製品・サービスや新しい市場に転換し、経済社会的価値を増大させ、より良い社会を形成する。そのために、情報、人材、資金、制度が自由かつオープンに交流し、結び付く場の仕組みを指す。エコシステムの主な要素としてビジネスモデル、科学技術、規制(緩和)があり、多くのイノベーションはいくつかの組み合わせで実現する。その基盤となるのが産業界、アカデミア、行政の間の相互理解と信頼である。ここに市民も早い段階から参加していくことでより良い社会づくりが期待されている。
海外で成功しているいずれのエコシステムにも共通しているのは、産官学における人材、知識、情報、資金の循環であり、イノベーション創出に向けてステークホルダーのベクトルがそろうことによって経済(経営)をはじめとした合理性が働いている環境である。結果、イノベーションエコシステムと大学等における基礎研究が独立せずに両輪、表裏一体の関係になっている。日本にはこうした環境、風土が欠けていてイノベーションが起こりにくい。
また、ボストンやフラウンホーファーなどに代表されるように、アカデミアに一定の分野に関する知識や技術の集積があり、エコシステムの求心力になっていることが認められ、さらに産学官が同じキャンパス内にあるなど物理的にも近くで研究開発を行っていることが認められる。日本は欧米と比べると人材の層、資金の規模ともに薄いため、今後はイスラエルやシンガポールのように海外の大企業、VC、インキュベーター、アクセラレーターなどとのつながりが必須になるだろう。
分野の特性を踏まえたエコシステムを考えることも重要だ。IT分野とバイオ分野はハイリスク・ハイリターン型で技術の変化が早いため、スタートアップが向いているという点で共通するが、リスク・ガバナンス構造は異なる。バイオ分野はアカデミアにおける新しいサイエンスやテクノロジーがそのままビジネスのコアになる一方で、バイオ医薬品が開発から承認を得て上市するまで10〜20年かかり、開発品の上市確率は非常に低い。IT分野は社会を良くするためのビジネスモデルの着想と現場(社会)での実践が肝となるが、必ずしもアカデミアの参画を要しない。
ドイツのフラウンホーファーは中小企業への技術移転という国策に沿った役割上、自動車、機械、化学製品、電子機器といった工学的な分野でイノベーション創出に貢献している。ITやバイオ分野での成 果はあまり聞かれない。半導体分野でひときわ存在感を放つTSMCやIMECは、最先端の研究開発を事業とする組織、企業であり、ビジネスモデルが主導する世界である。拠点に大規模投資を継続的に行い、先端設備・技術を集中させ、企業や大学等と協業することで、ニーズやノウハウ、新しい知財を生み出し集約するモデルである。
フラウンホーファーモデルが組織マネジメントの手法であるのに対して、DARPAモデルはプロジェクトマネジメントの手法である。DARPAからの示唆はバックキャスト型での野心的な研究開発プログラムを企画するためのプログラムマネージャーとそれを支援するコンサルタントに外部リソースを活用する仕組みと公共調達の考え方ではないか。日本では大学の研究室も研究所も借金や貯金ができないため、研究開発をビジネスにできない。スタートアップを立ち上げるか、公益法人などの出島を作るかの選択となる。特に工学の分野では、フラウンホーファーのような仕組みがあれば売上げが上がり、オーバーヘッドとして企業からの資金で、社会的課題を踏まえたテーマ設定や、新たな基礎研究の種まきを考えることができる。
いずれにも共通して最も重要なのは人的ネットワークである。エコシステムの基盤は多様な人のつながり(ネットワーク)であり、それが生まれる仕組みが肝要である。
こうした知見を、今後、分野と地域的特性に根差し、ヒト・モノ・カネ・チエを循環させるエコシステム形成を検討する上での参考としたい。
※本文記載のURLは2021年7月時点のものです(特記ある場合を除く)。