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主要国における橋渡し研究基盤整備の支援
エグゼクティブサマリー
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)では、今後の我が国の科学技術に係る政策の企画立案に資することを目的として、世界の主要国の科学技術の動向を定常的に調査分析し、その結果を公表している。本報告書は、この業務の一環でJST/CRDSが行った、世界主要国における科学技術的知見とイノベーションの橋渡しに係る施策についての調査結果を取りまとめたものである。
近年、先進国でのリーマンショックによる経済危機や中国を始めとするBRICS諸国の経済成長に直面する中、世界の共通認識として、科学技術とイノベーションが経済拡大や国際競争力強化のための重要な原動力であると捉えられている。とりわけイノベーションがキーワードであり、研究開発を実施した結果得られた科学技術的な知見を、どの様に産業や社会などに適用して経済・社会的な富を産み出していくかが、各国共通の課題となっている。その背景には、膨大な公的な資金が科学技術に投入されているにもかかわらず、一般国民に対して眼に見えるような成果がなかなか挙がらないことがあると考えられる。大学や公的研究所の研究開発は活発となり、論文や特許も増加したが、それによって本当に国民が豊かになったかが実感できないのである。このような状況を受けて、米国や欧州主要国では、科学的知見をイノベーションにつなげる様々な努力がなされている。本報告書では、この科学的知見とイノベーションをつなげることを「橋渡し」と呼び、調査分析した結果を取りまとめている。
本報告書で取り上げた橋渡し施策を概観すると、まず、世界で科学的知見とイノベーションの橋渡し施策として最も有名であり、かつ成果を挙げていると考えられるのは、ドイツのフラウンホーファーである。フラウンホーファーは、第二次大戦後、欧州復興を目的に米国が行った経済援助であるマーシャルプランに関して、産業技術資金配分団体としてスタートした。その後、ドイツにおける科学技術関連機関間での業務再配分を経て、前競争的領域の研究を通じて企業のイノベーション創出に寄与することを目的とした機関となった。フラウンホーファーは、民間企業との契約金額に応じて運営費交付金を増減させる「フラウンホーファー方式」が有名であるが、この方式は本文で述べるとおり「橋渡し」の一つの方策に過ぎず、むしろフラウンホーファーという組織自体がドイツにおける科学的知見とイノベーションの橋渡しシステムそのものであると考えるべきである。
米国は、現時点で見るとイノベーション創出が世界で一番上手くいっている国と見られている。確かに、シリコンバレーから出たマイクロソフトやアップル等の隆盛を見ると米国のイノベーション力はすごいと実感するところである。しかし、このシリコンバレーに対して米国政府が取った政策、措置や関与は余り見当たらず、成功をもたらしているのはむしろ旺盛な民間の関係者の意欲に支えられた自然発生的な動きだと考えられる。現時点においても米国では、欧州主要国のように全面的に政府に依存する橋渡し政策は弱いと考えられるが、本報告書では関係するイニシアティブとして、国立衛生研究所(NIH)の臨床・橋渡し科学資金(CTSA)と、全米科学財団(NSF)の「Engineering Research Center(ERC)」を取り上げた。前者は、臨床研究者(医者)と基礎研究者とのチームワークの構築や近年急激に重要となっているデータ駆動型の医学研究の抜本的強化を通じて、科学的知見を臨床や製薬につなげていこうとするものであり、後者は新たな工学システムを創出するとともに、その担い手となる人材の育成を育成しようとするものである。
英国は近代科学発祥の主要な地であり、また、第一次産業革命が興ったところでもある。現時点で見ると、大学や公的研究機関における科学技術的なポテンシャルは世界でもトップクラスであり、特にオックスフォードやケンブリッジなどに代表される有名大学は、米国の大学と比較してもひけを取らない。しかし、経済を支える産業では、米国、ドイツなどと比較して、製造業が弱体であると考えられる。英国政府がこれに対応すべく、優れた科学的知見を産み出すポテンシャルを産業イノベーションにつなげたいと打ち出した政策が、「カタパルト政策」である。「カタパルト」は「勢いよく何かを前に押し出す」装置を意味し、その意味合いが「死の谷」の克服するイメージに最適と判断された命名されたものである。
フランスも、英国と同様に科学技術においてもイノベーションにおいてもこれまで優れた実績を挙げてきた歴史を有するが、現時点では米国のようにイノベーションにより世界を主導する状況ではない。そこで、公的研究と企業の研究との結びつきを強め、中小企業を含めた民間企業による研究開発力を強化することを目的として、フランス政府が導入したのが、カルノー機関プログラムである。以上が本報告書で取り上げた「橋渡し」施策である。
なお、これらの国以外でも科学的知見を産業イノベーションにつなげようとする努力は行われており、本報告書で取り上げていない代表的なものとして、フィンランド技術庁(TEKES)、欧州イノベーション・技術機構(EIT)の活動や、中国科学院の院地協力プログラムなどが挙げられる。
本報告書の調査からどの様な日本に対する示唆を得るかについて、それぞれの施策ごとに記述しているが、これらは概して初歩的なものにとどまっている。その理由は、ドイツのフラウンホーファーを除き、今回取り上げた内容が比較的短期間の実績しかないことに由来している。したがって、拙速で今回の内容を日本への導入を検討するのではなく、もう少し各国におけるこれら施策の状況を見た上で判断していくべきものと考えている。