戦略プロポーザル
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脳型AIアクセラレータ ~柔軟な高度情報処理と超低消費電力化の両立~

エグゼクティブサマリー

 本プロポーザルは、次世代の人工知能技術に求められる効率的な学習、外界・環境の認識・理解、予測に基づく判断などの柔軟で高度な情報処理を、人間の脳のエネルギー効率に迫る桁違いの低消費電力で行うことが可能なAI処理に特化した専用のプロセッサ(脳型AIアクセラレータ)の実現を目指すための研究開発戦略である。

 近年、画像認識、音声認識・翻訳、自動運転、病気の診断、新材料探索、デバイス設計など様々な用途に機械学習・深層学習などによる人工知能(AI)技術が用いられるようになってきている。これらの用途には、これまでコンピュータが行ってきた単純な計算やプログラムされた演算・画像処理・制御とは質的に異なる、認識・予測・判断といった人間に近い高度な情報処理が重要になっており、AI技術のさらなる高度化が期待されている。また、AI処理は主に豊富な計算パワーを有するクラウド上で行われているが、今後は自動車やスマートフォン、IoT機器といった限られた電力しか使用できないエッジでのAI処理が重要になってくるため、コンピュータの大幅な消費電力低減が必要である。

 これまでコンピュータの計算パワー増大と消費電力低減の原動力となっていた半導体技術/CMOS集積回路は微細化の限界に直面しており、従来型(ノイマン型)の汎用コンピュータの高性能化・低消費電力化は困難になりつつあり、新たなAI処理のコンピューティング技術が必要になっている。人間の脳の単純な情報処理モデルである深層学習・機械学習の限界が見え始めている状況ではあるが、実際に高度な情報処理を低エネルギーで行っている人間の脳の構造や機能にさらに学ぶ(模倣する)ことが一つの確実な方法である。人間の脳の構造や機能を模倣、あるいは新たな情報処理のヒントを得ることで、AI処理に特化したハードウェア(アクセラレータ、チップ)を開発し、柔軟で高度な情報処理と低消費電力化の両立を目指すことが重要になる。

 短期的にはAI処理の低消費電力化や学習の高効率化の要求に応え、長期的には直感的認識やリアルタイムの判断などの要求に応え、従来技術に対する明確な優位性を示す脳型AIアクセラレータ技術の研究開発を戦略的に推進すべきである。脳科学の知見から新たな数理モデルを構築し、脳型AIのアルゴリズムを創出し、それを具体的な回路・アーキテクチャ、さらにはデバイス・材料の開発に繋げていく。また同時に、脳の分子レベル・細胞レベルなど低次構造の機能に類似あるいはヒントを得た特性を持つデバイス・材料に注目し、そこから新たな回路・アーキテクチャ、アルゴリズムの創出を行う。この2つの流れを融合して脳型AIアクセラレータの開発に繋げていくことが重要である。

 本研究開発を進めていくためには、魅力的な応用領域(例えばロボット)を決めて長期的な視野で我が国が先導するシナリオを描き、脳科学、数学・数理科学、情報科学、ナノテク・材料技術の異分野の研究者が日々議論できる環境の整備、研究開発拠点の構築が必要である。また、産学間の連携および海外との連携によるチップ作製や応用領域探索のエコシステムの構築、得られた知識や技術の蓄積、コア技術の知財化・国際標準化も含めたオープン・クローズ戦略の策定、などを進めていく必要がある。さらに、日本の研究者の裾野を広げるために、異分野の学会間の連携を進め、新たなコミュニティの形成や他分野に興味を持つ人材の育成が重要である。これらを後押ししていくためには、ファンディングが重要であり、短期目標と長期目標を設定し、関連府省が連携した施策の推進が望まれる。

※本文記載のURLは2021年3月時点のものです(特記ある場合を除く)。