先進技術が雇用に及ぼす影響とは:産業用ロボットの導入で雇用が増えた日本

  • 情報エコ

2021年11月16日

  • 研究者
    川口 大司 東京大学大学院経済学研究科・公共政策大学院 教授/東京大学政策評価研究教育センター センター長
  • プロフィール (2021年8月)
    2002年にミシガン州立大学で経済学のPh.D.を取得したのち、大阪大学、筑波大学、一橋大学を経て2016年より現職。独立行政法人経済産業研究所のプログラムディレクター、東京大学エコノミックコンサルティング株式会社の社外取締役を非常勤で勤める。Journal of Economic Behavior and OrganizationのAssociate Editor。専門は、労働経済学・実証ミクロ経済学。
  • 所属プロジェクト
    人と情報のエコシステム「人と新しい技術の協働タスクモデル:労働市場へのインパクト評価」
    研究代表者:山本 勲 慶應義塾大学商学部 教授(2021年8月)
    研究開発期間:2018年10月~

プロジェクトの概要

AIやロボティクスなどの新技術の普及は、労働者の雇用を奪うだけでなく、雇用の創出や働き方の変容など、労働市場に多面的な影響を与えうる。本プロジェクトでは、そうした多面的な影響を把握するとともに、新しい技術と人の協働を円滑に行える制度設計や人材マネジメントを政策立案者・ビジネスモデル設計者・労働者に提案する。具体的には、労働経済学を中心とした幅広い分野の知見を用いて、労働者の従事するタスクに注目しながら、①全国の労働者へのパネル調査・分析、②産業・地域レベルの分析、③新たな技術の先行導入・実験事例をフィールドとした調査・分析の3つを軸として研究を進める。さらに、ミクロ・マクロ両面の含意を踏まえ、教育・労働市場制度・再分配政策への提言や、次期科学技術基本計画に資する基礎資料の提供を目指す。

インタビュー(2021年7月)

AIやロボットなどの最新技術が人間から仕事を奪う?

2015年12月、ある研究機関が発表した『日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に』という発表が大変な話題となった。この発表によると、2030年までに、国内約6500万人の就業者のうち約3200万人にあたる『必ずしも特別の知識・スキルが求められない職業に加え、データの分析や秩序的・体系的操作が求められる職業』に関しては、人工知能(AI)等で代替できる、即ち職を失う可能性が高いと言う。

労働経済学を専門とする東京大学大学院経済学研究科川口大司教授は、この研究の意義について次のように語る。

「AIやロボットなどの新しい技術が人間社会にどういう影響を与えるか、それが所得の不平等などにどういう影響を与えるかといった研究は、それこそ蒸気機関の登場に伴う産業革命の影響の評価まで含めて、一つの大きな分野になっています。2015年12月に発表された研究ではそれぞれの職業の作業内容を洗い出し、作業内容から予測される人工知能やロボット等による代替確率が70%以上の職業については、その仕事がなくなるという仮定で計算を行い、日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能といった結論を導き出しています。未来を正しく予測できれば、現実的で地に足の付いた政策を先手を打って行えるなど、そのメリットは小さくありません」

川口教授はこの研究の価値を認めつつも、単なる予測ではなくて現実のデータを用いて労働との代替補完関係を測定するという枠組みの必要性を認識。そこで2017年から経済産業研究所(RIETI)およびRISTEXの支援の下、イェール大学足立大輔研究員、早稲田大学齊藤有希子准教授と共に「ロボットと雇用」というテーマで、AIやロボットといった自動化技術の進歩が雇用にどのような影響を与えているかを、その仕組みも含めて明らかにするプロジェクトを開始した。

海外ではロボットが増えると雇用が減っていた

AIやロボットなどの先進技術と、労働の代替補完関係を決定する根源的な原因はなんなのか。川口教授はこれを明らかにするため、まずは、国内で1980年代から普及が始まり、詳細データの入手が可能な産業用ロボットの事例を研究・分析することにした。なお、この分野に関しては海外での先行研究が存在し、米国ではロボットと雇用が代替関係、つまりロボットが増えると雇用と賃金が減ることを報告している。

「研究を進めるうえで、諸外国で開発された最先端の概念を取り入れていくことは、すでに知られていることを繰り返し発見するという無駄を省くうえでは極めて重要です。しかし、日本は諸外国と比べて産業用ロボットの普及が約10年早く、まだ技術的に目新しかった段階に自国での技術開発によって普及を進めていったという点が諸外国と大きく異なっています。そんな日本で当時、雇用にどのような影響があったのかを調べることには意味があると考えました」(川口教授)

幸いなことに日本では1970年代に設立された一般社団法人 日本ロボット工業会が国内の産業ロボットの導入状況について、用途別・仕向け産業別の出荷台数と出荷金額などを含んだ詳細なデータを保有しており、これを利用することで正確な分析を進めることができた。

「日本ロボット工業会が詳細なデータを保有していたことには本当に助けられました。特にロボットの出荷金額などは他国にはないデータです。最終的にはこの数字があったことでより正確な分析を行うことができました。ちなみにこれらのデータは紙の形で残されていたため、その電子化にRISTEXの支援を利用しています。また、そもそもRIETIやRISTEXの支援を受けたプロジェクトであったからこそ日本ロボット工業会からスムーズなご協力をいただけたとも考えています」(川口教授)

通勤圏別のロボット浸透状況

国内では産業用ロボットの導入でむしろ雇用が増えた

もちろん、正確なデータがあったからと言って、すんなりと結論が導き出せたわけではない。

「難しかったのは、雇用の増減とロボット台数の増減には、ある産業が好調だと雇用もロボットも増えるという相関関係があることへの対処です。我々が知りたいのはロボットの増加が雇用の増減に与える因果関係ですから、それをデータからどのように読み取るかの見極めが大変でした。データが生み出される構造をどのように概念化すればいいのか、共同研究者の2人と深く議論を繰り返し、産業ごとに異なるロボットの価格変動を用いるなど、多くの人を説得できるやり方を導き出していきました」(川口教授)

その結果分かったのが、80年代から一貫して価格下落が進んだ溶接ロボットを導入する自動車業界ではロボット化が進む一方で、価格がさほど変わらなかった組み立てロボットを導入する電機産業ではロボット化が進まなかったこと。そしてこの2つの産業を比べてみると、自動車産業の雇用の方が電機産業よりも雇用の低下が限定的だったことも明らかになった。この二つの産業は代表的な例だが本プロジェクトでは、2つの産業に限らず全ての製造業を対象に、産業ごとに異なるロボット価格の変動を用いて、産業ごとのロボット導入が産業ごとの雇用に与えた影響を調べている。

「こうした分析の結果、ロボット価格が1%低下するとロボット台数が1.54%増加し、雇用も0.44%増加することがわかりました。これはロボット化によって生産規模が拡大し、ロボットを使って作った製品を輸出することによって国内生産が維持されたことが原因だと考えています。結論を言えば、国内においてロボットは労働とは補完的な関係にあったと言えるでしょう」(川口教授)

産業別ロボットの行う作業の例

日本が欧米諸国よりも早いタイミングでロボットを導入し、導入したロボットが労働と補完的な関係となった背景には、日本型メンバーシップ雇用の労働組合のあり方のほうが諸外国のあり方よりもロボット導入を容易にしているということがあると川口教授は言う。

「日本では労働組合が職種別ではなく、企業レベルで組織されているため、機械を導入しても労働者は同社の他の職種に就けるので、企業として生産性が上がれば自身もその恩恵を受けることができます。一方で、職種別の労働組合が強い国では、機械を導入してしまうと特定の仕事が機械に置き換えられてしまうため、その仕事についていた人は職を失ってしまうことから労働者が強く抵抗して、機械を導入することが難しかったのです」(川口教授)

産業別ロボットの行う作業の例

今後はより解像度を上げた調査研究を進めていきたい

川口教授は今回のプロジェクトの成果について、次のように総括する。

「米国の先行研究がロボットと雇用が代替関係にあることを報告している中で、日本においては補完関係にあったことを発見できたことが成果だと考えています。そしてこのように違う結論を得た理由が、1980年代の製造業大企業に広く浸透していた日本型の雇用慣行にあるという議論を展開できたことも成果だと言えるでしょう。昨年、この論文を国際査読誌に投稿したところ、たくさんのコメントがついて返ってきました。現在はそれらに対応して改訂が終わったところです。これを改めて査読してもらい、編集者や査読者に納得してもらって初めて世に認められる本当の意味での成果になると思っています」

もちろん、この取り組みはこれで終わるということではない。今後は、日本ロボット工業会のデータからも汲み取ることができない、産業レベルから企業レベルにまで解像度を上げた分析を行っていく予定だ。

「同じ産業に属する企業でも様々な企業があり、その異質性を考慮にいれた分析をすることでより多くのことがわかると考えています。ただ、企業レベルでロボット導入をとらえたデータは公開されていないので、RIETIと協力しながら、企業レベルでのロボット導入をとらえたアンケート調査を実施して分析を進めていきたいと考えています」(川口教授)

また、まさに現在の最新技術であるAIが労働に与えた影響についての研究も進めているという。

「このテーマは多くの人が関心を持っていますが、こうしたデータを保有する企業が自ら分析を行う傾向もあって、学術レベルではまだあまり実証分析が進んでいません。そうした中、我々の取り組みでは、タクシードライバー向けに集客効率の高いエリアを指示するAIアプリを提供する企業から利用履歴のデータを提供していただき、その分析を進めています。営業時間の約8割とも言われている空車時間の削減にAIアプリがどのように貢献しているのかを明らかにできればと考えています」(川口教授)

多くの働く人々が期待し、同時に不安を感じているAIなどの最新技術。それが労働に与える因果関係を明らかにする川口教授らの取り組みは、今後、我が国の労働政策への提言など、幅広く活用されていくだろう。

研究者自己紹介

主に労働経済学の実証研究に取り組んでいます。とくに労働市場における賃金や雇用の安定性に関する不平等がどのように変化してきたのかを記述し、その背後にあるメカニズムを解明する研究をしています。また、賃金不平等を解消するための最低賃金の引き上げや労働環境を改善するための労働時間規制など、労働環境を改善することを意図した政府の政策が、所期の目的を達成しているのか、意図せざる結果を招いていないかといった政策評価の研究も行っています。これらのテーマに政府統計、民間企業の作る統計・業務データの個票を計量経済学を用いて分析するミクロ実証経済学の手法を用いて取り組んでいます。

現在の主要な研究テーマは、新しい技術やマクロ経済環境の変化が、雇用・賃金に与える影響を労働者の異質性に注目しながら分析することにあります。また、これまでは測定が困難であった経済変数を、新しいデータを用いて測定することに関心を持ち研究を進めています。

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