データポータビリティ時代におけるパーソナル情報の利活用

  • 情報エコ

2023年3月2日

  • 研究開発プロジェクト名
    データポータビリティ時代におけるパーソナル情報のワイズ・ユース実現支援プラットフォームに関する研究
  • 研究代表者
    柴崎亮介 東京大学空間情報科学研究センター 教授(2022年8月)
  • 研究開発期間
    2018年10月~2023年3月
  • Webサイト
    「人と情報のエコシステム」研究開発領域Webサイト 柴崎PJページ
  • プロフィール (2022年8月)
    東京大学 空間情報科学研究センター 教授 1982年東京大学大学院工学部土木工学科修了。建設省土木研究所勤務の後、東京大学工学部助教授、同大学生産技術研究所助教授を経て、1998年より現職。実世界を対象とした総合的計測・センシング技術、多様な観測データとシミュレーションによるデータ同化と状況推定技術、それらを利用した意思決定や活動支援サービスのデザイン技術などの研究・開発を行う。

研究開発の概要

データポータビリティ(Data Portability/DP)の導入により「統合的なパーソナル情報(Comprehensive Personal Information/CI-PI)」が生成される。これはサービス提供の過程で生成されるパーソナル情報を、個人がDP権を行使して集約することで生まれる新しい情報資産である。
本プロジェクトでは、CI-PIの生成・流通・利用に関して、個人(消費者)、企業・産業、社会・公共の3つの視点からシナリオ分析と影響分析を実施し、その分析に基づき、社会システムとしてのCI-PI流通・利用メカニズムをデザインし、個人(消費者)、企業、社会・公共の三者の対話を支援するソフトウェアと専門家のコミュニティからなるプラットフォームを構築することで、ワイズ・ユースの実現を支援する。

インタビュー(2022年8月)

2016年4月に制定され、2018年5月に施行されたEUの『GDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)』によって、にわかに「データポータビリティ権」が注目を集めつつある。データポータビリティ権とは、個人がサービスを利用する過程で運営企業に収集・蓄積された自身の情報(利用履歴や入力した情報など)を再利用可能なデータとして受け取る、あるいは別サービスに移行できる権利のこと。この権利を利用して個人の元に集約された「統合パーソナル情報」は潜在的に高い価値を持つと期待されている。しかし、その当事者である個人が管理や利用にまつわるリテラシーをほぼ持たないなど、今後期待される高度で安心な個人情報の自発的利活用(ワイズ・ユース)を阻みかねない課題も少なくない。

「統合パーソナル情報」のイメージ図

個人情報の利活用は“提供する側”と“利用する側”が対等でなければならない

欧州で『GDPR』に向けた検討が始まる以前から、データポータビリティ権とそれが生み出す統合パーソナル情報の利活用について、柴崎先生は、同志研究者との議論を重ねてきたという。本プロジェクトにおいて「統合パーソナル情報のワイズ・ユース実現のための対話のプラットフォーム構築」を目標に、統合パーソナル情報の状況を可視化し、ユーザー自ら俯瞰・管理できるソフトウェアの開発と、その運用・利用の支援、およびデータ流通の仕組みを構築するエキスパートのグループ拡大を目的としたコミュニティの構築を行ってきた。

「技術的には『情報銀行』と呼ばれるような個人情報を預かってくれるプラットフォームを作り、そこでまとめて可視化を行う方が簡単です。しかし、今回の取り組みではそれをできるだけ手元で行える環境を作ることにこだわりました。それは、個人情報を“提供する側(個人)”と“利用する側(企業)”の関係をなるべく対等にしたいからです。預ける前にまず自分がどういう情報を持っているのかをしっかり確認した上で、データを第三者に渡すかどうかを判断できるようにしたかったのです。特に日本では現状、データポータビリティ権がなく、一度預けてしまった情報をユーザーが自由に引き出すことができませんから」

「既存の情報銀行のような取り組みを否定するわけではない」と前置きしつつ、今後、個人情報の価値が大きく高まっていく中、ユーザーがなにも知らないままでいると取引が不平等なものになってしまう、それを避けたいのだと語る柴崎先生。そして、こうした取り組みは中長期的には企業にとっても有益になると説明する。

「不平等な取引を結び続けると、どこかで必ず“反乱”が起きます。些細なことで炎上したり、頑なに個人情報の提供を拒否されるようになってしまったり……。利用規約に書いておけば問題ないというのも今後は通用しなくなっていくでしょう。そうした中、ディール(取引関係)を対等にし、透明化していくことには、個人情報を継続的、安定的に利用していくという点で企業側にもメリットがあると考えています」

こうした基本理念を踏まえ、本プロジェクトでは自身が利用しているサービスの利用規約・プライバシーポリシーのテキストから、そのサービスが取得する個人情報とその利用目的を抽出・一覧化する『情報銀行ATM』(https://atm.information-bank.net)や、ダウンロードした個人情報を可視化するためのツールなどを試作。国内オープンソースソフトウェア開発コミュニティとの協力体制のもとでソフトウェアを継続的に改良・開発していける環境を構築した。また、それと並行して、一般市民が統合パーソナル情報を利活用するためのワークショップやヒアリングなども実施している。

情報銀行ATMイメージ画像

調査の結果わかった、個人情報に対する意外な事実

さらに本プロジェクトでは、GDPR前後の世界各国の人・企業・公共のシナリオ分析と影響分析も実施。まず、「人」に対する分析では、個人情報を企業に提供する対価として相応しいものは何か、どういった用途であれば個人情報を使われても構わないのかなどを広く調査している。

「その結果わかったのが、我々が思っていた以上に、感染症対策や防災目的であれば個人情報を利用しても構わないと考える人が多かったことです。これは今後の社会・公共での個人情報活用にとって大きな気付きになりました」

また、「企業・公共」に対する、国家や地域を対象とした分析でも、今後のデータポータビリティ推進に向けた大きな発見があったと言う。

「各国の取り組みを調査したところ、この盛り上がりを生み出したEUについて、理念は素晴らしいものの、企業によってデータのダウンロードの手順が大きく異なるなど詰めの甘さが目立つこともわかりました。実際、100人の市民に自分のデータを集めさせる実験を行ったところ、3か月経ってもほとんどデータを集めることができなかったのだとか(苦笑)。その一方、EUを離脱した、つまりGDPRが適用されない英国では金融業界が中心となって独自にデータポータビリティを推進。データを個々にダウンロードさせるのではなく、各社のサーバーに繋げてデータを取得できる仕組み(API)を標準化することでスムーズなやり取りを実現しています」

柴崎先生はこの一連の調査によって、国内全ての企業を一律に対象とするやり方よりも、英国のように業界を絞ったやり方の方が効果も実感しやすく、社会的なインパクトも大きくなる可能性があることがわかったと言う。

「理屈としてのデータポータビリティを実現しても、やはりそれだけでは使い物にはなりません。まずはそれぞれ事情の異なる産業別に標準化していき、それらが横に繫がって社会全体に浸透していくというステップを踏んでいく、そういうデザインが必要なのではないかと考えています。今後は、それをどのように政策に反映してもらうかを考えていくことになるでしょう」

今後ますます加速していく個人情報の利活用に向けて

2018年からRISTEX支援のもとでスタートした本プロジェクト。先に述べたよう、支援以前より柴崎先生が議論・研究していたテーマではあったが、RISTEXにプロジェクトとして採択されたことが多くのブレークスルーに繫がっていったと柴崎先生はこの4年間を振り返る。

「GDPR前後で注目度が高まっていったとは言え、もともと個人レベルの“馬鹿げた思いつき”にすぎなかったものに、お墨付きをもらえたインパクトは大きかったですね。公に社会的に意義があることだと認めていただけたことで、他の人に協力をお願いしやすくなった面は確実にあります。また、RISTEXでは同じく支援を受けている他の研究者とディスカッション、情報交換する機会を多く設けていただき、それも大きな刺激になりました」

もちろん、今後も個人が統合パーソナル情報を利活用していくための取り組みの歩みを止めることはない。

「セカンドステージでは、収集、可視化した統合パーソナル情報を、実際にその人のために役立てるアプリケーションを作っていきたいですね。たとえばすでに、『一般社団法人 スポーツを止めるな』との協業でプロを目指す学生アスリートたちが自らのプレー実績やパフォーマンスのデータを集約して登録しておける『HANDS UP』というサービスの提供を開始しています。新型コロナ禍でアピールの場を奪われている中、このサービスを通じて大学チームや組織など、“次のステージ”への道筋を付けられるものを目指しました。また、それとは別に、大学生が自分の学びの成果を蓄積・分析し、自分の進路を決めていけるようなソリューションの開発にも取り組み始めているところです」

これらの利活用を通じて、学生たちが自分の個人情報をいかに有効に使うかを学び、自身の個人情報が価値ある資産であると認識してもらうことも狙いのひとつだと言う。

「もうひとつ大きな取り組みとして、医療からメタバースまで、圧倒的に詳細でセンシティブなデータを取り扱うようになっていくこれからの時代に向け、多くの人が受けいれやすい許諾のアプローチを醸成し、サクセスフルな事例をたくさん作って行きたいですね。それによって皆さんが、個人情報を自らの意志で積極的に活用していくようになればいいなと思っています」

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