- 安全安心
2018年10月12日
「安全安心」研究開発領域
2005年3月1日
JST(理事長沖村憲樹)は、津波が発生した際の人的、経済的被害を、地震発生時刻や災害情報の伝達状況、さらには住民の対応行動に応じて推計する津波総合シナリオ・シミュレータを開発しました。開発に成功したのは、社会技術研究システムミッション・プログラムI「安全性に係わる社会問題解決のための知識体系の構築」リスクマネジメントグループ(リーダー:堀井秀之(東京大学大学院工学系研究科教授))の片田敏孝研究員(群馬大学工学部助教授)。このシミュレータは、様々なシナリオの下で住民が自らの避難行動を想定し、シミュレータに入力すれば自らが助かるか否かをアニメーションで確認できるようにも構成されており、津波危険地域の住民の避難の促進に役立つことが期待されます。
津波災害への対策として防潮堤などのハード施設の整備や、警戒システムなど住民へ早期に情報提供するシステムの整備が進められてきました。しかし、津波災害時におけるこれまでの住民調査の結果によると、地震直後の住民はハード対策への過度の依存から、発生する津波や被害を軽く見積もり、警報や避難勧告が発せられた場合でも避難を行わない。行政からの情報伝達に過度に依存してしまい、情報が発せられるまで避難しない。といった危険な行動を取る傾向が強く見られます。この様に、我が国の津波避難は極めて低調な状況にあり、このままでは近い将来に発生が危惧されている大津波の際に多くの犠牲者を出す可能性も否定できない状況となっています。このような問題は、住民の過剰な行政依存、情報依存に基づくものであり、我が国の津波対策が進めば進むほどに、その傾向が強くなることが危惧されています。
このような問題に対処するためには、避難の必要性を単調に訴える、いわば標語的な避難啓蒙活動では効果が充分とは言いがたく、地域住民が津波の危険性を自らの命の問題として深く認識し、自発的に避難を決断できる住民となるような津波防災教育が必要であり、そして、そのための効果的な教育ツールの開発が必要となっています。
津波総合シナリオ・シミュレータは、地域住民などの利用者が、地震発生時刻に加えて、災害情報伝達などの行政対応や住民自らの避難行動のありようなど、様々なシナリオを自由に組み合わせて選択することが可能で、選択されたシナリオに基づく津波災害時の状況をアニメーションとしてわかりやすく表現することができます。利用者は、このシステムを通じて種々の津波災害シナリオを仮想的に体感することで、発生する地震により津波被害の規模や範囲が大きく変化することや、自らの対応によって人的被害の発生を大きく軽減することが可能であることを効果的に学ぶことができます。以上のような機能を持つことから、本システムは、アニメーションを用いた親しみやすくわかりやすい防災教育の教材として防災教育の全般において活用できることが期待できます。
また、今回の機能追加によって、任意の時刻に津波が発生した場合の人的被害を推計したり、津波遡上に伴う経済被害についても推計することが可能となり、行政が利用する津波災害対策の戦略ツールとしての利用範囲も広まりました。
津波総合シナリオ・シミュレータの概要について
津波総合シナリオ・シミュレータは、以下の3つのシミュレーション技術を統合化したシステムです。各シミュレーションによる計算結果を利用することによって、行政による災害情報の伝達状況や住民の避難状況、そして、津波の発生状況を考慮した被害状況を推計することが可能となっています。また、シミュレーション結果は、アニメーションとして出力することが可能であり、インターネットなどにより公開することが可能です。既に、三重県尾鷲市(図4)と岩手県釜石市を対象としたシミュレータが、それぞれの市役所のホームページ、および片田研究室のホームページで公開されています。
(1)情報伝達シミュレーション
情報伝達シミュレーションは、津波警報や避難勧告などの災害情報が防災行政無線の屋外拡声器や広報車、そしてマスメディアといった情報伝達メディアにより住民に対して発信される様子、また情報を受けた住民が口頭や電話による伝達行動を行うことによって災害情報が地域全体に広まっていく様子を表現するシミュレーションモデルです。
このシミュレーションに現状の情報伝達施設の状況や情報伝達体制を設定することによって、以下のような結果を得ることができます。
- 住民の情報取得状況(情報が届きにくい地域が存在するか?)
- 住民の情報取得タイミング(どれぐらいの時間で地域に情報が広まるのか?)
- 住民が取得した情報の正確性(行政からの情報が直接届かず不正確な情報が広まりやすい地域があるか?)
(2)避難行動解析シミュレーション
災害情報を受けた住民が、避難場所まで避難する様子を表現するシミュレーションです。このシミュレーションでは、避難の有無や避難行動を開始するまでの準備時間を設定することも可能となっています。
このシミュレーションによって、以下のような事項を検討することができます。
- 住民の避難所要時間(避難が遅れがちになる地域はどこか?)
- 避難路や避難所など避難施設の整備による効果
(3)津波氾濫シミュレーション
地震の規模や震源に応じた津波の発生状況を表現するシミュレーションです。本システムでは、地震の規模や防潮堤などのハード施設の整備状況が異なる様々な設定に基づいて計算された結果を蓄積しておき、想定するシナリオ応じて選択する形式を採っています。
今回新たに追加された機能について
今回公表するシミュレータでは、これまでの機能に加えて以下に示す機能が追加されました。
(1)地震発生時刻に応じた人的被害の推計
地域の住民分布は通勤や通学、買い物などの様々な行動や他地域との人口流出入などにより時間帯によって大きく変化します。今回追加した機能では、住民個人の24時間の日常生活を想定することによって、任意の時刻に地震が発生した場合の人的被害を推計することが可能としました。
(2)津波遡上に伴う経済被害額の推計
シミュレータに家屋などの建物の情報を入力することによって、刻々と変化する津波の氾濫状況に応じてリアルタイムに経済被害額を推計することが可能となりました。
今後の課題について
平常時や避難行動時における住民の行動表現について、さらに研究を進めることでより現時的な被害推計や効果的な防災計画を実施することができるシミュレータとなるよう改良を進めます。また、地域住民への防災教育のあり方や誰に対してもわかりやすいシミュレーション結果の表現方法などについて検討を行い、より効果的な防災教育ツールとしても活用することができるよう改良していく予定です。
なお、平成17年3月2日(水) ~3月3日(木)に、サイエンスプラザ・JSTホール(科学技術振興機構東京本部)にて開催される、第2回社会技術研究シンポジウムにおいて、本成果の一部が紹介される予定です。
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りです。
研究領域
社会技術研究システム ミッション・プログラムI「安全性に係わる社会問題の解決のための知識体系の構築」(研究統括:小宮山宏 東京大学大学院工学系研究科)
研究期間
平成13年度~平成17年度(5年間)
【図1】自治体における津波防災の課題
【図2】津波総合シナリオ・シミュレータの概要