開催日:2023年(令和5年)8月31日(木)
会場:東京大学市橋研究室
人工細胞は生物か-生物に依存しない社会とELSI-
WSの前半では市橋先生より、ご自身の研究紹介が行われました。生物の細胞が増殖するのは、セントラルドグマという反応系において、DNAの複製とRNAの転写を通してタンパク質ができるためです。市橋プロジェクトでは、このセントラルドグマを動かし、自動的に増殖する人工細胞を作ることを目的としています。市橋先生は、なぜ生き物が動くのか、生き物はどこから来たのか、つまり分子から生物の機能が出てくる仕組みを理解するために研究をしているそうです。また、これまで人類は生物を人工物に置き換えることで生活を便利にしてきましたが、食料と医薬品に関しては、未だ生物に依存している現状があります。人工細胞がその依存からの脱却を可能にし、生き物を殺さずとも生きていけるような社会になる、という展望も示されました。
市橋先生による研究紹介スライドから参照。
セントラルドグマの仕組みと自動増殖についての解説。
WSでの議論の様子
WSの後半は、市橋プロジェクトの研究について、ELSI論点マップ(ELSI論点マップ2022「研究対象との関連性におけるマップ」)を用いながら「ゲノム倫理」研究会のメンバーとともに議論を広げました。ELSI論点マップとは、2022年に「ゲノム倫理」研究会がゲノム合成研究者のELSIに関する認識を調査し、登場したキーワードをマップ化したものです。
最初に生物の定義とは何かという広い問いから始め、参加者はそれぞれの専門にひきつけてお互いに白熱した議論をぶつけ合いました。理論的な話のみならず、市橋先生が実験で用いる大腸菌などの単細胞生物にどのような情を抱いているかといった情緒的で具体的な話も上がりました。そのほか、ELSI論点マップに関連づけながら、DNA合成によって毒素や危険性がある遺伝子の合成を防ぐための規制についても意見を交わし、法規制の現状と今後について慎重な姿勢で熟慮を重ねました。市橋先生が目指している生物依存からの脱却については、生命ではないものを食べることや人類が食べ物を食べることの意義について、参加者は期待感と懸念を交えながら検討しました。
最も盛り上がったのは、ELSIそれ自体の議論です。科学技術とELSIを関連させて語る際にはネガティブな側面ばかり強調されるが、テクノロジーはポジティブなもの、テクノロジーがもたらす利益とリスクを比較衡量しながら議論することが肝心である、との発言が複数の参加者から上がりました。
今後、本WSで提示された多様な論点をもとに市民の声を聞く市民グループインタビューが開催されます。専門家以外の意見を取り入れた上で、第2回個別WSを開催し、最終的には複数のケースを横断する合同WSを開催する予定です。
WSでは、市橋先生のラボ見学も行われた。
WS参加者
CREST「ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出」研究総括
塩見 春彦 慶応義塾大学医学部 教授
市橋プロジェクト
市橋 伯一 東京大学大学院総合文化研究科 教授
平田 隼大 東京大学大学院総合文化研究科 M1
「ゲノム倫理」研究会
信原 幸弘 東京大学 名誉教授
岩崎 秀雄 早稲田大学 理工学術院 教授
神里 達博 千葉大学 国際教養学部 教授
四ノ宮 成祥 防衛医科大学校 学校長
志村 彰洋 株式会社電通 京都ビジネスアクセラレーションセンター ゼネラルマネージャー(オンライン参加)
田川 陽一 東京工業大学 生命理工学院 准教授
田中 幹人 早稲田大学 政治経済学術院 教授(オンライン参加)
中村 崇裕 九州大学 大学院農学研究院 教授(オンライン参加)
見上 公一 慶應義塾大学 理工学部 准教授
日比野 愛子 弘前大学 人文社会科学部 教授
三成 寿作 京都大学 iPS 細胞研究所 上廣倫理研究部門 特定准教授