JST-RISTEX「ゲノム倫理」研究会 ケーススタディ 2023 末次プロジェクト第1回ワークショップ(WS)開催レポート

開催日:2023年(令和5年)8月24日(木)
会場:立教大学末次研究室

RISTEXでは、2019年に「ゲノム倫理」研究会を設置し、ゲノム関連技術と社会のための倫理の考察や、調査研究を行っています。その一環として、今年度は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)の「人工ゲノムのセルフリーOn chip合成とその起動」プロジェクトを対象に、プロジェクト代表者である末次正幸教授と、「ゲノム倫理」研究会メンバーで当該プロジェクトにかかわるELSIの論点を議論しとりまとめる試みを実施しています。今回は、第1回目のワークショップ(WS)の様子をお届けします。

研究とビジネスの交点 -社会実装とELSI-

WSではまず、末次先生より、ご自身の研究内容とこれまでの活動について紹介がありました。末次先生は人工細胞の分野に携わりながら「生命とは何か」ということを深堀りするため、セントラルドグマの再構成を通してイノベーションを起こしていこうと取り組んでいます。セントラルドグマとは、遺伝情報がDNAからタンパク質に至る流れのこと。DNAにコードされた情報をもとにタンパク質の機能が発現し、そのタンパク質機能によってDNA自身が複製され、次の世代へと遺伝情報が継承されます。


末次先生による研究紹介スライドから参照。
セントラルドグマの仕組みの解説。

研究では、26種類のタンパク質を使って、ゲノムDNAと同じ構造である環状の長鎖DNAを、大腸菌を使わずに増やすことに成功しました。これは目的とするDNAのクローニングに利用でき、従来の大腸菌の中で環状DNA(プラスミド)を増やす方法よりも、早くて安全であるというメリットがあります。さらに、この技術を広めるため、末次先生はオリシロジェノミクスを起業し、キット化して販売しました。現在、この会社はモデルナに買収され、モデルナ・エンザイマティクスとして生まれ変わっています。末次先生は、会社の社外取締役として残りながら、社員に対する技術指導を行っています。


WSでの議論の様子

WSの後半は、末次プロジェクトの研究について、ELSI論点マップ(ELSI論点マップ2022「研究対象との関連性におけるマップ」)を用いながら「ゲノム倫理」研究会のメンバーとともに議論を交わしました。ELSI論点マップとは、2022年に「ゲノム倫理」研究会がゲノム合成研究者のELSIに関する認識を調査し、登場したキーワードをマップ化したものです。

議論ではアカデミアとビジネスの二足の草鞋を履いていた末次先生の経験をもとに、ビジネス活動と研究活動をする際のマインドセットや、学生や研究者のモチベーションを上げる方法といったマネジメントなどが話題となりました。特に、好奇心に駆動される基礎科学と、社会応用を志向して企業などから資金を獲得する技術開発へのマインドの切り替えや活動の橋渡しについて強い関心が寄せられ、現場からのリアルな発言が多くありました。

「生命とは何か」という問いについての検討では、試験管内の生命と、デジタル空間内で増殖し進化する自己複製子などの「生命のようなもの」との類似点や相違点が慎重に洗い出されました。論点マップにもあるデュアルユースの観点からは、キット販売にあたり、悪意を持った用途や本来の用途から外れた使用を防ぐためにどのような対策をしていたのかについて、参加者間で緊張感のあるやり取りがなされました。これに関し、受託サービスであれば提供者が利用の仕方をある程度コントロールできるものの、キット販売になると購入者の手に委ねられてしまうといった、ビジネス形態の違いについても言及されました。

モデルナによる買収については、国内知財の流出が外国資本のアクションの早さに起因しているなど、日本の研究開発環境を憂う声も上がりました。状況を打破するための施策についての議論は白熱し、最終的には、基礎研究を支える仕組み作りをすることで、応用研究の社会実装のみならず、市民の人々にも不信感を与えずに受け入れてもらえることにつながるだろうという展望を示して対話が結ばれました。

今後、本WSで提示された多様な論点をもとに市民の声を聞く市民グループインタビューが開催されます。専門家以外の意見を取り入れた上で、第2回個別WSを開催し、最終的には複数のケースを横断する合同WSを開催する予定です。


WSでは、末次先生のラボ見学も行われた。

WS参加者

CREST「ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出」研究総括
塩見 春彦 慶応義塾大学医学部 教授

末次プロジェクト
末次 正幸 立教大学理学部 教授
向井 崇人 立教大学理学部 助教
古澤 輝由 立教大学理学部 特任准教授 / サイエンスコミュニケーター
山岸 勇太 立教大学理学部 大学院修士課程2年
大竹 海碧 武蔵高等学校2年 高校ユニオンiGEMチーム(末次PI)リーダー

「ゲノム倫理」研究会
信原 幸弘 東京大学 名誉教授
岩崎 秀雄 早稲田大学 理工学術院 教授
四ノ宮 成祥 防衛医科大学校 学校長
見上 公一 慶應義塾大学 理工学部 准教授
三成 寿作 京都大学 iPS 細胞研究所 上廣倫理研究部門 特定准教授
横野 恵 早稲田大学社会科学部 准教授

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