研究代表者:
矢原 徹一 (九州大学持続可能な社会のための決断科学センター センター長)
[専門分野:持続可能性科学・地球環境学]
研究開発期間:
平成28年度~31年度
目次
研究の目的
研究成果を社会問題解決に結びつけるためには、研究者と社会問題の関係者(ステークホルダー)との「共創」(Co-design)が重要です。その中では、様々な不確定要素と多様な価値観を考慮した意思決定が必要となります。しかし心理学のある研究では、Co-designにおける意思決定は、時に「集団浅慮」と呼ばれる失敗を生むことが知られています。つまり、集団での物事の決定では、1人の決定よりも失敗の危険性が高まります。そこで、科学的に「意思決定」を研究し、様々な分野で優れた事例を示しながら、その成果を社会問題解決に結びつける方法論を導き出し、最終的に社会問題の解決につなげていきます。
<研究の全体像>
研究の概要
研究代表者は、意思決定のあり方を追求する「決断科学」を研究するとともに、環境・災害・健康・統治・人間科学の5分野において、地域の様々な関与者と共に地域の課題解決を進める分野横断形の研究(Transdisciplinary Research、以下、TD研究という)を行います。TD研究では、多様なステークホルダーどうしが議論・合意した上での決断が必要とされるため、本研究開発では、PDCAサイクルに代わる新たな概念:決断サイクル(IDEAサイクル)を上記のように設定しました。このサイクルは、Idea generation(探索)→Decide(決断)→ Execution(実行)→Adaptive learning(学習)の4フェーズで構成されており、5分野における取り組みの共通した実施サイクルとなります。本サイクルを元に地域の課題解決に向けた研究開発を行い、得られた成果を社会課題の解決に結びつける方法論として、決断科学を発展させるとともに、研究成果を持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)に繋げるために、ローカルレベルからグローバルレベルに成果の拡大を目指します。
また、研究期間中である平成28年4月には、熊本地震が発生し、甚大な被害を及ぼしました。自然災害は、都市計画・開発や防災学といった直接の問題にとどまらず、絶滅危惧種や希少種の生息環境、住民の避難所生活での暮らしや健康問題の発生をはじめとして、様々な問題が生じる可能性があります。そのため、各分野での実施地域に加えて、熊本地震被災地でのTD研究を通して、復興支援活動に携わります。
環境科学~自然環境の持続可能性を地域と一緒に考える~
実施場所: カンボジア、インドネシア、鹿児島県、熊本県
地球環境の変化により、熱帯林の減少や生態系の破壊が続く中で、住民を中心とした持続可能な自然資源管理の在り方について、各地域の取り組み事例を通して検討します。
- 熱帯林の急速な減少が続くカンボジアにおいて、住民参加型の森林管理手法(Community Forestry)が採用されています。この手法では、森林変化情報から森林保全効果を検証し、持続可能で効果的な熱帯林の保全、管理の実現を目指します。
- 熱帯林が減少しているインドネシアにおいて、NGOと企業が産業造林問題について大きく対立しています。そこで、地域住民・環境・企業の3つの立場から調査を行うことで、それぞれが納得のいく管理・保全を考えるとともに、インドネシアの土地・森林政策について政策提言を行います。また、対立が大きいステークホルダー同士の協働を促すための条件も検討し、専門家が中立的に仲介者として問題解決を行う方法を探ります。
- 屋久島(鹿児島県)では、ヤクシカの増加により生態系の劣化が進んでおり、ヤクシカの個体数の把握と遺伝的多様性に配慮した動物管理が必要です。そこで、個体数推定のための研究開発に取り組み、そこで得られた成果を生態系管理計画に反映させ、自然資源管理の持続可能性を高めます。
- 熊本県では、営農者の高齢化、後継者不足など多くの問題が顕在化しています。そこで、持続可能な農業経営を目指し、地域と協力して「環境配慮型農法」による生物多様性、生態系保全、及び米のブランド化に取り組みます。
災害科学~「より良い復興」を通じて、災害に強いコミュニティを探る~
実施場所: インドネシア、熊本県
インドネシアでは、都心から離れた農村部や離島において、国営電力会社からの電力供給がなく、多くは小水力発電により電気を自給しなければならないのが現状です。一方で、中山間地域では、各機関からの援助により小水力発電施設が設置されていますが、いったん災害に見舞われると、破損しても資金面・ノウハウ面から放置されることが多く、電化普及の大きな障害となっています。
そこで、被災により稼働停止中の小水力発電所の復旧をサポートし、その取り組みを通じて、農村コミュニティのあり方を実例として示してゆきます。具体的には、小水力発電では安定した電力供給のために洪水時や渇水時の流量を予め想定することが重要です。そのために流量観測や流出モデルの構築を行い自然災害時の対策に役立てます。またそこでの調査手法等をガイドラインや論文にまとめると共に、図面やプロセスを文章で残すことなど、地域住民へ災害対策のノウハウが伝承する仕組みを構築します。更に、地域住民とのワークショップやセミナーを継続的に開催し、集落の持続可能性・レジリエンスを高めることに貢献します。
また、熊本県では熊本地震から復興へと進む中で、営農者の高齢化などの問題が顕在化しています。そこで、團場の復旧を地元住民・企業と一体となって行うとともに、環境に配慮した水田水路を設計するというCo-Design, Co-Productionの実践に取り組みます。
- ステークホルダーと情報共有 -
写真はCo-Designに取り組む様子。
発電所の復旧に関わる現地関係者との対話。膝を突き合わせて話し合うことが、国・地域に関係なく重要だということが分かります。
健康科学~途上国におけるソーシャルビジネスによる疾病管理~
実施場所:バングラディシュ、インド、インドネシア、カンボジア、イタリア、アメリカ、熊本県
バングラディシュのように、未だ無医村地域が多い国では、感染症だけではなく生活習慣病の予防が今日重要になってきています。そこで、グラミングループと連携しつつ、ポータブル健康診断と遠隔診療システム(PHC)を使って疾病管理事業を実施し、継続可能で採算が取れるソーシャルビジネスとして展開します。この他にもアジア諸国のインド・インドネシア・カンボジア等において、PHCの実施できる可能性について調査します。
他方で、平成28年の熊本地震では、車中泊によるエコノミークラス症候群のような健康問題がクローズアップされました。災害発生後には、特に常用薬の紛失、ストレスの増大、食・居住環境の悪化から、他にも急性の心脳血管障害を発症しやすいことが明らかになっています。PHCの平常時機能とスイッチ可能な災害時用機能を開発し、日本を含めた災害多発国の疾病管理対策の向上を進める対策を検討します。また、熊本のエコノミークラス症候群の発生には、避難所とトイレ不足といった日本の災害対応の制度の問題など複合的な要因があります。これらの問題に取り組んだ専門家の被災地支援の教訓を取りまとめ一般の方々にも役立つ総合防災の教科書を作成し、防災知識の普及を目指します。 さらに2009年ラクイラ地震におけるエコノミークラス症候の問題から先進国の国際比較を行い、日本の災害支援の問題点を検証します。
統治科学~持続可能性×ローカルをグローバルへ~
実施場所: 長崎県、熊本県
科学者(専門家)、行政、地域住民といった現地のステークホルダーと対話を続けながら、持続可能なコミュニティのあり方を考えます。現在は、地元高校生に地域の魅力を再発見してもらうために、地元高校、商工会、市役所等の連携を促進し、「島の宝ハンドブック」を共同開発しました。
人間科学~多様なステークホルダーの参画を考える~
実施場所: 長崎県、熊本県
利害が異なる多様なステークホルダーが「協働」するためのガイドラインを作成します。具体的には、各分野で決断サイクル(IDEAサイクル)に沿って進められた取り組みの成果を統合・分析して、 TD研究のプロセス・成果を客観的に評価するための指標・基準づくりを進めていきます。作成されたガイドラインは、各地域での取り組みで実際に活用され、日々改善を図ります。
<決断サイクル(IDEAサイクル)>
関連情報
イベント等
- 2021年1月30日、本プロジェクトおよび九州大学決断科学大学院プログラムの成果を、「Decision Science for Future Earth Theory and Practice」(英文書籍)として出版しました。
オープンアクセス図書となっておりますので、以下よりダウンロード可能です。 - 2018年9月25日~28日、九州大学で世界社会科学会議2018(World Social Science Forum2018;WSSF 2018)が開催されます。本研究プロジェクトは、「Disaster, risk management, local governance and sustainability: lessons from Future Earth studies」(CS1-12)と題したセッションを開催します。
- 2017年12月1日~2日、国際シンポジウム『The 2nd International Symposium on Decision Science for Future Earth ~Japan's seeds for a "Good Anthropocene" ~』を開催しました。
- 2017年2月18日~19日、国際シンポジウム『International Symposium "Decision Science for Future Earth"-How can we transfer our society to a better future?』を開催しました。
これまでの取り組み
関連する持続可能な開発目標(SDGs)
本研究開発に関わるSDGsは以下の通りです。
- 目標3「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」
- 目標9「強靭なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る」
- 目標15「陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する」
- 目標17「持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する」