イベントレポート:第1回検討会スピンオフ「個人情報の共有を前提とした同意取得と情報の利用場面に関して ~佐渡ヶ島の取り組み~」

RISTEXでは2024年から、パーソナルデータを扱う研究事例を取り上げ、データマネジメントの留意点や課題等を議論する「事例から考えるデータマネジメント検討会」を進めている。24年7月に開催した第1回では、「社会実装におけるパーソナルデータ・マネジメント」と題して、研究を超える個人情報の活用と同意の在り方を検討した。その際、現場の状況や同意の取得方法等をもっと知りたいという意見が参加者から寄せられたことから、スピンオフのイベントを実施した。

1. イントロダクション

第1回事例から考えるデータマネジメント検討会で検討したのは、研究開発プロジェクト「個別化したデータに基づく健康寿命延伸を実現するモデルの構築~いのち輝く社会を目指して~」(令和2年度採択 ソリューション創出フェーズ、研究代表者:宮田 裕章 慶應義塾大学医学部教授)である。このプロジェクトの実施者の一人であった藤田卓仙氏(東京財団政策研究所 主席研究員)が取り組み内容や同意の取り方等を紹介した。
このときの議論を踏まえて、今回は同プロジェクトの協働実施者であった新潟県厚生連佐渡総合病院の佐藤賢治病院長より、佐渡での取り組み事例を紹介いただくこととなった(2025年1月25日に開催されたプロジェクト間交流会として実施)。

2. 事例紹介:佐藤賢治氏(新潟県厚生連佐渡総合病院 病院長)

佐藤氏は、佐渡における取り組みの背景として、人口減少・少子高齢化の現実から紹介した。佐渡市の人口は約5万人で、日本全体では後期高齢者の人口のピークは2030年とされているが、佐渡市では2012〜13年ごろをピークに減少に転じている。かつて6つあった病院が現在は2つになる等、医療資源は減少。生産年齢人口も急速に減少する中、医療福祉の需要と供給のギャップはさらに拡大する。考えられる対策は、①少ない資源で供給する(医療の効率化)、②需要を減らす(早期介入による住民の重症化抑制や生活能力の維持)の2つしかないと話す。この対策の骨格として10項目(図1)を設定している。うち、個人情報の共有を要する取り組みが「さどひまわりネット」、「さどヘルスケアナビ」、「肺炎再燃予測モデル」、「フレイル認識機会と判定モデル」である。

図1
画像:図1

「さどひまわりネット」は、2012年4月に稼働した医療情報を中心とする情報共有基盤だが、多くのEHR (Electronic Health Record:電子健康記録)と異なるのは、電子カルテの有無や医療機関の区分を問わないことである。島内の病院、診療所、歯科診療所、保険薬局、訪問看護ステーション、介護福祉事業所の6割が参加し、双方向で自動で情報共有を行っている。参加する職種にはアクセス制限を設けておらず、守秘義務に基づき、お互いの責任と判断で閲覧、活用、入力する。情報共有に同意している住民は3割強で、高齢者では6割以上と推定される。
「さどヘルスケアナビ」は、試験運用中の生活に関連する情報の共有基盤で、すべての行政・医療・介護・福祉サービス従業者に向けて、日常生活動作(ADL)やアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を含め、家族構成など社会保障サービスに必要な共有すべき情報を収集している。試験運用での意見は、情報リテラシーやICTリテラシーに関わるものが多く、今後、これらの点に関して改善した上で本稼働を目指す。
これらの情報共有基盤システムにおける個人情報の共有は、3省2ガイドライン(厚生労働省、総務省、経済産業省が定めた2つのガイドライン)に準拠すること、情報取扱者には守秘義務の遵守を徹底すること、共有情報のみによる業務遂行の禁止(あくまで参考であり診断には使えない等)といった原則を前提としている。いずれの情報共有基盤において患者/利用者の個別同意が必須で、患者情報取扱い規約、利用目的、共有する情報の内容、利用される範囲、非同意の不利益が発生しないこと、同意撤回機会の担保、開示請求への対応に関して明示し、説明する。また、同意取得は介入現場で行うことを原則とする。
同意取得の手続きで明らかになったのは、同意取得には主治医や薬剤師、ケアマネージャーのような直接の担当者からの同意勧奨が有効であるということで、日常的な信頼関係がベースにあることが推察される。イベント時や事務職による説明では同意取得率が低く、“(健康やデータに対する)意識が高い”住民に偏る可能性がある。デジタル同意書のシステムも整備してあるが、利用者はごく少数である。

このような情報共有基盤では、住民を網羅して同意を取得するのが理想的であり、今後、乳幼児健診や妊婦健診等の公的な健康診断・検診の機会に行政が積極的に関与することが望まれる。
なお、共有された住民情報の調査・研究の計画と実施に関しては、上記の情報共有基盤の企画・制作・運営を担う一般社団法人佐渡地域医療・介護・福祉提供体制協議会(市・保健所、病院、医師会・歯科医師会、看護協会、薬剤師会、介護事業所、福祉事業所、社会福祉協議会が参加)では、①計画の段階で適切な研究倫理審査による承認を得るものとする、②研究倫理審査は原則として佐渡総合病院倫理審査委員会に委託する、③調査・研究の実施は佐渡地域医療・介護・福祉提供体制協議会で許可する、という点で合意している。

最後に佐藤氏は、個人情報を共有する取り組みの意義と問題を次のように述べた。行政・医療・介護・福祉サービスは住民中心に住民の情報を相互に共有して遂行されるべきであり、少子高齢化の進展する社会では連携・協働の必要性が高まり、情報の共有と利用はその協働の条件である。一方で、これらのサービス提供者は負担増の状況にあり、連携・協働は業務負荷と認識されやすい。また、個人情報は「秘匿すべきもの」との認識が住民とサービス提供者の双方に高まり、理解不足のまま問題発生の恐怖と責任転嫁思考が進んでいる。このような個人情報を共有する取り組みの意義と問題のギャップを埋める作業のほとんどは現場依存となっている。そのため、地域における住民やサービス提供者間の協議を進められるか否かで取り組みの成否が決まるというのが現実である。

3. ディスカッション

続くディスカッションでは、SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(シナリオ ソリューション創出フェーズ)の川北秀人総括が加わり、進行はデータマネジメントアドバイザリーボードの山田肇座長が務め、参加者からの質疑応答を交えながら議論を行った。質問と回答等は下記の通り。

参加者:蓄積された住民の情報を、研究等に使うことはできるのか。
佐藤氏:かつて外部から使用要請があった際は、データそのものではなく、システム内で解析した結果を渡した。また、将来的に「さどひまわりネット」の運営費のために匿名化したデータを販売するという考えもありうる。

参加者:蓄積された住民の情報を、研究等に使うことはできるのか。
佐藤氏:かつて外部から使用要請があった際は、データそのものではなく、システム内で解析した結果を渡した。また、将来的に「さどひまわりネット」の運営費のために匿名化したデータを販売するという考えもありうる。

参加者:「さどひまわりネット」と「さどヘルスケアナビ」の情報を連携する必要があると思うが、連携する際に提供者からは改めて同意を取得するのか。
佐藤氏:「さどひまわりネット」と「さどヘルスケアナビ」は独立したシステムとして動かしており、同意も別に取得している。将来的には両システムを結合させたいと考えており、国から住民情報を共有するためのガイドライン等の方向性が出ることを期待している。

川北総括:被災者支援等も同じだが、行政や医療・福祉の専門職が情報を持っていても各々に閉じていれば、状況は変わらない、場合によっては深刻化する。専門職での共有をフェーズ1とすると、地域の民間事業者が活用するフェーズ2、住民を含めた共有がフェーズ3と考えられる。一足飛びには進まないので、地区の住民の情報をまとめて分析して比較する「地域カルテ」のような取り組みは、情報を適切に扱えるリテラシー醸成につながるだろう。
山田座長:災害時は民生委員や自治会長が避難行動要支援者の情報を持っていても、その場にいないときや自分の避難に手一杯のときには活用できないので、多機関で情報共有が必要ではないか。
佐藤氏:当院では、人工透析患者、在宅酸素療法や在宅人工呼吸療法を受けている患者の居住地のマップを作成し、消防署、自治体と共有し訓練等を行っている。

参加者:データを収集する側、サービスを提供する側は知識と経験を持っているが、データを出す側はどんなデータが何に使われるか、自分や社会にどんなメリットがあるかについてあまり説明されないままのように思う。また、それらの理解が難しい場合もある。データ提供をしたいと考えるきっかけが必要ではないか。
佐藤氏:「さどひまわりネット」は稼働前に約6000名の同意を集めた。各施設で受診・利用者に同意書を渡して集めたが、日頃の関係性から信頼して同意をしているケースが多いように見受けられた。

参加者:行政にデータを出してもらうには、研究が始まる前に社会実装するサービスやそのメリットを行政担当者や市民にわかりやすく説明することを求められる。医学研究における参加者同意の方法とは文化が異なると感じる。
山田座長:たとえば「AIを活用して」といった表現だけでは「AI恐怖症」を拭えないので、最終判断は専門家=人間が行う等の説明が必要。プロジェクトとして、関係者の理解を促進する説明を準備しておく必要がある。
参加者:安全なユースケースから広めていくことも重要。
川北総括:情報に関わる住民のリテラシーの醸成をサポートする人も大事である。

このような議論を通じて山田氏は、RISTEXの研究開発プロジェクトにおけるデータマネジメントのポイントを以下のようにまとめた。

  1. データマネジメントの基本は、どのようなデータをどのように取得し、どのような安全管理措置を取るか等を、プロジェクトの開始前に定めて実行していくことである。
  2. このような狭義のデータマネジメントを越えた活動が、RISTEXのプロジェクトには求められている。それは、RISTEXの研究開発が将来的な社会実装を目指しているからであり、研究開発段階を越えて、蓄積してきたデータを活用するための手当てが必要になる。
  3. RISTEXの目指す新しい社会的・公共的価値の創出には、住民のデータを活用することは重要である。データ活用を促進していくという立場に立ったうえで、個人情報保護法等の法規制を守っていくのがよい。
  4. RISTEXのプロジェクトには、大学等の学術研究機関だけでなく、地方公共団体、企業、NPO等も参加する。これら多様な参加者の中でデータをきちんと管理する仕組みをあらかじめ手当てしておく必要がある。
  5. 佐渡の事例の場合、同意は住民と対面する医療や介護の関係者が取得している。取得の鍵は住民がこれら関係者を信頼することである。
  6. 取得したデータをどう利用し、本人や居住する地域にどう役立つかを、対象者が理解できるように説明する必要がある。
  7. プロジェクトの中には、判断能力の低下等が原因で同意がむずかしい対象者がいる場合もある。そのような場合には代理者による同意が必要になるが、対象者からのデータがどう利用され、対象者にどう役立つかを説明しなければならない。
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