科学技術・イノベーションエコシステムにおける産学橋渡しの課題 
―知的財産・デザイン・共創の観点から―
(—The Beyond Disciplines Collection—)

エグゼクティブサマリー

本報告書は、産学橋渡しの課題として「ミッシングパーツ(隠された要素)」を探求することを目的とした調査の結果をまとめたものである。CRDSは2022年に『イノベーションエコシステム形成に向けた産学橋渡しの現状と課題』を発行し、大学や公的研究機関で生まれた研究成果の産業界への移転や、産学連携によるイノベーション創出の動向を分析した。本報告書では、その知見を踏まえ、従来の産学橋渡しでは十分に対応できていない「ミッシングパーツ」に焦点を当て、今後のイノベーション推進に必要な要素を明らかにする。

第1章では、近年の科学技術・イノベーション政策の変遷を概観し、産学橋渡しの現状と課題を整理する。近年、科学技術・イノベーションの目的や対象が多様化・多面化し、従来の枠組みでは対応しきれない領域が拡大している。そのため、研究成果の実用化を促進し、より効果的に社会に普及させるためには、新たな視点を導入する必要がある。本報告書では、イノベーション達成に大いに影響する「社会普及性」に着目して多様な技術や産業領域を俯瞰した結果として、「有効な知的財産権の取得」「デザイン」「産学共創の『場』」の3つの要素をミッシングパーツとして設定し、以降の章における検討の前提となる産学橋渡しの全体像を措定する。

第2章では、「技術主導型・産学橋渡し」として、研究開発による技術の社会実装における知的財産権の重要性を分析する。大学等で生まれる「知的財産」と、それを権利化する「知的財産権」の違いを明確にし、アカデミアが知的財産権を確保・活用する意義を論じる。また、国内外の主要大学の特許ファミリー動向の統計調査・解析を行った。さらに、わが国の大学の知財マネジメントの課題を整理するとともに、ヒアリング調査等を通じて得られた改善策を示す。

第3章では、「デザイン主導型・産学橋渡し」の現状について調査した内容を示す。科学技術の成果を社会実装するには、技術の優位性だけでなく、ユーザー視点の価値設計や社会課題解決に向けた統合的アプローチが求められる。本章では、情報サービス・ソフトウェア開発、環境・エネルギー問題、少子高齢化などの分野におけるデザイン活用の事例を整理し、欧米の先進事例、特にフロントランナーである英国の包括的取り組みなどを紹介する。一方、わが国ではデザイン主導の産学橋渡しに関する政策的明示は少ないものの、一部の大学・研究機関ではデザイン関連の産学連携が活発化している。これらの諸動向を概観したうえで、デザイン主導型の産学橋渡しの意義や概念を論じる。

第4章では、さまざまなステークホルダーが集う「産学共創の場」 における相互作用や、共創的な「橋渡し」に関する動向を調査している。知的財産やデザインをエコシステム上の重要な要素と捉える場合、これらに関連した産・学双方の諸活動は、決して単独では機能せず、産・学の間の相互作用の中で初めて価値を発揮する。そのため、産学共創の「場」の構築に必要な基盤的メカニズムを精緻化するとともに、「技術主導型・産学橋渡し」と「デザイン主導型・産学橋渡し」のそれぞれの橋渡しの形態を想定した「場」のあり方について俯瞰的に整理する。

第5章では、第1章から第4章までの調査内容を踏まえ、産学橋渡しの実現フローの構築を試行する。異なるリソースや活動動機を持つ産・学の双方が、それぞれの得意分野やアセットを共創の「場」に積極的に持ち込み、「技術主導型」と「デザイン主導型」の橋渡し方策を融合させながら共に議論を深め、新たな価値を継続的に創出する姿を描き出す。


図 領域ごとに異なる社会普及性に影響する因子

※本文記載のURLは2025年3月時点のものです(特記ある場合を除く)。