科学技術未来戦略ワークショップ報告書
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ニューロテクノロジーの健全な社会実装に向けたELSI/RRI実践

エグゼクティブサマリー

本報告書は、2022年8月2日に開催したワークショップ「ニューロテクノロジーの健全な社会実装に向けたELSI/RRI実践」の内容をまとめたものである。

近年、ニューロテクノロジー(ブレインテクノロジー)の産業応用が進み、その社会受容に向けた議論が国際的に進行している。脳・神経系とダイレクトに情報の授受を行うニューロテクノロジーは、治療・補綴といった医療用途だけでなく教育・健康・コミュニケーションなどにおける画期的なアプリケーションが期待される一方、固有の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)をもたらす可能性も指摘される。そのガバナンスに関してはOECD、IEEE、欧州評議会や各種国際学会などで活発な議論が行われているほか、一部諸外国ではハードロー・ソフトロー両面でのルール形成が始まっている。

米国と欧州では、研究開発プロジェクトや機関に神経科学のELSIの検討やRRI(責任ある研究・イノベーション)で括られる種々の実践が埋め込まれてきており、そうした活動が行政・産業界とも連携しながら各国での社会実装や国際的ルールメイクの先導を可能にしてきた。日本では2000年代後半に「脳神経倫理」が政策的に立ち上がるものの、2010年代の活動は欧米に比べて小規模にとどまった。しかしここ数年、ムーンショット型研究開発制度をはじめとする国家プロジェクトにおいて脳科学・ニューロテクノロジー関連のELSI/RRI実践が本格化しているほか、コンシューマー向けのニューロテックデバイスの市場形成に向けた産業界の取り組みも出てきている。

ELSIの議論には水準の異なるいくつもの論点がある中で、どのような研究や議論を重ね、どのようにステークホルダーをつないでイノベーションを「健全」に実現していけばいいのか。本ワークショップでは、ニューロテクノロジーの研究、産業応用、ELSI/RRI研究・実践活動を第一線で担う方々を招聘し、これまでの活動を紹介いただいた上で、日本でのニューロテクノロジーの社会実装に向けた、倫理的・法的・社会的課題の観点で必要な取り組み・体制、国内・国際ルールメイクの観点からの課題、今後どのようなステークホルダーによるどのような「議論の場」を作ることが望ましいか、などに関して議論を行った。

本ワークショップでは、ニューロテクノロジーの健全な社会実装のためには、改めて基礎科学の研究開発・事業化・ELSI/RRIやルール形成の取り組みの3要素が密に協働することでイノベーション・エコシステムを構築することの重要性が強調された。以下のような課題が明らかになった。

・日本では脳科学に対して継続的なリソース投入がなされ、世界の中で強みを持つ領域も多数ある一方でニューロテクノロジー産業においては後れをとる。起業への意欲を持つ研究者の支援を含めた、基礎科学と産業応用の協力体制が必要である。
・ELSIの議論においては、技術発展の実態から遊離することがないように留意しつつ、実践的・具体的な問題から理念・根源的な論点までをカバーした実効的な議論形成が望まれる。
・海外では国際的な枠組みにおいてニューロテクノロジー(あるいは脳神経科学)のガバナンスに関する議論が急ピッチで進められている。ELSIに関する理念・原則に関わる議論からファクトベースの具体論まで、日本から積極的に発信し、「事業とELSI 対応の共輸出体制」を構築していくことが求められる。
・研究者、事業者、行政だけでなく、投資家や潜在的なユーザーである市民などのステークホルダーとの相互作用や、各種取り組み・プロジェクトの枠を超えた横連携が鍵となる。

※本文記載のURLは2022年8月時点のものです(特記ある場合を除く)。