俯瞰ワークショップ報告書
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俯瞰セミナー&ワークショップ報告書:トラスト研究の潮流 ~人文・社会科学から人工知能、医療まで~

エグゼクティブサマリー

本報告書は、「トラスト(Trust、信頼)」に関わる様々な分野における研究動向を俯瞰するために、2021年7月~10月に開催したセミナーシリーズ(全15回)とワークショップの内容をまとめたものである。

人工知能(AI)技術やデジタル技術は、社会に様々な価値を提供し、人々の活躍の可能性を広げ、生活を豊かにしてくれる。その一方で、そのような高度で複雑な技術は、人間にとっていわばブラックボックスのようなものとなり、それを組み込んだシステムは、人々の予測や期待から外れた振る舞いをしてしまうリスクを有する。このようなリスクは、自動運転・医療のような人命にも関わる応用分野にも及ぶ。また、デジタル社会では、他者へのなりすましやアカウントの乗っ取りといった手口による犯罪が起きている。AI技術の発展により、本物か否かを見分けるのが非常に難しいフェイク画像・音声・動画・会話文などが簡単に作れるようになってしまい、政治操作やフェイクポルノ動画などに悪用される問題も起きている。

そこで、AI技術・デジタル技術の社会受容や、それら先端技術を用いた情報システム・情報サービスの安心できる利用に関して、「トラスト」が論じられることが多くなってきた。上で述べたようなリスクを抑えるために、説明可能AI、信頼されるAI、機械学習工学など、AI応用システムの安全性・信頼性を確保するための技術開発や、デジタル署名、コンフィデンシャルコンピューティング、ブロックチェーン、フェイク検出など、真正性確保や捏造・改ざん対策のためのセキュリティー技術開発が進められているが、リスクの完全な抑え込みは難しい。「トラスト」は、相手・対象が期待を裏切らないと思える状態とされるが、これは技術開発だけで得られるものではなく、多様な価値観やリテラシーを持つ各個人や社会全体がどのように受け止めるかといった心理・感情面や、法律・保険などを含む制度設計・整備の状況からも大きく影響を受ける。

一方、「トラスト」の研究は、人文・社会科学の分野で古くから取り組まれてきた。哲学・社会学・心理学・経済学などの様々な学問分野で「トラスト」に関して様々な捉え方がされてきた。人文・社会科学の分野では、主に人間関係における「トラスト」が論じられてきたように思えるのに対して、情報科学分野では、「トラスト」の対象として、機械・コンピューターシステムやそれらを介した先にいる相手が論じられることが多い。例えば、デジタル化されたサービスにおいて、改ざんやなりすましがなく本人・本物であることをどのようにして確認するか、コンピューターシステムやアプリケーションがユーザーの期待通りに動作するか、といった問題が「トラスト」の一面として扱われる。デジタル化の進展によって、「トラスト」に関わる要因や「トラスト」の役割も変化してきている。

そこで、冒頭で述べた通り、トラスト研究動向の俯瞰するセミナーシリーズとワークショップを開催した。本報告書では、第1章でデジタル社会におけるトラストに関わる問題意識について述べた上で、第2章でセミナーシリーズの各回の内容、第3章でワークショップの内容について、それぞれ報告する。これらセミナーシリーズとワークショップは、様々な分野・観点で取り組まれているトラスト研究に関して、異なる分野の研究者間で知見を共有し、分野横断の議論が行える場としても、非常に有意義なものになった。今回の俯瞰的な整理に基づき、今後、「デジタル社会における新たなトラスト形成」に関わる戦略提言をまとめていく予定である。

※本文記載のURLは2022年2月時点のものです(特記ある場合を除く)。