俯瞰ワークショップ報告書
  • 環境・エネルギー

感染症問題と環境・エネルギー分野に関するエキスパートセミナー

エグゼクティブサマリー

 本報告書は令和二年7月から9月にかけて開催した「感染症問題と環境・エネルギー分野に関するエキスパートセミナー」をまとめたものである。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行(パンデミック)は、1918年から1920年にかけてのH1N1 亜型インフルエンザパンデミック(通称、スペイン風邪)以来の世界史に残る公衆衛生危機となった。COVID-19は経済打撃、インフォデミック(デマなどの誤情報や不正確な情報の蔓延による社会的混乱)、社会の分断、格差拡大の加速などの甚大な負の影響を社会に及ぼし、各国、コミュニティの脆弱性を顕在化させている。直接的に感染症に対抗する医療分野の従事者や研究者らに加え、多くの方々が様々な形でこの危機に向き合っている。他方、感染症蔓延下では、多様な人々の多様な価値観や行動が錯綜し、将来の見通しを立てることが難しくなるため、社会においても個人においても、状況を的確に把握し、判断し、意思決定や行動に繋げることが困難となる。こうした中、科学技術イノベーションは、社会の重要な一構成要素として、世界をより良い方向に進めるための客観的事実や展望を与える役割が期待されている。

 このような認識のもと、環境・エネルギー分野と感染症とが関わる「都市空間と感染症」「リスクと社会」「水と感染症」「地球観測と感染症」の4つの区分で計17件のセミナーを実施した。まず「都市空間と感染症」では換気・空調の役割や飛沫・飛沫核の挙動、都市の在り方などについて議論した。「リスクと社会」では接触感染のリスクマネジメント、福島原発事故からの教訓、リスクコミュニケーションやELSI、合理的意思決定などの観点から議論を深めた。「水と感染症」では、公衆衛生として発展してきた水研究の歴史、新しい動向としての下水疫学、感染症と洪水の複合災害への対策などから今後目指すべき方向性の示唆を得た。「地球観測と感染症」では、衛星観測データを使った地球環境の変化の把握や感染拡大に対する環境要因の分析などの研究動向を把握するとともに、人間活動による地球環境への影響の大きさを再認識する機会となった

 感染症をめぐる問題には幅広い分野の研究開発が関連する。治療薬やワクチンなど根本的な解決策の創出はもちろんだが、加えて感染症のリスクを把握・評価し、管理していくための方策が不可欠である。今般のセミナーシリーズでは、環境・エネルギー分野の研究開発のうち、リスクとの関わりという観点から様々な取組みを横断的に概観した。感染の状況やそのリスクの所在を多様な観点から把握・評価するための研究開発動向、日常生活の中に潜む感染リスクを制御するための取組みや課題、あるいはリスクと向き合う社会の仕組みや在り方について、まさに現在進行形で行われている研究開発の動向をまとめた。地理的特性から自然災害が多い我が国にとって、様々なリスクに対して強靭な社会を構築していくことは喫緊の課題である。
リスクを的確に把握・評価し、管理できる社会の実現に向けて科学技術イノベーションが果たすべき役割は大きい。また本セミナーシリーズで概観した取組みの多様さからも分かるように、感染症への対応には分野を超えた総合的な取組みが必要である。ただ一つの解決策に頼るのではなく、複線的に対応策を講じ、状況変化に柔軟に対応できる社会こそが強靭な社会であろう。これらを可能にする研究基盤を常時から構築・強化することが必要である。

※本文記載のURLは2021年3月時点のものです(特記ある場合を除く)。