戦略プロポーザル
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AI応用システムの安全性・信頼性を確保する新世代ソフトウェア工学の確立

エグゼクティブサマリー

 現在、人工知能(AI)の第3次ブームと言われるが、これを牽引しているのは、深層学習をはじめとする機械学習技術である。そして、研究コミュニティーや新聞・雑誌メディアを賑わせているだけでなく、機械学習技術は様々なシステムに埋め込まれ、実社会での応用・実用化が急速に広がっている。この機械学習技術はシステムの動作を大量データから帰納的に定義するものであり、プログラムコードを書いてシステムの動作を定義する従来の開発スタイルとは大きく異なっている。そのため、従来ソフトウェア工学として構築・整備されてきた方法論・技術は必ずしも使えず、システムの要件定義や動作保証・品質保証にも新しい考え方が必要になる。システム開発のパラダイム転換が起きているのである。このパラダイム転換によって、システム開発に必要な人材スキルや方法論が刷新され、この変化に追従できないと、ソフトウェア産業やシステムインタグレーターは競争力を失いかねない。また、動作保証・品質保証等の考え方が整備されないまま、機械学習技術を組み込んだシステムの社会実装が急激に進むと、そこで発生した問題や事故が思わぬ社会問題化する懸念もある。このような産業界にも大きなインパクトを与え得るシステム開発方法のパラダイム転換に際し、AI・機械学習技術そのものの研究開発が強力に推進されているのに比べて、それを組み込んだ応用システムの開発のための技術・方法論の研究開発については、まだ取り組みが十分でない。

 そこで、本プロポーザルでは「AIソフトウェア工学」の確立を目指し、その研究開発を推進強化することを提案する。従来型のシステム開発においては、安全性・信頼性を確保し、効率よくシステム開発するための技術・方法論がソフトウェア工学の中で整備されてきた。それに対し、AIソフトウェア工学(機械学習工学、ソフトウェア2.0等とも呼ばれる)は、いわば新世代のソフトウェア工学であり、従来型だけでなく、機械学習型のコンポーネントも含むAI応用システムを対象として、その安全性・信頼性を確保するための技術・方法論を意味する。

 AIソフトウェア工学を新しい学問分野として発展・確立させ、わが国がこの技術で国際競争力を確保するための研究開発課題として、AIソフトウェア工学の体系化と、基礎研究として重要な4つの技術チャレンジ(機械学習自体の品質保証、全体システムとしての安全性確保、ブラックボックス問題への対策、問題を効率よく解く工学的な枠組み)をあげる。システムの安全性・信頼性の確保は、1つの技術によって達成し得るものではなく、多面的・総合的な取り組みが不可欠である。全体像を押さえつつ、見通しよく、バランスよく、取り組むべきである。その際、産業界を中心に、実践から得られる知見を体系化していくアプローチが進むと考えられるが、パラダイム転換に対応するには、理論・原理に関わる学術研究のアプローチが不可欠である。国として強化が求められる課題として、上記の基礎研究課題に加えて、安全性基準の策定(および第三者評価の仕組み)、訓練済みモデルの再利用に関わる知財権等の検討も重要である。

 以上、社会の様々なシステムにAI・機械学習技術が組み込まれていく中で、それらシステムの安全性・信頼性を確保し、また、AI・機械学習の品質を強みとして日本の国際競争力を高めていくために、AIソフトウェア工学の推進・確立が不可欠である。

※本文記載のURLは2018年11月16日時点のものです。