2024年(令和6年)12月18日(水)
形式:オンライン
最先端研究のELSIに関する市民との対話 ~乗り越えるべき課題をめぐる議論の深耕~
今年度の市民ワークショップ(WS)は、一関工業高等専門学校(以下、一関高専)の協力を得て実施しています。1回目は、一関高専の化学・バイオ系、機械・知能系、情報・ソフトウェア系を専攻する計12名の学生と社会人5名の総計17名が参加し、一関高専の学生スタッフ3名の協力により10月に実施しました。
2回目の今回は、1回目の参加者及びスタッフから6名の学生・社会人が集まり、JST「ゲノム倫理」研究会メンバーも加わり議論しました。最先端研究のELSIを市民と研究者等がどのように協働しながら建設的な対話を創造していくことが出来るのか、その可能性や乗り越えていくべき課題等について意見を交わしました。
今回は大きく2つのセッションを行いました。
セッション1 | 第1回市民WSの議論を振り返り、「アカデミアによる最先端技術開発の研究」と「市民」が、「当該研究が社会で適切に受容・活用されていくことを目指した建設的な対話」を進める上で特に重要と思われる点を改めて取り上げ、議論を深める。 |
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セッション2 | 第1回市民WSにおける市民の意見に対する「ゲノム倫理」研究会等からの応答を行ったうえで、山西プロジェクトに関するELSI論点を考える。 |
セッション1の概要
先ず、6名の「市民」から、第1回市民WSの議論を踏まえて、山西プロジェクトのELSI論点を考えていく上で重要と考えるポイントが改めて提示されました。
- 多くの市民は山西プロジェクトのような最先端の研究に関する知識は持っていないはずで、そのような市民とELSIを考えるのであれば、先ずは興味・関心を持ってもらうところから始める必要がある。
- 市民に興味を持ってもらうには、技術が社会に与えるメリット・デメリットを整理して、自分事として興味を持ってもらえるようにしていくことが重要ではないか。
- 現実的には、一般の市民が最先端研究の内容を理解するのは困難ではないか。細かな研究内容への理解を求めるよりも、その研究が何に使えるのか、それにより社会はどうなるのかという点を市民に分かりやすく伝えていくことこそが研究者側に求められているのではないか。仮に細かな研究内容が分からないとしても、その使われ方が見えれば市民もELSIに関わる様々な意見を持つはずだ。
- 「市民との対話」と言っても、いろいろな市民がいるなかで、どのような市民を相手に対話していくのかがELSIの議論としては大事なポイントの一つになるのではないか。例えば、取り上げる研究に対して好意的ではないかもしれない市民も含めて対話していくことが必要ではないか。また、倫理的問題意識としては少数者の声をいかに確認していくのか、という点も考えておきたい。
「ゲノム倫理」研究会のメンバーから質問やコメントが出され、市民と意見交換がなされました。主な意見は以下の通りです。
- 市民が自分事と受け止めてもらうことが、研究に関するELSIを考える前提になるとの意見があったが、非常に重要な点だと感じる。自分事と考えてもらうための1つのアプローチとしては、市民は税金を払うことを通じて研究プロジェクトのスポンサーであるという観点を強調していく方向性があり得る。
- 市民の側からは、研究が社会に及ぼすメリットとデメリットを説明してほしいという声があがっているが、メリットがあるから研究して良い、デメリットがあるから研究してはいけない、ということになるのだろうか。もっと先の未来を見て、その研究が切り拓く幅広い可能性を考えていくことが大事なのではないか。
- そもそも、メリットとデメリットを整理した上で議論していくというのは極めてオーソドックスな進め方だと思われているが、実際のところ、中立的な整理というものは無いのではないか。そのような整理自体、誰かには有利で誰かには不利な整理になっており、そうだとすればそこには倫理問題が含まれることになる。このようにELSIの議論を進めようとすればいろいろなところに倫理的問題が潜んでいるという認識を我々は持つべきなのではないか。
- 研究内容やその影響等を正しく理解しないと議論できない、議論してはいけないという方向に行き過ぎているように感じている。自分は宇宙やゲノム合成等の最先端研究について社会へ発信し、その反応を見ることが多いが、実際の現場では、正しく理解しないまま議論していることが多い。大事なことは、誤解や間違いをしながら想いや意見を発信し合いながら前に進んでいるのが社会の実態だということを先ずは認めることではないか。そのうえで議論していく方が様々な可能性を見いだしていけるような気がする。
セッション2の概要
第1回市民WSで研究内容が難しく分かりづらかったとの市民からの声が多かったことを受けて、現在「ゲノム倫理」研究会メンバーで検討を進めている説明資料の改善状況について説明がありました(主な改善内容は次の通り)。
- 山西プロジェクトの位置づけを明確化するため、CRESTの概説を加えた。CRESTは革新的技術シーズを創出するためのチーム型研究を進める枠組みであること、その中にゲノムスケールのDNA合成や機能発現技術の確立等を目標とした研究領域があること、その研究領域の下で、山西プロジェクトは、細胞の中に染色体レベルの大きなDNAを入れて機能発現させることを目標として研究を進めていることを強調した。
- 山西プロジェクトの目標が基盤技術開発であり、現在はその研究途上にあることから、社会での使われ方を示すことは山西先生ご本人にも難しいであろうこと、医療や産業応用についてはまだ時間がかかり、現在議論したとしても成果が進んだ後の未来の話であり、何が起きるかもわからない状態であることを市民にも理解して貰えるようにした。
- 技術の利用方法について、「ゲノム倫理」研究会メンバーが考えた具体事例を示した。
ELSIについての議論を活性化することを目指して、「未来の新聞記事」という体裁をとって、山西プロジェクトの社会への影響を記事風に書いた。
市民からは次のような反応がありました。
- 第1回市民WS時の資料よりも、かなり読み手に寄り添った説明になっていると感じた。この研究が何にどう使われていくのかを示すのは研究者本人であっても難しいことも含めて、研究の位置づけや段階が理解できた。そのような「前提」が見えてくると、市民の側も議論しやすくなる。
- CRESTの全体像や方向性と山西プロジェクトの関係が分かりやすく示されている点は良かった。ただし、それによって何が起こるかということについては、応用例が羅列されているに留まっており、やはりそれだけでは「自分たちとの関わり」をイメージすることは難しい。この研究の先には例えばこのようなリスクが生じ得る、といったところまでをカバーした説明があると市民もある程度理解できる。山西プロジェクトの研究も含め、バイオテロの可能性を心配してしまうのだが、例えば「その点は、このような安全確保の仕組みを構築できているためそうした可能性は限りなくゼロに近い、一方でデザイナーベビーを生み出しやすくなるというリスク要因はある」といった形で説明をしてくれると理解しやすい。そうした具体的な提示があってはじめて市民も考えていくことが出来るし、市民の側にも考える責務はあると思う。
- 一方で、国はそのような議論に参画できる市民をどう育成していくのかをもっと考えるべきで、例えば、小学校から高校までの教育に盛り込んでいくことや、次世代科学技術に関するタウンミーティングへの参加を裁判員裁判のように半ば義務化することなど、具体的な施策に落とし込んでいく時期に来ているのではないか。
- 自分は研究を理解した上で議論することが必要だと考えていたが、さきほど「ゲノム倫理」研究会メンバーの方から「曖昧さがコミュニケーションの可能性を拓く」といった趣旨の発言があり大きな気づきがあった。第1回市民WSでの議論に参加し、自分は研究者と市民がもっとお互いに歩み寄る必要性を感じていたのだが、そこでは「曖昧さ」がカギになるのかもしれないと思った。お互いに「曖昧さ」を許容しているとの前提があれば、市民も自分から話せるだろうし、研究者も色んなことが話せるような気がする。自分で自分を「正しさ」で縛っていたのかもしれないと感じた。
最後に、「ゲノム倫理」研究会メンバーが山西プロジェクトに関するELSI問題の整理を試みていることの一端が紹介されました。
- 先ずは、研究当時者、多様な分野の研究者、そして市民等が共通の土壌で議論できるような共通言語を作っていくことが重要である。
- 大きなDNA導入などの細胞操作を行う時、「生命に対する尊厳」という観点から、どの細胞にどのような操作を加えることまで許されるのか、社会はどこまでなら許容できるかという「技術の受容性」の問題を考えていく必要がある。その際、私たちはどのような未来を期待しているのか、を同時に考えていくことになるだろう。
- 技術の発展により生命を自在に操作できることが本当に良いことなのか。良くない操作を禁止するという考え方もあるが、その前段階の技術開発自体を止めるという選択肢も含めて考えていくことが求められているのではないか。
- 例えば、動物の染色体をヒト細胞でも複製可能になるようになったとすれば、それを社会はどう感じるのか、感覚的な嫌悪感を持つとすれば、そう感じる理由はどんなところにあるのか。そんな形でELSIの議論を市民と共に考えて行けると良い。
- 先端研究になるほど議論の前提となる研究の、段階的な位置づけを明確にすることが重要ではないか。その上で、段階に応じた論点を抽出するために参加者の選定やELSI議論の進め方自体をもっと工夫していくことが求められているのではないか。
以上の通り、市民と「ゲノム倫理」研究会メンバーの間で活発な意見交換が行われました。市民が参加するWSが2回開催され、そこでの議論を共有しつつ、同時並行で「ゲノム倫理」研究会での議論が進められています。敢えて、最終的な「結論(落としどころ)」を持たない中での意見交換を行いましたが、市民と「ゲノム倫理」研究会メンバーによる建設的対話に発展していく契機が見えたように考えています。ELSIの議論を突き詰めていくと、生命というものをどう考えるのか、われわれはどのような社会に住みたいのか、どのような未来を創っていきたいのか、ということを自分自身に問い直すことになり、それは専門的知識の有無や立場の違いを超えた対話に発展していくはず、との期待が参加者全員で共有されたWSとなりました。
今回の第2回市民WSの結果を踏まえて、「ゲノム倫理」研究会ケーススタディ第3回ワークショップで議論し、今年度最後の議論の場となる第3回市民WSでは、一関高専の市民の皆様、研究当事者である山西教授およびそのプロジェクトメンバー、「ゲノム倫理」研究会メンバーが一堂に集い、それぞれの視座から意見を交わし合い、さらに議論を深めていく予定です。
WS参加者
<一関工業高等専門学校>
学生5名、教員1名
<「ゲノム倫理」研究会>
信原 幸弘 東京大学 大学院総合文化研究科 名誉教授 (研究会代表)
四ノ宮 成祥 防衛医科大学校 前学校長/国立感染症研究所 客員研究員
田川 陽一 東京科学大学 生命理工学院 准教授
志村 彰洋 株式会社電通第7マーケティング局 ゼネラルマネージャー
<JST>
RISTEX「ゲノム倫理」研究会事務局
戦略研究推進部
<株式会社日本総合研究所>