開催日:2023年(令和5年)12月22日(金)
会場:JST東京本部別館(K's五番町)
市民を巻き込んだELSIとその含意するもの-定義の曖昧さと標準化の問題-
合同WSは市橋先生、末次先生、CREST研究総括の塩見先生、「ゲノム倫理」研究会、JST、そして市民GIにご参加いただいた市民3名を交えて行われました。
はじめに、これまで実施してきた個別WSと市民インタビューの総評が行われ、各プロジェクトに特有の論点が提示されました。それらを包括する大きな問いとして導かれたのは、市橋プロジェクトは「人工生化学システムの定義の曖昧さがある中で、どのように社会は議論していくか?」であり、末次プロジェクトは「日本として標準化や商業化、ブランディングなどの国際戦略のあり方をどう考えるか?」です。参加者はこれらについて議論する前に、2つの論点に対応する議題として、「ゲノム倫理」研究会のメンバーから2つの短い話題提供を受けました。
最初に話題提供いただいたのは、早稲田大学理工学術院教授の岩崎秀雄先生です。岩崎先生にはゲノム合成に関する社会とコミュニケーションのあり方についてお話いただきました。そこでは、人工細胞にとって死とは何かということについての市橋先生のお考えをご説明いただきました。例えば、人工細胞はもう一度作り直すことができるため、人工細胞は死なないと考えているという市橋先生の語りが紹介されました。また、人工生化学システムという言葉の曖昧さや、その言葉を用いる意図や利点、そして合成生物学という用語が広まった経緯などについて、岩崎先生自身の経験も踏まえてご教示いただきました。
話題提供の後に市橋先生から人工生化学システムという用語について、新しく簡易的に人工細胞を作れることを強調したい意図があるなど補足をいただき、非常に充実した意見交換となりました。
また、末次先生は、10年、20年ほどたった今だからこそ合成生物学について振り返ることの意義を再確認させられた、と大変感銘を受けておられました。
岩崎秀雄先生に社会とコミュニケーションについて話題提供をいただいた。
岩崎先生の話題提供に対して市橋先生から熱心なコメントがあった。
次に話題提供をいただいたのは、東京大学公共政策大学院特任准教授の松尾真紀子先生です。松尾先生にはルールと規範形成について発表いただきました。ある技術の規制を考えていくためには、その技術が将来の社会にもたらす影響をあらかじめ評価する「テクノロジーアセスメント」が必要であるとした上で、ELSIの含意を考えるのと同時にガバナンスのあり方を考えることの重要性が提示されました。さらには、各国の動向についても最新の情報を共有いただきました。例えば、米国では一昨年のバイオマニュファクチャリングに関する大統領令を受けて、米国科学技術政策局(OSTP)や国防省が政策文書を発表していること、英国ではプロイノベーション的な政策を展開していく中で、エンジニアリングバイオロジーに関する国家ビジョンが公表されていること、そして日本ではグリーンイノベーション基金やバイオものづくり関連事業など様々な動きがあり、政策的な機運が高まっていること、が紹介されました。最後に規制や標準化について説明いただき、日本ではゲノム編集技術応用プロダクトの規制上の取り扱いをいち早く明確化して届け出制が導入されたため、社会導入という点において世界的にみてもリードしているというお話がありました。それに対し、参加者は意外な反応を示していました。その後の質疑応答では、ゲノム編集技術応用プロダクトの社会受容と、その反動に関する質問が多くみられ、BSE問題や偽装食品問題と比較して、ゲノム編集技術応用プロダクトはどこが異なっていたのかについて議論が行われました。
ルールと規範形成について、松尾真紀子先生から話題提供をいただいた。
末次先生も積極的に質疑応答に参加された。
2つの話題提供が終了した後、参加されている市民の方からいくつかのコメントをいただきました。人文・社会科学系の学生の方からは、倫理と人工生化学システムの両方が多義的であるため、議論を嚙み合わせることが難しいという感想をいただきました。
また、大学院で生態学を研究されている方からは、人工細胞に関する肯定的な意見をいただき、気候変動への貢献や、殺生せずに食べられる可能性に期待しているとの発言をいただきました。
つづいて、これまでの話題提供と議論を踏まえたグループワークが実施されました。個人の立場から、あるいは「ゲノム倫理」研究会やCRESTとしてどのようにゲノム合成のELSIに関する取り組みを進められるか、「次の一歩」を考える場として、個人として実行できそうなことと、他のステークホルダーの協力を経て実行できそうなことを区別しながらグループワークを行いました。また、市民のグループには研究者や政府に期待することを自由に語り合ってもらいました。
参加者は各グループで熱心に議論し、付箋やボードを活用しながら自らの「次の一歩」について自身の考えを述べました。
各グループで「次の一歩」について白熱した議論が展開された。
あるグループでは、規制についてJSTでも議論していくこと、教育についてのブランディングをしていくことなどが提示されていました。教育については、人工生化学システムのゆるキャラを作るというアイデアもあり、自由な発想で「次の一歩」を考えながらも、「生命とは何か」については来年度も考えていきたいといった合意が見られ、熱心な姿勢がうかがえました。
他のグループでは研究として論文を執筆することの重要性や、RISTEXとして振り返りを行うことの必要性といった、アウトプットの意義が強調されていました。
これと似た考えとして、別のグループでは、アウトプットした資料を高校生や大学生向けに提供することや、過去に問題となった事例をケーススタディとしてJSTにアーカイブ化してもらい、小学生の体験授業や知育教材にすることといった教育的なアウトリーチ活動についても議論されていました。
また、本WSの参加者は各々多様なバックグラウンドがあるため、それぞれの専門性から尖った意見に基づく論考を出してもらい、それらを読むことでELSIとWS内の議論の関係を明確にできるといった示唆に富んだ発言も見られました。
市民のグループからは、積極的なコミュニケーションと社会への周知といった考えが提示されていました。特に映画などカジュアルな教材から周知していかないと一般の方には理解されず、考えてもらえないといったリアルな意見があがりました。また、ワークショップやこれらの研究が最終的に何になるのか不明である、といった厳しい発言もあり、研究者と市民の間の壁を再認識させられると同時に、コミュニケーションの重要性を再確認させられるグループワークとなりました。
CREST 総括
塩見 春彦 慶応義塾大学医学部 教授
市橋プロジェクト参加メンバー
市橋 伯一 東京大学大学院総合文化研究科 教授
末次プロジェクト参加メンバー
末次 正幸 立教大学理学部 教授
「ゲノム倫理」研究会参加メンバー
信原 幸弘 東京大学 名誉教授
岩崎 秀雄 早稲田大学 理工学術院 教授
神里 達博 千葉大学 国際教養学部 教授*
四ノ宮 成祥 防衛医科大学校 学校長
志村 影洋 株式会社電通 京都ビジネスアクセラレーションセンター ゼネラルマネージャー*
田中 幹人 早稲田大学 政治経済学部 教授
松尾 真紀子 東京大学 公共政策大学院 特任准教授
見上 公一 慶應義塾大学 理工学部 准教授
三成 寿作 京都大学 iPS 細胞研究所 上廣倫理研究部門 特定准教授
横野 恵 早稲田大学社会科学部 准教授
田川 陽一 東京工業大学 生命理工学院 准教授
中村 崇裕 九州大学 大学院農学研究院 教授
RISTEX 参加メンバー
小林 傳司 JST 社会技術研究開発センター センター長
平尾 孝憲 JST 社会技術研究開発センター 企画運営室 室長
大竹 利也 JST 社会技術研究開発センター 企画運営室 調査役
小宮 泉 JST 社会技術研究開発センター 企画運営室 副調査役
関本 一樹 JST 社会技術研究開発センター 企画運営室 副調査役
大町 桂 JST 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ 主査
丹羽 一 JST 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ 主任専門員*
(*はオンライン参加)
グラフィックレコーディング
久保田 麻美(くぼみ)
合同WSの最後には、くぼみさんよりグラフィックレコーディングを用いた振り返りが行われ、個別WSや市民GIでの議論が結実した合同WSの様子を可視化することにより、ビジュアルによる記録として残せるようにしました。