開催日:2023年(令和5年)10月20日(金)
会場:東京大学市橋研究室
市民との対話-意思決定の責任の分散-
WSは、9月末に2回実施された市民グループインタビュー(GI)の報告から始まりました。市橋先生が提起した、完全に人工的な食糧に関する問いへの市民の意見を、参加者は特に興味深く聞かれている様子でした。報告の後、積極的な質疑応答が行われました。参加者からは、市民は植物を殺生することについてはどう考えているのか、生命かそうでないかという観点だけでなく、環境負荷低減といった観点から食を考えていないのか、などの質問が挙がりました。市橋先生からは、生命を殺生しないことの意義や問題点について、市民の議論を促進するためには、当事者意識を持ってもらうことが大事とのコメントがありました。市橋先生のコメントを皮切りに、市民と科学者のコミュニケーションの在り方についての議論が展開されました。
市橋先生も積極的に議論に参加され、特に市民GIでの意見を興味深く聞かれていた。
論点の一つとして、今回の市民GIは食という主題だったが、市橋先生の研究の目的は生命の根源の解明であるため、その目的を市民に共有した上で議論した方が有意義になるといった意見がありました。それと同時に、科学者と市民のビジョンの違いについての議論もありました。具体的には、科学者は未来に対するビジョンがあり、市民は現在に対するビジョンがあるという議論です。これを受けて、市民との対話の際には、現在と未来の課題を区別し、どちらに対して市民の意見を求めているのかを明確にする必要があるといった、方法論や前提が打ち出されました。
WS後半では、科学技術を社会実装する際の科学者の責任について、白熱した議論が展開されました。市橋先生も積極的に議論に参加され、参加者も自らの知見や体験を基に、互いの意見を述べていました。例えば、日本社会においては、トラブルが起こって初めて議論が行われることが多い一方で、自分たちの周りでひとたびトラブルが起こると、非常に活発に議論が始まるといった問題点が挙げられました。また、参加者はそもそも責任を分散させるために、事前に議論をする必要があるものの、そこに専門家以外の人々を巻き込むことができないといった、現状の問題点などをそれぞれの観点から分析していました。
慎重な議論の末に、社会実装のための3つの階層が整理されました。1段階目は、学際的・科学的な階層であり、2段階目は社会的な階層、そして3段階目は商業的な階層です。特に3段階目の階層は、社会に技術を浸透させる階層であり、その際のブランディングにおいて科学者が必ずしも技術をどのようなものとして表現して社会に浸透させるかをコントロールできないという点が強調されました。
これを踏まえ、市橋先生の技術が扱っているものは生き物なのか、それとも単なる化学システムによって増える分子なのかといった議論についても、専門家が集まって議論をしてもなお、グレーで両義的なものになるということを社会に発信すべきという慎重な意見がありました。
その一方で、両義的であるということは、議論をする市民に専門家がどれだけの知識を与えるかによって黒にも白にもなってしまい、黒か白かが専門家によって恣意的にコントロールできてしまうといった懸念も参加者から示されました。
その懸念を払拭するため、WSの最後で責任の分散の議論が展開されました。科学者だけでなく、市民も含めた関係者を巻き込んで議論をして意思決定をすることで、科学者が恣意的なコントロールをしないようにして、過度な責任を負うことがないようにすることができるといった解決策が議論され、WSは和やかな雰囲気で幕を閉じました。
今後、本WSで提示された多様な論点をもとにして末次プロジェクトと市橋プロジェクトの両ケースを横断する合同WSを開催します。そこで論点や意見を統合し、報告書として公開する予定です。
WSの様子。参加者は市民GIの報告をふまえて、積極的に論点を洗い出し、活発な議論を行った。
市橋プロジェクト参加メンバー
市橋 伯一 東京大学大学院総合文化研究科 教授
平田 隼大 東京大学大学院総合文化研究科 M1
「ゲノム倫理」研究会参加メンバー
信原 幸弘 東京大学 名誉教授
神里 達博 千葉大学 国際教養学部 教授
四ノ宮 成祥 防衛医科大学校 学校長
田川 陽一 東京工業大学 生命理工学院 准教授
田中 幹人 早稲田大学 政治経済学術院 教授
中村 崇裕 九州大学 大学院農学研究院 教授*
日比野 愛子 弘前大学 人文社会科学部 教授
松尾 真紀子 東京大学 公共政策大学院 特任准教授
見上 公一 慶應義塾大学 理工学部 准教授
水野 祐 シティライツ弁護士事務所 弁護士/九州大学 グローバルイノベーションセンター 客員教授*
三成 寿作 京都大学 iPS 細胞研究所 上廣倫理研究部門 特定准教授
横野 恵 早稲田大学社会科学部 准教授
*はオンライン参加