JST-RISTEX「ゲノム倫理」研究会 ケーススタディ 2023 末次プロジェクト第2回ワークショップ(WS)開催レポート

開催日:2023年(令和5年)10月16日(月)
会場:JST東京本部

RISTEXでは、2019年に「ゲノム倫理」研究会を設置し、ゲノム関連技術と社会のための倫理の考察や、調査研究を行っています。その一環として、今年度は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)の「ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出」領域「人工ゲノムのセルフリーOn chip合成とその起動」プロジェクトを対象に、プロジェクト代表者である末次正幸教授と、「ゲノム倫理」研究会メンバーで当該プロジェクトにかかわるELSIの論点を議論しとりまとめる試みを実施しています。今回は、第2回目のワークショップ(WS)の様子をお届けします。

意思決定と社会実装 -関係者を巻き込むこと-

WSは、9月末から10月初旬の間に3回実施された市民グループインタビュー(GI)の報告から始まりました。末次先生の研究と、研究成果を基に立ち上げたベンチャー企業のモデルナへの売却についての市民の意見が紹介され、参加者は市民の声に注意深く耳を傾けていました。これを受けて、市民がどこまで末次先生の研究内容を理解できていたのか、研究の展望について議論することができたのか、といった点が盛んに議論されました。その際、末次先生からは自身の研究内容を簡潔に伝えることの難しさや、科学リテラシーを高めることの重要性が強調されました。

モデルナへの売却に関して、市民の方からは日本の国際的な存在感の低下を嘆く声が多かったため、末次先生の研究が日本に対して有する意義と、世界に対して有する意義のバランスについての論点が提示されました。また、この点を考えるに当たって、現状の日本のプレゼンスとそれを向上させる可能性について、幅広く施策が提案されました。例えば、末次先生のような成功事例をロールモデルとすることで、日本の国際競争力を向上できる可能性や、日本の「真面目さ」といったブランドをアピールして発展させていく可能性について、参加者からは期待と不安が入り混じった語り口での提案がありました。

WS中盤ではこれらの議論を一般化することで、法整備、研究環境の向上、資金、研究の標準化といった多様な観点から議論できることを示した上で、各論点について議論が展開されました。

写真:会場の様子
末次先生も積極的に議論に参加され、特に市民GIでの意見を興味深く聞かれていた。

例えば、資金に関する議論では、日本国民の税金を資金にして実施された研究に対しては、市民への説明責任や研究を社会還元させる必要性とともに、日本で広がり始めている言説が及ぼす懸念についても慎重に議論されました。その言説とは、国益のために研究をすべきであるというものであり、末次先生のようにグローバルな環境で研究をされている人々のブレーキとなりうるといった意見が挙がりました。この実情や対策法について、参加者は緊張した面持ちで意見を交わしていました。

WS後半では、中盤の緊張感を破るような白熱した議論が展開されました。特に、法整備の議論が活発でした。法整備について議論する際には、社会科学者が中心になることが多く、幅広くELSIについて議論する際には技術者が中心になってしまいます。しかし、主題に応じて参画者の属性を固定するのではなく、各状況で誰が中心的なプレーヤーになる必要があるのかを決定する手続きについて議論すること、および、その運用が実現可能な体制を構築していくことが大切である、との合意が参加者の間でなされました。

そこから発展して、利益相反の問題について参加者は互いの意見を述べました。法整備やルール作りをする目的は、リスクを最小化することですが、そもそもルール作りをする際に利益相反があると望ましいルール形成ができない可能性があります。これに対処するためには、ルール形成をするための土壌を社会で醸成していくことが必要であるとの意見がありました。さらにより一般的な話として、利益相反が常に不正であると捉える通念に対しても参加者からは疑問の声があがりました。基本的に、政策立案者、科学者、企業がそれぞれ異なる目的をもって活動するため、ルール形成において利益相反が生じるのは自然なことである点が強調されました。むしろ、それぞれの目的や利益が、どういう領域でどのように重なるのかという点を明らかにすれば、それはルール形成においてメリットとなりうるという主張があり、これにはほとんどの参加者が大きく頷いていました。そこから、利益相反をどのように調整し、不正なつながりをどのように防ぐかの議論をすべきであるという、ルール形成や法整備のための方向性が提示されました。

今後、本WSで提示された多様な論点をもとにして、末次プロジェクトと市橋プロジェクトの両ケースを横断する合同WSを開催します。そこで論点や意見を統合し、報告書として公開する予定です。

写真:会場の様子
WSの様子。参加者は市民GIの報告をふまえて、積極的に論点を洗い出し、活発な議論を行った。

CREST 総括
塩見 春彦 慶応義塾大学医学部 教授

末次プロジェクト参加メンバー
末次 正幸 立教大学理学部 教授
古澤 輝由 立教大学理学部 特任准教授 / サイエンスコミュニケーター

「ゲノム倫理」研究会参加メンバー
信原 幸弘 東京大学 名誉教授
岩崎 秀雄 早稲田大学 理工学術院 教授
神里 達博 千葉大学 国際教養学部 教授*
志村 影洋 株式会社電通 京都ビジネスアクセラレーションセンター ゼネラルマネージャー*
田中 幹人 早稲田大学 政治経済学部 教授*
松尾 真紀子 東京大学 公共政策大学院 特任准教授*
見上 公一 慶應義塾大学 理工学部 准教授
三成 寿作 京都大学 iPS 細胞研究所 上廣倫理研究部門 特定准教授
横野 恵 早稲田大学社会科学部 准教授

*はオンライン参加

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