科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラムの設定について

令和2年度戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)における新規研究開発プログラムの設定およびプログラム総括の選定について

 令和2年度発足の新規研究開発プログラムについては、令和元年度に社会技術研究開発センター 俯瞰・戦略ユニットに新規プログラム設計チームを立ち上げ、有識者インタビューやプログラム検討ワークショップなどを通じて、事業の具体化に向けた検討を行ってきました。新型コロナウイルス感染症対策のため社会技術フォーラムの開催は中止となりましたが、令和2年4月1日~15日にかけて、プログラム構想原案を公表し、広く社会一般の方々からの意見募集を行いました。

 これらの検討に基づき、JSTでは、社会技術研究開発主監会議(令和2年4月14日)および理事会(令和2年4月27日)の審議を経て、下記の通り新規研究開発プログラムを設定し、プログラムの運営責任者であるプログラム総括を選定しました。

  • 研究開発領域の名称:
    「科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム」
  • プログラム総括:
    唐沢 かおり(東京大学 大学院人文社会系研究科 教授)

1. 研究開発プログラムの内容

(1)研究開発プログラムの目標

 本プログラムは、科学技術が人や社会と調和しながら持続的に新たな価値を創出する社会の実現を目指し、倫理的・法制度的・社会的課題を発見・予見しながら、責任ある研究・イノベーションを進めるための実践的協業モデルの開発を推進する。

(2)研究開発プログラムの概要

 本プログラムは、責任ある研究・イノベーションの営みの普及・定着に資する、実践的協業モデルの創出に向けたELSI(Ethical, Legal and Social Implications/Issues; 倫理的・法制度的・社会的課題)の研究開発を対象とする。具体的には、科学技術の進展の先にあるべき社会像や、人間・社会にもたらす新たな価値や変化の「探索と予見」、それに伴って生じるリスクやベネフィット、インパクトの「分析と評価」、人間・社会・倫理の観点に立った研究開発の「設計とガバナンス」、そして、責任ある研究・イノベーションの推進に資する「科学技術コミュニケーションの高度化」に取り組む研究開発を推進する。

 本プログラムは、日本社会が抱える課題、あるいは具体的な新興技術を出発点としつつ、国際的な展開・発信を念頭に置いてグローバルな視点を持って取り組むことを重視する。海外の研究や事例の単なる紹介や理論の適用に終わらないことを求める。

 研究開発プロジェクトにおいては、例えば、以下のようなアウトプットが創出されることを想定する。なお、これらのアウトプットは、個々に取り組むもの、複合的に取り組むもの、ここに挙げていないアウトプットの提案も十分想定される。

a. 科学技術やELSIの特性を踏まえた具体的な対応方策の創出

  • 科学技術やELSIの特性を踏まえた具体的なソリューションの開発
    • ELSI観点でのリスク・ベネフィット、インパクトなどの分析・評価
    • 新たな価値を提供するビジネスデザインや、知財・標準化戦略の提案
    • 法規制などのレギュレーション、認証・標準化などのスタンダード、保険・補償などの経済的手法も含めたルール形成への提言
    • さまざまな社会・環境下での、研究開発の設計指針や境界条件、行動規範の提案
    • リスクガバナンスのための評価指標や指針、共通認識となりうるガイドラインの提案

b. 科学技術やELSIの特性を踏まえた共創の仕組みや方法論の開発

  • 研究開発の上流段階から、科学技術が人や社会に与える影響や倫理的・法制度的課題を、研究現場に機動的・有機的にフィードバックするための仕組みや方法論の開発
    • 科学技術の先にあるべき社会像や、取り巻く問題構造や課題群、関わるステークホルダーの探索・予見・分析
    • 共創的科学技術イノベーションのための対話設計・コーディネーション手法
    • 意思決定やガバナンスへの接続も含む、上流からのステークホルダーの関与手法やテクノロジーアセスメントなどの機能
  • 科学技術コミュニケーションの機能とデザインの高度化のための実証的検証と開発
    • 多様な立場のステークホルダー間における、科学技術やリスクの知識翻訳手法
    • 多様な視点の存在を意識した、建設的な議論の成立や収斂の対話・調整手法
  • 情報通信技術など新たな科学技術を活用した、科学技術コミュニケーションの高度化に資するシステム、ツール、評価方法・指標の開発

c. トランスサイエンス問題の事例分析とアーカイブに基づく将来への提言

  • 日本社会が直面した過去および現在の顕著なトランスサイエンス問題に関する、科学技術コミュニケーション上の課題の抽出とアーカイブ化、経験のみに依存し未来予測と対抗策の構築を行ってしまう方法論に由来する問題の分析などに基づく、将来への提言と海外に向けた発信
    (科学技術そのものに端を発する問題ではなくとも、科学技術と人・社会との関係に関わる重要な問題とみなせるもの、とくに人の命に関わるような社会的インパクトの大きな問題も対象とする。例えば、予防接種で防げる病気(VPD)とワクチン、東日本大震災による東電福島原発事故なども含む。)

 ELSIへの取り組みは、科学技術がもたらす課題に対する「いま、ここ」での対応や順応の方策検討にとどまらない。世代や空間を超えた影響の検討はもちろん、人類が求める普遍的な価値、生命や人・社会の善きあり方に関わる「根源的問い」(例えば、ガバナンス、リスクと安全・安心、公(パブリック)と私/官と民/集団と個人の関係、自律性、信頼と責任、競争と調和、効率と公正、社会正義、世代間の差違と公平性、物質と精神、自然観、尊厳・人権主体性・アイデンティティなど)を必然的に内包するものである。

 本プログラムでは、このような「根源的問い」への探求・考察を含みながら、研究・イノベーションの先に見据える社会像を示すことを、すべてのプロジェクトにおいて必須に取り組む課題として求める。研究開発を通じて、日本社会の特性を踏まえながらグローバル社会においても普遍性を持つ価値についての考察がなされることも期待する。

 なお、各年度の研究開発提案公募において重視するテーマは、内外の動向や要請を踏まえつつ、必要に応じて適宜見直しを図っていくものとする。

(3)予算規模・期間

 本プログラムでは、研究開発テーマの特性や社会ニーズなどに応じた柔軟性・機動性を持ったファンディングを行う観点から、提案内容に応じて、予算規模や期間の柔軟な設定を行う。

 そのため、通常の研究開発プロジェクトに加え、例えば、①取り組むべきELSIの具体化検討や論点整理を集中的に行い研究開発計画の充実化を図る、②必要な研究分野やステークホルダーの模索や連携を行い十全な研究実施体制を構築する、などについて取り組むプロジェクト企画調査の枠組みも設定する。

  • 研究開発プロジェクト
    • 研究開発期間:1~3年
    • 研究開発費:1,500万円/年(直接経費)程度上限 [令和2年度:5件程度予定]
    研究開発成果の定着や展開の可能性など、「サイエンスメリット」と「人材育成」の観点でさらなる向上が期待される場合、評価を経て、2年間を上限として研究開発期間の延長を可能とする。
  • プロジェクト企画調査**
    • 企画調査期間:6ヵ月程度(単年度)
    • 企画調査費:300~500万円/半年(直接経費)程度 [令和2年度:最大10件予定]
    **将来的に本プログラムへの研究開発プロジェクトの提案・実施につながることが期待され、そのために必要な研究開発設計や体制の補完に取り組むことを企図した枠組み。原則として、本プログラムの次回公募に応募することを条件とする。

 なお、令和2年度の公募においては、「新型コロナウイルス感染症などの新興感染症」について、緊急性・必要性、意義、実施可能性など独自の視点で評価を行い、数件の課題採択を予定する。新型コロナウイルス感染症に関わる問題は、科学技術研究そのものから生じるELSIではないが、この根底には人・社会と科学技術との関係の在り方の問題が存在する。そこで、新型コロナウイルス感染症など新興感染症に関連する諸問題にELSIの観点から貢献する研究開発の提案も令和2年度の募集対象とする。新型コロナウイルス感染症に起因するさまざまな社会的事象の把握、例えば政策立案を含む社会的意思決定への提言のためのエビデンス生成や、人々の行動制御などに関わる情報の利活用・保護に関する課題の整理、過去の新興感染症の事例や類似の社会的事象との比較検討など、まずは短期的に実施可能な範囲での基礎調査・アーカイブ研究を想定する。

2. プログラム総括について

 唐沢かおり氏は、社会心理学、中でも社会的認知を専門分野として、長年に渡り研究・教育・人材育成に尽力されている。社会心理学の第一人者として『実験社会心理学研究』や国際心理科学誌『Psychologia』の編集委員を務めるほか、日本社会心理学会および日本グループ・ダイナミックス学会において女性として初めて会長職を務めるなど、学術の発展や後進の育成、学術界におけるダイバーシティの醸成などに貢献してきた。また、その活動範囲は社会心理学の枠内に留まらず、科学リテラシーと科学コミュニケーションに関する共同研究や、情報科学技術にかかるシンギュラリティ問題に取り組む哲学者・倫理学者等との学際的研究、Society 5.0の実現に向けた日立製作所と東京大学との協創プロジェクト「日立東大ラボ」など産学連携研究のマネジメントにも携わっている。

 「科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム」は、科学技術が人や社会と調和しながら持続的に新たな価値を創出する社会の実現を目指し、科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題を発見・予見しながら責任ある研究・イノベーションを進めるための実践的協業モデルの開発を推進することを目標とする。本プログラムの運営にあたっては、新興技術・既存技術の進展の先にあるべき社会像や、社会制度、規範・倫理等のマクロレベルの観点のみならず、科学技術に対するリテラシーや理解のあり方の現状、価値観、科学技術がもたらすコスト・ベネフィットなど社会へのインパクトの予見、科学技術やそれを推進する組織や集団への信頼、特定のコミュニティや個々人の科学技術に関する認知や消費行動、心理的反応といったミクロレベルからの観点が必要である。また、本プログラムの対象領域への広い視野と先見性とともに、人文社会科学・自然科学・企業・メディア・URA・コミュニケーター・法曹・行政・NPO等さまざまな関与者の連携・協働を促すバランスのとれたマネジメントが必要である。第一線の社会心理学者として、科学技術と人間・社会のダイナミクスへの洞察と、数々の学際的研究や産学連携の実践とマネジメント経験を有する唐沢氏は、本プログラム運営にあたってその知見を大いに発揮していただけるものと考える。

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