俯瞰ワークショップ報告書
- 材料・デバイス
2022年8月
CRDS-FY2022-WR-04
ナノテクノロジー・材料分野 区分別分科会 「新しい計算物質科学の潮流」
エグゼクティブサマリー
近年、物質科学は新しい局面を迎えつつある。実験に基づいた新材料探索や材料合成の分野、物質の詳細な構造や合成中に起こっている反応を詳細に調べる計測分野、新物質設計の指針や直接観測が困難な原子・分子レベルの反応メカニズムを示すことのできる計算物質科学分野、この3者が互いに高度かつ緊密に連携し、これまでは不可能と思われた物質の発見・合成が可能になろうとしている。 特に計算物質科学分野では、新しい計算手法の開発などが行われ、「以前に比べはるかに高精度な計算」、「これまで必須と考えられてきた前提条件を使わず、より現実に近いモデルでの計算」が可能になりつつある。本ワークショップは、こうした状況に鑑み、新しい手法開発による計算物質科学の事例を俯瞰し、将来の可能性及び解決すべき課題等を把握することを企図したもので、次の4つのセッションで構成される。
セッション1:液体・ソフトマター
タンパク質などの生体関連物質、高分子などのソフトマターや、電気化学系などに関する話題提供がされた。これらの系は、関係する原子・分子数や自由度が大きく、第一原理計算と分子動力学計算(MD)ですべてを取り扱うことは難しいことから、なんらかの手法を用いてスケール間を繋ぐことが必要になる。
セッション2:データ駆動科学・連成解析・量子計算
データ駆動科学や、電磁場と電子系の連成計算、量子コンピュータを用いた、材料科学計算などに関する話題提供がされた。計算科学に機械学習を取り込む際のデータ不足に対処する手法、第一原理による電子系の計算に光の電磁場の影響を取り込む手法の紹介や、近年注目が集まっている量子コンピュータによる量子化学計算の現状と今後についての解説がされたセッション3:固体電子論
これまで第一原理計算で取り扱いが難しかった、大規模系、強相関系の電子論に関する話題提供がされた。従来の第一原理計算の限界を超えるために必要な新しい試みの例示や、そのソフトウェアの継続的発展のための開発体制についての紹介もされた。総合討論
セッション1–3を受けて、 1. 新たに開けつつある多様な物質相を定量的に記述する理論的枠組みの現状と今後の課題 2. 多様な物質相を記述する計算科学実現のための体制・方策 3. 当該分野の持続的発展の在り方とこれを担う人材育成の在り方 についての議論を行った。 今後の課題としては、マルチスケール計算での階層間の接続、有限温度の理論、LDAやGGAに代わるDFT計算手法、大量の計算データを得られるようになった時の抽象化や学理構築の手法、HPCの世代が進むごとに使いがってが悪くなる現実などが挙げられた。 必要な体制・方策としては、コミュニティやコンソーシアムを活用して、(1) これまで計算できなかった対象を計算する新しい理論やプログラムを開発する、(2) それを使いやすくしたり大規模計算のために並列化する、(3) 誰にとっても使いやすくなるようなインターフェースを構築する、(4) 普及させていくためのプロモーションや教育を行うといった多階層のタスクを重層的に行っていく必要があることが議論された。 属人的になりがちなソフトウェア開発の継続には人材育成が欠かせないが、このためには、コミュニティ、コンソーシアム内での育成プログラムだけではなく、ソフトウェアの開発にモチベーションが持てるような人事評価法の改革が必要との議論がなされた。 また、これら以外に、今後のマテリアル産業の在り方や、この分野の今後を横断する理念、または、それを表すキーワードについての意見が交換された。※本文記載のURLは2022年8月時点のものです(特記ある場合を除く)。