戦略プロポーザル
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疲労破壊現象の包括的理解とその革新的な応用に向けた科学技術基盤の構築

エグゼクティブサマリー

本プロポーザルでは、機器の損傷事故の多くに関連している疲労破壊現象を対象に、その包括的な理解のために取り組むべき研究課題群とその推進方法について提言する。疲労破壊の起点となる初期現象には未解明のことが多い。これまで力学的な機構がほとんど解明されていなかった疲労破壊の初期現象の理解とそれに基づく疲労破壊現象全体の理解を深化させ、疲労破壊現象に関する新機軸の科学技術基盤の構築を目指す。

カーボンニュートラル社会の実現に向けた取り組みの中で、エネルギー機器や輸送機器の軽量化・高効率化の要求は高まっている。しかし信頼性・安全性を確保する点から、これらの機器は安全係数を乗じて設計されており、軽量化や高効率化の更なる追求には、疲労破壊の物理現象の理解に立脚した新しいアプローチが必要である。疲労破壊現象の全容の理解が進むことで、製品の市場投入までの開発期間の短縮や開発費用の削減が可能になる。また他国に先駆けて適切な信頼性を有する新製品を市場に投入できるようになり、我が国の産業競争力向上に繋がることが期待される。これらのためには疲労破壊現象のより本質的な理解と破壊現象学・破壊工学の科学技術基盤の構築・強化が必要である。

疲労破壊については、微小き裂の発生から微小き裂の成長までの初期現象の力学的な機構がほとんど解明されておらず、現象の理解、モデル化ができていないため、予測が難しい状況にある。現状では、膨大な疲労試験のデータを積み上げ、統計的・経験的手法から、疲労破壊に耐えうるよう機器に必要な強度が計算されている。このため、近年の疲労破壊に関する研究は、ほとんどが新規の機器や材料開発の一項目として実施され、個々の材料の特性の検討に留まっている。このような状況から脱するためには、機器や材料開発のための副次的な研究ではなく、疲労破壊現象の理解そのものを目的とした、未解明の初期現象の理解を進める研究が必要である。疲労破壊の初期現象の微視的な機構や力学を解明し、それに基づく疲労破壊の科学技術基盤の構築を図るために、具体的な研究課題として、以下の2つを提案する。

① 疲労破壊の初期現象の法則性の発見
② 疲労破壊の初期現象の理解に基づく疲労現象学と疲労工学の構築

近年、破壊の初期現象の解明に関わる微視的サイズでの力学特性・疲労試験特性に関する実験や非破壊・in-situ計測技術が大きく進展している。計算機能力の飛躍的発展に伴い、マルチスケール・マルチフィジックスシミュレーションによる破壊現象の統一的な理解への取り組みが進展している。機械学習や深層学習等のデータ科学的手法による、予測やツールとしての活用も期待されている。このような実験計測手法、数理解析手法、数理科学的手法を組み合わせることにより、疲労破壊の初期現象の法則性を見いだし、疲労破壊の初期現象の理解に立脚した新機軸の疲労現象学と疲労工学を構築する。

推進方法としては、まず大学・企業の枠を越えた分野横断的なネットワークを形成することが重要である。そこでは、疲労破壊の初期現象の法則性の発見に主眼をおいた基礎的な研究と実機の破壊現象の両方を理解する核となる人材を育成する。次に持続的な研究環境を構築するために拠点化を推進し、多様で複雑な疲労破壊の初期現象の法則性を解明し、それに基づく新機軸の疲労現象学・疲労工学の構築を目指す。本分野は国の安全を守る、あるいは国を維持するための基盤となる科学技術分野のひとつであり、国として中長期的かつ継続的な視点に立って研究開発を推進することが重要である。

※本文記載のURLは2023年3月時点のものです(特記ある場合を除く)。