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ファイトケミカル生成原理とその活用のための研究開発戦略 ~未利用植物資源から革新的価値を創出する学術基盤の創成~
エグゼクティブサマリー
本提案では、植物が生合成する多種多様な化合物、ファイトケミカル (phyto: ギリシア語で植物の意、chemical: 化合物) について、その生合成メカニズムの根本原理を解明し、その生合成を制御する技術を創成する。さらに、合成生物学的なアプローチにより、生合成デザインを通じた新規分子デザインを目指す。狭義には、ファイトケミカルは二次代謝物を指すことが多いが、本プロポーザルでは、一次代謝物と二次代謝物の両方を合わせ、植物が生産する全ての化合物をファイトケミカルと呼ぶ。人類は古来、ファイトケミカルを多種多様な用途に利用してきた。近年では植物由来品の需要はその用途の多角化に伴って、地球規模で右肩上がりに増大しつつある。一方、地球上の耕作可能な土地面積には限界がある。加えて、塩害などによる耕作放棄地の増加や気候変動に伴う収穫量の減少も懸念される。したがって、ファイトケミカル生産の抜本的な効率化が急務であると考えられる。
ファイトケミカルの生合成メカニズムを理解し、高効率な生産へつなげるためには、以下の3つの研究開発が必要である。
(1)ファイトケミカルの生合成メカニズムの理解
(1)-1. 生合成コンポーネントの理解
(1)-2. 生合成制御コンポーネントの理解
(1)-3. 多様な進化学的変化を蓄積しやすいゲノム構造の原理解明
(2)植物生合成制御技術の開発
(3)植物生合成デザインによる新規生合成経路及び新規物質の創成
約100万種類あると言われるファイトケミカルのうち、約90%は未知物質である。したがって、未知物質の同定と同時に生合成に関与する未利用遺伝資源の同定を進める必要がある。そのためには、化合物の同定に必要な化学系の研究領域(分子シミュレーション、生化学、構造生物学、分析化学、有機合成化学など)と、進化やゲノム科学を扱う生物学系の領域、即ち分類学、比較分子進化学、ゲノム科学、バイオインフォマティクス、トランスオミクス解析などのシームレスな連携が不可欠であると考えられる。
また、植物が多種多様なファイトケミカルを生成するようになった根本的な原因は、大量の重複遺伝子や容易なゲノム倍加など、その極めて可塑性の高いゲノム構造にあると考えられている。従って、植物の高度なゲノム可塑性を支えるメカニズムの解明が進むと、人為的なゲノム攪乱による新規ファイトケミカル様物質の生合成の実現という新たな科学領域の誕生が期待される。生合成メカニズムの解明、及びそのメカニズムの人為的介入を行うには、従来開発されてきた学術基盤に加えて、今後、自在な遺伝子発現制御や、あらゆる植物種への遺伝子導入を可能にする技術、ケミカルバイオロジーを駆使した化学的介入法などの技術開発が必要と考えられる。
異種植物や微生物に由来する代謝酵素を組み合わせて新たな生合成経路をデザインすることにより、天然の植物が生成するのとは異なる、ファイトケミカル様の化合物を植物に生合成させたり、異種植物が生成するファイトケミカルを生合成させたりすることが可能になると考えられる。
上記のアプローチを通じて、高効率で革新的なファイトケミカルの生合成を達成することによって、天然資源の乱獲を防ぎ、新規創薬シーズの創出、より高効率なファイトケミカルの供給が実現されるものと考えられる。さらに、植物によるバイオ医薬品生産など高度に応用的な研究開発への波及効果も期待できる。植物由来品を増加させることで、医薬品の新たな製造技術の開発を実現するとともに、エネルギー消費とCO2排出量の少ないクリーンな産業の育成に貢献する。
※本文記載のURLは2021年3月時点のものです(特記ある場合を除く)。