調査報告書
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環境・エネルギー分野における非連続的なイノベーションを支える工学研究基盤強化

エグゼクティブサマリー

環境・エネルギー分野における非連続的なイノベーションを支える工学研究基盤強化

我が国は、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」で目指す社会として「脱炭素社会」を掲げ、その実現に向けて「革新的環境イノベーション戦略」を策定した。同戦略では我が国が強みを有するエネルギー・環境分野において革新的・非連続的なイノベーションを創出し、社会実装可能なコストを実現、これを世界に広めていくことを目指すとしている。

脱炭素社会の実現には環境・エネルギー機器や輸送機器、それらを構成する部品の高効率化、知能化、電動化における非連続的なイノベーションが必要であり、その基となる地道な連続的成長の積み重ねや、飛躍的進展をもたらす非連続的な発見・発明が必要である。これらを促す風土の醸成には、上記機器・部品の開発・設計・製造・保守を支える「工学基盤」、例えば、流体、伝熱、燃焼、振動、材料、構造・強度、化学、電気などの分野に広がる基盤科学技術の強化が不可欠である。しかしながらこうした工学基盤を取り巻く環境が現在どのような状況にあるかは十分に把握されていない。そこで国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センターでは、非連続的なイノベーション創出を支える工学基盤の状況を把握するための調査を、日本および他の主要国を対象として、「ファンディング」、「人材」、「機器・設備」、「データ基盤・標準化」の4つの観点から実施した。

主要国では、例えば英国電気機器メーカーのダイソン社は、流体力学に基づく技術を用いたデュアルサイクロンコンセプトの掃除機開発において、連続的・漸進的なイノベーションの長期的な積み重ねの上で非連続的なイノベーションを起こしている。同社のエンジニアは、数学、流体力学、空気力学、音響工学等と創造的思考を組み合わせてソリューションを見出し、優れた製品を迅速に構築し、イノベーションへと繋げた。また英国航空機エンジンメーカー大手のロールスロイス社は、主力の3 軸式航空機エンジン「トレント」系列の後継となる2 軸式「ウルトラファン(UltraFan)」の開発で、最新の冷却技術や空力技術、革新的な耐熱材料を用いることにより、従来技術では困難であった耐熱性能や空力性能を実現した。また同社はインペリアル・カレッジ・ロンドンなどの大学と連携して開発を進めており、2014 年に英国工学・物理科学研究会議(EPSRC)からの助成により設置された風洞試験設備がある。こうした大学への設備投資を通じて英国政府がロールスロイス社などの自国企業の工学基盤を支えているという側面もある。

国内では、例えば工学基盤としての一部機器・設備の共有化とその利用は広がっているものの、共有設備の運用上の様々な課題が出てきていること、また科学研究費採択課題の中から基盤的な研究を目的とする課題の採択が減少している可能性があること等が示唆された。

こうした他国の事例調査および国内調査を比較・分析した結果を、本調査では、我が国の現状の課題、ならびにその克服に向けた今後の方向性としてとりまとめた。今後の方向性としては、産学官が連携して構築する工学基盤マネージメントシステムの構築が必要であると考えられる。またこの工学基盤マネージメントシステムは、全国規模の拠点の形成およびそれらの拠点をつなぐネットワークの構築が中核になると考えられる。欧州ではトライボロジーはリヨン、燃焼はアーヘンというように周知の拠点が存在する。これらが中核となってネットワーク化されることが工学基盤の強みの源泉となっていると考えられる。我が国においてもこうした体制構築を戦略的に進めてゆくための政策的議論・検討が今後必要である。

※本文記載のURLは2020年7月時点のものです(特記ある場合を除く)。