戦略プロポーザル
  • バイオ・ライフ・ヘルスケア

4次元セローム ~細胞内機能素子の動的構造・局在・数量と 機能の因果の解明のための革新的技術開発~

エグゼクティブサマリー

細胞内機能素子の動的構造と機能の相関の解明を行うためには、細胞内の反応経路や因子の網羅的な把握(静的な情報)に加え、核酸・タンパク質などの生体分子の空間的局在情報と時間的動態情報を網羅的・統合的に取得し、分子と細胞の間の階層である、オルガネラ(ミトコンドリア等の細胞内小器官)、超分子複合体といった「細胞内機能素子」の構造(3 次元)や動態(4 次元)と連関させることが必要である。この「4 次元セローム」(cell+ome で細胞の構成要素の総体)とも呼べるアプローチを実現するには、従来の計測・解析手法は網羅性・定量性が不足していると言わざるを得ない。本プロポーザルでは、そのための基盤となる、細胞内の時空間情報を網羅的・定量的に計測・解析できる革新的技術の開発を提言する。日本発の、世界の研究者が必須とするような独自のツールを開発して、それを武器に生命研究の新しい領域を切り拓くことを目指す。

生化学、分子生物学の恩恵により、特定の遺伝子やタンパク質に着目して、分子間のつながり(相関)の全容がわかってきている。一方で、これら分子が機能を発揮する場である細胞内機能素子の微小環境は十分な理解が進んでおらず、生物学的共通原理として未解明な領域である。この5~10 年程度で、ncRNA、天然変性タンパク質・天然変性領域、オルガネラコンタクト・コミュニケーション、液-液相分離(LLPS)によるドロップレット形成等の新しい現象が提示され、細胞内機能素子の概念が見直されつつある。一細胞トランスクリプトーム技術(シングルセルRNA-seq)の進展により、1 細胞解析による生命や疾患の再定義が進んでいる。

ライフサイエンスは、デジタルデータがハイスループットに取得できるようになったことから、生体のあらゆる階層で計算機/デジタル的手法の側面が徐々に進展しつつある。一方で、計算機的手法の前段である計測・解析技術についても、細胞内機能素子の微小複雑環境の計測技術および数理モデル化が追いついていないところがある。この分野は生化学的・分子生物学的手法だけでなく、数理、情報、物理、化学を総動員して取り組まないと新しい発見や機構の解明が難しい時代になっている。生物物理学会、蛋白質科学会、ケミカルバイオロジー学会、細胞生物学会、システムバイオロジー関連学会等が分野の壁をなくして、連携・融合していくことが望ましい。

こうした研究の直接的なアウトプットとしては、細胞内の微細リアルタイム可視化技術やマニピュレーション技術の実現による細胞内における細胞内機能素子の構造や動態の情報の取得が可能になることが期待される。イメージングと機械学習により、細胞内の核酸やタンパク質の数量を定量性をもって計数すること(次世代シーケンサーや質量分析機を置き換えること)も現実になるかもしれない。サイエンスとしては、分子やオルガネラ(非生命)と細胞(生物)との間にある機能創発の解明につながり、多細胞からなる組織、臓器、ひいては個体へとつながる生命の階層性の理解がより深まる。応用面では、神経変性疾患や細胞老化の機構解明につながると考えられる。タンパク質間相互作用、核酸タンパク質間相互作用、天然変性タンパク質やLLPS、オルガネラを制御する新しい薬の形につながることも期待される。

※本文記載のURLは2020年3月時点のものです(特記ある場合を除く)。