戦略プロポーザル
  • バイオ・ライフ・ヘルスケア

次世代育種・生物生産基盤の創成(第3部)気候変動下での環境負荷低減農業を実現する基盤の創出 ~圃場における微生物、作物、気象を統合的に扱うモデルの開発に向けて~

エグゼクティブサマリー

本戦略プロポーザルにおける「生物生産」とは、微生物·細胞、植物、動物などの生物を用い、低付加価値な資源(糖、無機塩類、光、二酸化炭素、飼料など)から、育種·生産プロセス(培養、栽培、飼育養殖)を通じ、高付加価値の物質や生物体自体を目的産物(食料、燃料、化成品、素材、医薬品、生物的ツールなど)として生産することを指す。本戦略プロポーザルでは、将来予想される気候変動下でも、農業の環境負荷を低減しつつ、単位面積当たりの炭素収率を高める技術開発を目指すため、農業を、作物(植物)による物質生産だけでなく、その生育環境(農業生態系)全体の物質循環としてとらえ、これを包括的に理解して最適化する研究開発戦略を提言する。

農業生産は、1960年代以降のハーバー・ボッシュ法による大量の窒素化学肥料投入と、半矮性化遺伝子の導入による受光体制の改善という「緑の革命」により、大幅な単位面積あたりの増収を達成してきた。このため、現行の品種は基本的に高施肥で高収量の炭素化合物を得られるデザインになっており、この高施肥が高い環境負荷に直結していると言って過言でない。これまでの農業生産は、収穫すべき炭素化合物の収量を最大化する方向へと技術開発が進められてきたが、持続性の向上が優先事項としてあがった今、農業という活動が、農業環境(圃場)全体の物質のフローにどのような影響を与えうるかを包括的に理解し、それが気候変動下(高温・高CO2複合環境)で受ける影響を解明することで、環境への負荷を最小限にするという新たな視座が必要である。

近年の研究により、圃場生態系では、土壌微生物、作物、大気の間で、炭素(CO2や糖)、窒素、リン、微量元素、水分などの物質が密接にやり取りされていることが明らかにされ始めている。また、大気CO2濃度の上昇は、温暖化などの気候変動の原因になるだけでなく、それ自体が光合成や蒸散といった作物生理に影響し、生育、収量、水利用などに影響を与えることが分かっている。高温・高CO2複合環境下での環境負荷低減を考えるには、圃場生態系における物質の移動・循環を定量的にとらえ、それを最適化するための技術開発が望まれるが、この物質循環の構成要素は単独で研究されてきたため、その全体像を包括的に捉えようとする試みは、世界的にも、これまでなされてこなかった。そこで、この戦略プロポーザルでは、開放系で高温・高CO2といった環境摂動を与えられる共同利用圃場を設置し、圃場生態系における物質循環について、あらゆる側面から徹底的に定量し、農業生態系の物質循環モデルの構築を目指す。具体的には、土壌微生物、土壌条件、栽培管理、光合成・成長などの生理生態学データ、トランスクリプトーム、メタボローム、圃場の微気象といった、多階層のデータを共通圃場から同時収集して階層横断的な解析を施すことで、真の圃場生態系ビッグデータ基盤を構築し、多階層データの比較、連携を可能にする。こうしたデータ連携により、農業資材開発、育種、栽培管理技術革新の相乗効果を狙い、農業生産と環境負荷低減の最大化をはかる。そのために取り組むべき具体的な研究開発課題を以下に示す。

課題1:土壌圏(根圏を含む)における物質循環
課題2:作物(植物)における物質循環
課題3:圃場の微気象と作物との相互作用
課題4:高温・高CO2による病害虫などの生物学的環境変化

本研究領域の推進に当たっては、基礎生物学分野である基礎植物科学、微生物学と、農学分野である作物学、土壌肥料学、さらに気象計測の分野が有機的に連携、協働することが必要である。

※本文記載のURLは2020年3月時点のものです(特記ある場合を除く)。