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情報科学技術がもたらす社会変革への展望 − REALITY 2.0の世界のもたらす革新 −

エグゼクティブサマリー

 本レポートは、第 5 期科学技術基本計画が目指す「超スマート社会」に向けて、情報科学技術が貢献しうる社会変革の展望について述べるものである。従来、私たちにとっての現実世界(実体社会)は、あくまで物理的世界であり、サイバー空間は現実世界に情報をもたらすコンピューター群であった。このような世界を「REALITY1.0」と呼ぼう。ところが、近年、個人やビジネスや社会活動が、サイバーの世界と物理的世界が一体となって切り離せないものになりつつある。つまり現実世界が、これらの2つの世界の一体化したものになっている。この世界を「REALITY2.0」と呼ぶ。本レポートは REALITY 2.0 の世界観に基づく社会構造、産業構造、生活の変化を考察するものである。

今日、情報科学技術の進展は目覚ましく、その高度化と社会への普及はいっそう進んでいる状況にある。データ処理技術や通信技術の進展とともに、ネットワークへ接続される機器の数が増大し、2020 年には 500 億端末に上るといわれている。これに伴い、IoT、M2M といった技術やクラウド環境の整備が進んでいる。こうした変化は、生活の場でも起きている。例えば、スマートフォンや PC を通じてインターネットに接続する人口は 2015 年には 55億人、SNS 利用者は 2017 年には 23 億人に上るとされ、コミュニケーションの基盤が物理的世界からサイバー空間上へと広がりつつある。

こうした情報科学技術の進展を背景に、ビジネスの手法、考え方も変わり、社会・経済インパクトを強力に引き起こすイニシアティブが出現している。これまでは、モノに付随する形で価値が提供されてきたが、モノ(スマートフォン、車、機器等)を通じたサービスによって価値が提供されるようになってきた。また、サービスの提供に主眼を置き、多様な機能を組み合わせてシステムを構成する、SOA(Service Oriented Architecture)といった概念に基づいたビジネスが展開され始めている。

さらに、企業間、個人群、サイバーの世界のエコシステムが価値の源泉になりつつある。機器の運用保守の効率化、新たな価値創造を目指す GE の Industrial Internet や、機器間から工場間、中小製造業者までを連携させ製造業の変革を狙うドイツの Industrie 4.0 はその顕著な例である。生活面では、米国発の UBER によるタクシーサービスもサイバーと物理的世界の一体化したものと見ることができる。このように、社会のあらゆる面でサイバー化が進展し、その結果、物理社会とサイバー空間の融合・一体化した超サイバー社会、REALITY2.0 が出現し、革新的なイノベーションが生まれるとともに、既存の価値観、社会規範が変貌していく可能性がある。この新しい世界では、サイバーの世界の機能群(アプリケーション群)だけに留まらず、さまざまな社会機能がコンポーネント化されモジュールとして動的に組み合わされ、サービスプラットフォームから提供される。このことによってさまざまな機能のエコシステムが目的に応じて形成される。この動的な構成は、「実体定義レンズ」というソフトウエアによって定義される。ここで実体定義レンズは、サービスプラットフォーム上の機能群をレンズを通して覗くことで実体としての機能のエコシステムを実現するものである。例えば、モノ作り社会システム、ヘルスケア社会システム、社会モビリティーシステム、ベンチャー支援システム、研究開発支援機能プラットフォームなどが定義され、革新的なインパクト(社会費用削減、新サービスや雇用の創造)を社会にもたらすことができるだろう。このようにソフトウエアで定義される社会という意味で「SoftwareDefined Society」が実現される。

そのため、科学技術施策が、従来の分野別研究の掘り下げにとどまるのではなく、科学技術の成果を適切に、タイムリーに、効率よく社会に適用し、革新的な社会・産業・生活の変化に寄与する仕組み(システム)が肝要になる。具体的には、社会における機能をエコシステムとして揃え、必要に応じて動的に機能群を提供していくサービスプラットフォームの確立である。このサービスプラットフォームの共通基盤技術を確立することで、科学技術が貢献する社会変革が促進するとともに、新しい産業群を生み出す構造を社会に構築し、社会変革の要にできる。従来の物理的世界(REALITY1.0)のサービス群が、サイバーと物理的なモノ・人間が一体となって切り離せないサービス、つまり REALITY2.0 型のサービスが数多く出現するだろう。アメリカで誕生したタクシー配車サービスの UBER はその端緒と言える。

上記のように、REALITY2.0 の世界は、社会・産業・生活に直接的な影響を与えるものである。当然ながら、この世界の光と影について配慮されなければならない。影について言えば、新たな格差の問題、価値の再配分の問題、新しい世界やサービスの社会受容の問題、アカウンタビリティーの問題(社会的効用、リスク)、新たな社会的脆弱性(レジリエンシー、セキュリティー、プライバシー等)、教育、再教育、社会から信頼される専門家集団の形成等である。光について言えば、科学技術の進展の速度と、現実社会(REALITY1.0)の法制度、慣習の変化の速度の違いを吸収し、社会変革を促進する工夫が必須になる。実証実験、特区、タイムリーな法律の変更等である。そして、人文・社会科学のコミュニティーと科学技術のコミュニティーがともに、あるべき社会の姿とその実現過程を議論する場が必要である。

さらに、REALITY2.0 の世界においては、個人、組織、社会の実体やアイデンティティーが再定義され、それにともなった種々のサービスが生まれるだろう。ここに、新しい科学技術研究への要請、新しい社会・産業構造の変革が期待される。

この時、社会の基盤となる思想や哲学の確立と人文・社会科学と一緒になった政策・制度等の研究が必要とされる。いわゆる SSH(Social Sciences and Humanities)と ELSI(Ethical, Legal, and Societal Issues)の議論、研究が必須である。今こそ、人文・社会科学と一体的に「REALITY2.0」に向けた科学技術政策的手段を打たなくてはいけない。

具体的には、次の 4 つの層に分類される 6 つの施策である。
  Ⅰ.情報科学技術による社会変革の層
   (施策1)機能のエコシステムを実現する社会サービスプラットフォーム
   (施策2)社会変革橋渡し基盤
   (施策3)社会変革のフィードバックの科学と実践
  Ⅱ.革新的 e-サイエンス統合プラットフォームの層 (施策4) 革新的 e-サイエンス統合プラットフォーム
  Ⅲ.戦略的科学技術研究事業の層
   (施策5) 戦略的科学技術研究事業
  Ⅳ.革新的フロンティア開拓萌芽研究の層
   (施策6) 革新的フロンティア開拓萌芽研究である。