調査報告書
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調査検討報告書 「システム科学技術を用いた予測医療による健康リスクの低減」に関する研究開発戦略

エグゼクティブサマリー

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)は平成25年度に、社会的期待と研究開発課題の「邂逅」に基づく研究開発戦略の立案プロセスの「未来創発型アプローチ」1によりテーマ選定を実施した。本報告書は、このうち健康・医療に関するテーマについてチームで調査検討した結果を取りまとめたものである。

国内外の動向調査及び有識者インタビュー、ワークショップなどの活動により、明確な戦略と方法論からなる「健康リスク制御システム」の構築を研究することの重要性や、そのシステムにより病院や医療の変容をもたらす可能性を検討した。

本報告書では、予測医療による健康リスク低減のためのシステム科学技術を「健康リスク制御システム」と呼ぶ。これは、健康・医療研究にシステム科学技術を組み込んで現代社会の日常生活に内在する健康被害要因を明確化し、制御の可能性を研究することによって、それらに起因する疾患の発症予防ならびに重症化予防を目指す、先端科学技術に導かれた未来の健康医療システムである。本報告書では特に、健康・医療関連データが大量に得られるようになる近未来の社会を念頭に、発症や重症化のリスクを予測し制御するデータ融合型の新たな技術体系の確立を示した。

健康とは、生体がストレスや感染等の外的入力に対して速やかで適切な反応・回復ができる動的状態にあることをいう。対して、疾患発症や重症化は、生体がそのような健全な応答性を失った状態に陥ったこととみなせる。疾患発症やその増悪が顕在化する直前には、外的入力に対する脆弱性が高まった中間的状態が存在すると考えられるが、「健康リスク」とは生体がこの状態にある可能性を意味し、疾患毎に「徴候」の増減で推定することができる。健康リスク制御システムでは、この定量化された徴候が制御対象の出力(制御量)あるいは観測量となる。 現代社会の日常生活では、生活習慣病や精神疾患といった慢性疾患のリスクや、転倒・骨折といった高齢者特有の健康リスクとして、食事・運動・睡眠といった行動要因や、気分や身体症状などの症状要因を中心に、さらには社会環境まで含めた生物・心理・社会的要因が重要であると考えられている。最近、モノのインターネットを始めとする情報通信技術の発展によりこれらリスク要因の「常時・長期かつ広範な(インテンシブな)」定量化が可能になると考えられることから、健康リスクの初期検知や初期対応・制御への期待が高まっている。また、先端的センシング技術の発展により、臨床検査値の取得自体もインテンシブになりつつある。これらは欧米の医療市場を中心に発展してきた経緯があるが、世界に先駆けて超高齢社会を迎えた我が国においても、その重要性が認識され府省が取組みを検討している。病院の外(コミュニティ)で発症と重症化予防を行なう「医療の変容」に向けて、医学、工学、社会・人文学を集結して研究を進めることが急務である。

このような背景のもと、近年、従来の医療分野を超えてさまざまな科学技術を用いて健康リスクを予測し制御する可能性が拓けてきた。例えば、国際的に開発が進められている統合的な生体・生理モデルや経験的な行動科学モデルなどが、健康行動・状態のインテンシブなデータを取り込むことにより予測力を持ち得るようになり、疾患発症や重症化の初期対応・制御に役立つことが期待されている。また、医療・社会情報を含めたいわゆるビッグデータを対象とした統計・機械学習等によるリスク評価技術などの開発が急速に進んでおり、近い将来、大量の類似症例から予防や診断・治療に資するより高い精度の情報提供が可能になるとされる。公衆衛生の観点からも、健康リスクの予測やシミュレーションの精度向上は、例えばコミュニティとしての健康リスク制御(医療コストを含めた最適化や政策立案)にも役立つことが期待されている。一方、制御の観点からは、モバイル・インターネット技術を用いた行動科学的誘導技法の開発や生活・環境の再デザイン、行動や情動を制御する脳・神経系への低侵襲的なアプローチなど、電子情報通信技術を用いた先駆的な取り組みがなされつつあり、その科学的基盤としての習慣行動や依存、さらには精神・神経疾患の脳・神経科学の研究も急速に進展している。

本報告書で提示する健康リスク制御システムは、以上の先端科学技術を統合し、健康リスクをさりげなく検知し介入のタイミングを予測、効果的な制御・誘導や社会の再デザイン等を行う。これによって、個人およびコミュニティの健康リスクを急性期から慢性期までのマルチ時間スケール(マルチステージ)で制御し、結果として、保健医療の質を保証しつつコストを低減させるという、先進諸国に共通する課題の解決に貢献することを目指す。