- バイオ・ライフ・ヘルスケア
先制的自己再生医療の確立に向けた 基盤的研究の推進 ~これからの再生医療研究のあり方~
エグゼクティブサマリー
本プロポーザルは、バイオマーカーに基づいて病態を予測し、早期介入を行う“先制医療”を実現するための方策の1つとして、ヒトが持つ自己再生能力を最大限に引き出す“自己再生”を用いた新しい医療技術“先制的自己再生医療”の確立に向けた基盤的研究の推進を提言するものである。
わが国は、世界に先駆けて少子高齢化が急速に進展し、また医療費・介護費は税収額と肩を並べる水準にまで達している。従って、医療費の抑制と高齢者が健康で社会貢献できる社会とが両立できる「健康長寿」をいかに実現させるかが重要である。そのためには、適切な治療効果を持ちつつ適切なコストにおさまる医療技術の確立が不可欠である。
一般に、病態進行と治療効果は反比例し、病態が悪化するほど高額な医療費を要することとなる。独立行政法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター(以下、JST-CRDS)では、2010年に、バイオマーカーを用いて発症を予測し、発症前介入を行なう新しい医療コンセプト「先制医療」を提言した。このコンセプトには、重篤なイベントが発生する前の段階における予防介入(重症化予防・合併症予防)も含まれている。
一方で、現実問題として、先制医療で、全疾患またはすべての個人において、疾病の発症を完全に予防することは不可能である。したがって、まずは先制医療で発症もしくは重症化予防を試みるが、それでも発症・重症化に至るケースにおいて、他に治療方法がなくなった場合に、細胞や組織、臓器そのものの機能を代替するために再生医療を適用するというのが、将来、有力な医療の姿として描くことができる。
このような再生医療に対する期待から、わが国でも研究が推進され、様々な再生医療技術が確立されてきたが、累積した適用例を分析すると、移植した細胞が直接機能代替しているのは、表皮や角膜、軟骨などの限られた組織のみであり、他の組織では、移植した細胞からの分泌物等がレシピエントの体内に既に存在する細胞(内在性細胞)に働きかけ、自己再生させるという間接的なメカニズムで治療効果が得られている場合も多いことがわかってきた。このような間接的なメカニズムである場合、病態の進行とともに内在性細胞の自己再生能が低下し、治療効果も低下していくことが想定される。このことから、現在の再生医療で想定されている介入時期は極めて病態が進行した時期であるが、介入時期をより早期にシフトさせることで、さらに高い治療効果が得られる可能性がある。しかしながら、現在の再生医療で行われているような細胞移植を治療の早期段階にシフトすることは現時点では多くのリスクを伴う。細胞治療は、その作用メカニズムに不明な点が多く、安全性と有効性が安定しないため、他に治療方法がない場合の選択肢としては正当化されるが、早期に他の治療法に優先して適用するには治療手法として成熟していない。したがって、細胞治療の作用メカニズムを明らかにすることが、再生医療の早期介入という選択肢を可能なものにするとともに、介入方法を細胞移植から低分子医薬やバイオ医薬の投与などの他の方法で代替できる可能性がある。細胞移植の課題であるコストの点を考慮すると、投薬などの別の介入方法へのシフトは重要な検討課題である。
本プロポーザルでは、細胞治療などの治療メカニズムを解明し、内在性細胞を制御した再生(自己再生)を利用し、先制的もしくは早期に介入する「先制的自己再生医療」の基盤的研究の推進を提言する(図1)。先制的自己再生医療では、深刻なイベントが起こる前に自己再生させることで、より安価で高い治療効果を目指す。
先制的自己再生医療とは
ここでいう「先制的」とは、広義の先制医療を指し、病態の発症を予防する段階だけでなく、発症後の各病態進行のフェーズで更なる進行を防ぐ段階での治療も含む概念である。また、「自己再生」とは、内在する細胞に働きかけることで、組織及び機能を再生させることを指し、必ずしも再生医療研究の中心的存在である幹細胞にこだわらない。つまり、先制的自己再生医療とは、病態を予測し、発症もしくは重症化を予防するために、内在性細胞に働きかけ、組織及び機能を再生させる新しい医療コンセプトのことである。
先制的自己再生医療の確立のための、具体的な研究開発課題として、以下の3課題を提言する。
課題1:介入コンセプトの確立
課題2:先制的介入診断技術の開発
課題3:介入技術の開発
先制的自己再生医療を確立するためには、まずは自己再生がどのように起こっているかの理解が必須となる。そのため、「課題1:介入コンセプトの確立」において、再生医療やその他臨床の場面で観察される自己再生現象の分子メカニズムを解明し、介入コンセプトを確立する。また、先制的自己再生医療では、介入時期の判定が非常に重要であるため、「課題2:先制的介入診断技術の開発」において、バイオマーカーの開発や診断システムの開発を行う。さらに、「課題3:介入技術の開発」において、「課題1:介入コンセプトの確立」で得られた知見を応用した自己再生促進物質等の開発やドラッグデリバリーの開発を行い、介入手法の技術開発を行う。
対象疾患としては、先制医療の主なターゲットである加齢性疾患とする。例えば、循環器疾患や脳神経疾患、腎疾患、内分泌疾患、肝疾患、消化器疾患、膵疾患、自己免疫疾患、骨格系疾患などが考えられる。これらの疾病は、加齢により発症確率が高まるものであり、一定年齢に達した者に先制的自己再生医療を適用することにより、社会全体での医療コストを低減することが期待される。先制的自己再生医療が医療技術として確立できれば、わが国の健康長寿社会の実現に多大な貢献ができる。
ここでの「先制医療」とは、発症予防・遅延のみならず、重症化予防も含めた医療コンセプトである(赤領域)。一方、「再生医療(狭義)」とは、体外で調整した細胞を患者に移植し、大きく損傷もしくは重症化した臓器や組織の機能を直接代替し、機能再生させる医療を指す(青領域)。すなわち、移植細胞からの分泌物等による内在性細胞賦活化による再生(自己再生)は含まない。「現行の再生医療」は、対象部位によって「狭義の再生医療」を実践できているものもあれば、「自己再生」によるものもある(緑枠)。「現行の再生医療」の介入時期をより早期にシフトさせることで、「先制的自己再生医療」を確立し、より治療効果の高く安価な医療を確立する(黄枠)。