- バイオ・ライフ・ヘルスケア
感染症対策の統合的推進 ~ワクチン、アジュバント開発、感染症疫学とそれらの社会実装~
エグゼクティブサマリー
感染症への対策を目的とする研究開発とその社会実装、社会としての対策の実践、およびそれらを支える基盤整備を対象として、感染症による健康被害を低減させるための諸方策を提言する。
深刻な感染症の発生が依然として世界で次々と報告されている。わが国では医療へのアクセスや栄養状態、公衆衛生の改善等により感染症による死亡率が激減したが、インフルエンザ、結核等の様々な感染症が現在も国民の健康を脅かしている。一方で、交通網の発達等により、特定の国や地域で発生した感染症が短期間で世界中のあらゆる場所に広がりうる状況となっている。昨今では、感染症の自然発生に加えて、人為的な発生(バイオハザード、バイオテロ等)という新たなリスクが世界で強く認識されているが、わが国では認識も浅く、対応も進んでいない。わが国は、ワクチン等の開発と産業化を加速する仕組み、感染症疫学の実施体制、情報発信のあり方等に関する多くの問題を抱えている。こうした状況を考慮すると、わが国における感染症のリスクは依然として高く、感染症に関するこれらの問題への対応は喫緊に取り組むべきものである。従って、感染症による健康被害を最小限に抑えるための科学上の知見や技術に立脚した方策を、長期的視点に立った国家戦略として推進すべきである。
このような背景を踏まえ、感染症対策に資する研究開発とその社会実装に関する国内外の現状と課題について調査し、産学官の有識者と議論を重ねた結果、わが国における感染症による健康被害を低減させるためには、次の3項目の方策を統合的に推進することが重要であるとの認識に至った。
項目1:「研究開発」・・・ (ワクチン、アジュバント(免疫増強剤)など)
項目2:「感染症疫学」・・・(国内外の情報、サンプル等の収集と整理等)
項目3:「社会実装」・・・ (感染症情報の解析と発信、研究成果の評価と科学的根拠に基づく感染症対策の社会実装等)
迅速な対応で被害拡大を抑える必要から、パンデミック発生等の緊急時は、項目1-項目3で構築する体制をパンデミック対応へと集中させ、迅速なワクチン開発、必要量の生産と国民への提供までを行う。いずれの項目も長期的視点からの継続的な推進が重要であり、平時からの着実な推進で緊急時の迅速な対応が可能になる。
特定の感染症のワクチン、アジュバント開発を想定すると、項目1の時間軸は、対象となる感染症や研究進捗の状況、現在あるいは将来における日本国民の健康への脅威(流行)の度合いによって大きく異なると考えられる。例えば、パンデミック発生時には数週間-数カ月以内の完遂が望まれるが、将来流行の恐れのある感染症は、臨床研究の期間を考慮すると、10 年以内の完遂が目安となる。
本提案の推進は、わが国の感染症による健康被害の低減のみならず、国内外の医療ニーズに対応した新規ワクチンやアジュバントの開発、およびその海外展開によってライフ・イノベーションの実現にも寄与しうる。さらに、これらの基盤となる感染症疫学の活性化や、ワクチン研究開発を志向した新しい融合分野の創出に加え、パンデミック等の発生時にも迅速に国内でワクチンを開発し必要量を供給できる体制の強化等、安全保障上の効果も期待できる。