感染症対策における数理モデルを活用した政策形成プロセスの実現

イラスト:困っている人日本の感染症対策は、確たる根拠がないまま「経験と勘」に頼った政策決定がなされていたり、科学的なエビデンスがあってもそれが必ずしも政策現場へ活用されにくいといった問題が生じている。


図:知の組み合わせ(学術知(公衆衛生学・疫学・感染症数理モデル)×現場知(医療現場・自治体・公衆衛生政策))

  • 世界地図:数理モデルで計算した渡航抑制によるエボラ出血熱の流行リスクの低減効果の推定値
    数理モデルで計算した渡航抑制によるエボラ出血熱の流行リスクの低減効果の推定値
    (Otsuki S & Nishiura H, PLoS One 2016を改編して利用)
  • 性別・出生年別の風疹に関する要ワクチン接種層を示すグラフ(2016年論文より抜粋)
    性別・出生年別の風疹に関する要ワクチン接種層を示すグラフ(2016年論文より抜粋)
    予防接種の集団免疫割合を算出したうえで、優先的に予防接種を接種すべきターゲットを特定できる数理モデルを構築。30代後半から40代男性の血清抗体陽性率が低く、優先的に接種すべき対象として明確化した。

背景

新型コロナウイルス等の様々な感染症に適切に対応するためには、医療技術の開発・改善だけではなく、予防接種や拡大防止のための行動制限など疫学的なエビデンスを活用した効果的な公衆衛生政策の推進が求められる。しかし、日本の感染症対策は、感染症の流行が起こるたびに、後追い的に国の有識者会議に感染症の専門医や疫学の専門家などが呼ばれ、確たる根拠がないまま「経験と勘」に頼った政策決定がなされていたり、また、科学的なエビデンスがあってもそれが必ずしも政策担当者にとって参照しやすいデータではなく、政策現場へ活用されにくいといった問題も生じている。

研究開発のアプローチ

これらの問題に対して本プロジェクトでは、感染症対策における効果的な政策形成プロセスの実現のために、感染症拡大等を予測する数理モデルに基づいた客観的なエビデンスの創出と、それを実際の感染症対策の立案の過程に持ち込むための研究開発を、学術知(公衆衛生学・疫学・感染症数理モデル)と現場知(医療現場・自治体・公衆衛生政策)の協働により実施した。

成果

「感染症がどのように伝播し、感染したヒトがどの程度の期間で発病し重症化するのか」といったプロセスを数式で記述した数理モデルを個別感染症等(風疹・麻疹、HIV、エボラウイルス、新型インフルエンザ等)に適用し流行メカニズム等を解明するとともに、その結果を政策担当者に分かりやすく提示することで対応策の提言等にエビデンスとして活用された。例えば、風疹の予防接種に関して、政策担当者のニーズを丁寧に聞き取りながらそれに応じた複数の条件下での感染拡大シナリオを作成するなどして政策担当者が活用可能な形で提供した。これにより厚生労働省の感染症対策に関する予防指針の改訂、および流行時の被害想定のエビデンスとして活用された。

さらに、プロジェクト終了後に発生した新型コロナウイルス感染症に関しては、医療現場や自治体、携帯電話会社等と協働し、新規感染者数の推移データ、携帯電話の位置情報から得られた人流データや接触率などを数理モデルの基礎データとして分析等を行い、一人の感染者が平均何人の感染者を生むかを表す再生産数を推定した。これらの分析結果は、政府の専門家会議における議論でエビデンスとして活用され、また、重症者数および死亡者数に関する推計や積極的な接触削減に向けた対応策等をまとめた「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」にも取り入れられた。

政策の科学 ロゴマーク 科学技術イノベーション政策のための科学研究開発プログラム
※本プログラム(第1期)における研究開発予算規模(直接経費):1プロジェクト 1千5百万円未満/年(通常枠)、3千万円未満/年(特別枠)
プロジェクト実施期間:2014年10月~2017年9月



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