【プロジェクト訪問】ニコ生でも呼びかけ! 処罰から治療へ、シンポジウム「動き始めた世界の薬物政策 薬物使用と非犯罪化」

開催日:2020年(令和2年)1月25日(土)
会場:龍谷大学深草キャンパス(京都府京都市)

「孤立の病」と呼ばれる、依存症。日本では、たとえば違法薬物であれば「使用したら、まず処罰」という対応が中心です。しかし「処罰」によって支援から切り離されてしまうと、効果的な治療につながりません。国内の覚醒剤事犯の検挙者に占める再犯者の割合は、6割を超えます。また、おおもとの原因である「孤立」は、処罰では解消されません。
国際社会では既に、薬物の使用を「非犯罪化」し(「合法化」ではありません)、効果的な治療や支援につなげる動きが活発です。この手法を、日本国内で取り入れることは可能でしょうか。
嗜癖・嗜虐に対する支援手法の開発に取り組む石塚プロジェクトでは、アメリカの薬物政策問題の第一人者を招き、シンポジウムを開催しました。この日はニコニコ動画での生中継を行い、ネットを通じて広く、日本の薬物政策のありかたを問いかけます。

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今日は同時通訳つきのシンポジウム。関係者を含む230名にご来場いただき、『ニコニコ動画』での視聴者数は最終的に1万人を超えました。

プログラム

第1部 動きはじめた世界の薬物政策

挨拶 指宿信(成城大学/同治療的司法研究センター長)

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開会の挨拶は、治療的司法を取り扱うチームの指宿リーダーから。Punishment(処罰)からtreatment(治療)へ、という考えかたをもって、嗜癖・嗜虐の問題に取り組むひとを結ぶことが宣言されました。

趣旨説明 石塚伸一(龍谷大学/同ATA-net研究センター長/ATA-net 代表)

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石塚プロジェクト研究代表から、薬物問題についての世界の趨勢をご紹介いただきました。
「処罰して閉じ込めたら、反省するだろう」という対策は、先進国では既に日本とイギリスくらいしか残っていません。たとえばヨーロッパでは、薬物問題を犯罪の問題としてではなく、健康や公衆衛生の問題として捉える、「ハーム・リダクション」の考えによる政策が定着しつつあります。
こうした政策への転換のイメージを共有するとともに、当事者を支える「えんたく」のコンセプトを紹介するのが、今回のシンポジウムの目的です。

講演「薬物使用と非犯罪化--再使用と回復支援−」イーサン・A・ネーデルマン(Ethan A. Nadelmann)氏

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ネーデルマン氏は、アメリカをはじめグローバルに、薬物政策改革運動の主要な役割を担ってきた人物です。
人間は長く薬物とつきあってきましたが、そこに科学的な視点やエビデンスが持ち込まれたのは、つい最近のことです。「処罰」という対処に替わって、より科学的な根拠に裏打ちされた、より効果的な薬物問題へのアプローチが、そこから生まれてきました。
薬物問題を犯罪の問題としてではなく、健康や公衆衛生の問題として捉える、こうしたアプローチを「ハーム・リダクション」と呼びます。オランダで高い効果を上げたこの政策は、法規制の効果が見られないことから試みられたものでしたが、結果として当事者はもちろん経済面や社会面にも良い影響を与えたことから、ヨーロッパ全域に広まりつつあります。
施策に沿って、薬物を「管理しながら安全に使える」よう仕組みを作った国では、依存症患者であっても、仕事を続けられ家族も持てます。

逆に、
「もしも煙草が違法となったら、どうなるでしょうか」
と、「違法」という施策の是非を問う仮定には、考えさせられたかたも多かったのではないでょうか。近年の研究で、煙草はさまざまな違法薬物と比較しても依存性が高く、健康被害や社会的損害が大きいことがわかってきました。健康や科学とは関係なく「合法」とされる理由について、合理的な説明はありません。
もしも煙草が違法とされ、闇市場でしか買えなくなったとしたら、おそらく吸う人は減ります。一方で、犯罪組織がチャンスとみて売買を始め、粗悪な品質のものが出回ることで健康被害は大きくなっていきます。刑務所は、煙草を吸った人、売った人、作った人などの「犯罪者」であふれかえり、犯罪の摘発と刑務所の維持管理のために税金が投入されます。過去に「違法」薬物の処罰化がもたらしてきたのと同様、負の側面が大きいことがわかります。

あらためて、薬物と「つきあう」良い方法を考える必要があります。
ハーム・リダクションアプローチでは、薬物の問題を抱えた当事者を支援するとき、薬物以外の問題にも注目します。体調の不良があればその治療に専念してもらい、家族のことを聞き、何が欲しいのかと尋ねます。そのうえで、「薬物の無い生活を考えたことがある?」と問いかけます。
科学、公衆衛生、司法、そして人権への視座。
「処罰」しない政策から始まる、より有効な薬物問題への対策を、みなさんイメージできたのではないでしょうか。

対談「いま、あなたに問う〜薬物使用は、犯罪か?〜」イーサン・A・ネーデルマン氏&ジョー横溝氏

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対談では、ライターやラジオDJ/MCとして多彩な社会問題に関わる横溝氏をお迎えし、さらに具体的な状況や問題点について掘り下げていきます。

いまアメリカでは、ハーム・リダクションへの取り組みが実際に進められている最中です。歴史的に薬物への対応には苦慮してきた国だけに、一見寛容に見える施策には反対も大きいのでは? という横溝氏の質問には、「多様で複雑」というご回答をいただきました。
まず、「薬物を作る人」と、「薬物を使って問題を起こした人」には、厳罰をもって臨んでいます。「薬物を止めるチャンスをあげます」という意味での施策であり、刑罰自体は厳しいものです。
とはいえ、処罰だけの施策が効果を上げていないことや、医療用大麻の乱用問題もあり、いままでの反対派でさえも「薬物問題は健康の問題」と認めざるをえなくなってきているのは確かです。
一方で、薬物依存症患者の支援者の中には、「回復途上の当事者が、その意味を勘違いしてしまうかもしれない」と警戒する人もいます。患者が「ハーム・リダクションとは、つまり薬を使っていいという意味」と解釈してしまうと回復が遅れるでしょうし、従来言われていた「依存症は、底つき体験をして初めて回復に向かう」というセオリーとも全く異なる手法だけに、不安もつきまといます。

そんな中でも少しずつ理解は広がり、中でもインターネットがもたらした変化は極めて大きいものだったといいます。ネットでは、科学的情報に誰もがすぐ手が届きます。さらに、さまざまな背景を持つ当事者やその家族などが、多彩なメディアで「自分の姿を見てくれ」と発言を繰り返し、やがてメディア自らこの問題を取り上げるようになり、変化をもたらすことへとつながりました。
横溝氏は、薬物に対する拒絶反応が日本では大きすぎることをボトルネックとして挙げます。2016年に、国内の末期がん患者が医療用大麻の合法化を求めて起こした裁判を例に引き、薬物についてタブー視せず、公の場で議論すべきと提案しました。

第2部 課題
共有型"えんたく"

後半は会場を移し、ご来場のみなさん全員にご参加いただいての、"えんたく"を開催しました。
"えんたく"とは、会議の手法のひとつです。「困っている人」の課題を共有することで、その課題について考え、ネットワークを広げていくことを目指します。
今日は実際に、具体的な課題について話し合い、会場全体にどのように共有が広がるかをご体験いただきます。

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用意した席では足りなくなるほどの盛況でした。シェアタイムでは、くじ引きで3人ずつのグループになる予定が、急遽「会場内の移動は難しいので、近くのひとと3人グループを作ってください」ということに。

STEP.1 前半(話題提供)

【センターテーブル】
後藤弘子 教授(千葉大学/摂食障害・クレプトマニア班)
藤岡淳子 教授(大阪大学/性問題行動班)
加藤武士 氏(木津川ダルク/保護司/ATA-net研究センター招聘研究員)
近藤恒夫 氏(日本ダルク/ATA-net 顧問)
古藤吾郎 氏(日本薬物政策アドボカシーネットワーク事務局長/ソーシャルワーカー)
【テーマ】『メディアスクラムとソーシャル・インクルージョン〜当事者の位相、支援者の位相、協働の位相〜』
最初に、当事者等を含むセンターテーブルから、話題提供を行います。
メディアスクラムとは、大きな事件などで多数の報道機関が事件の関係者のもとに殺到し、日常生活を脅かすまでになる状況を指します。有名人の薬物使用のニュースなどで頻繁に目にする光景ですが、こうした行為が当事者はもちろん、薬物使用者に対する排除やスティグマ(烙印)に直結していきます。
センターテーブルからは、薬物依存から回復した当事者やその支援者から、切実な体験談を数多く伺うことができました。
「過去に薬物を使用したことがあると話すと、就職できなくなる」
「異常な事件が起こると、『こんなことする奴は薬物でもやっているに違いない』という話題になるが、『みんなそうなるわけじゃない、自分も違う』と、反論したくてもできず」
「有名人が薬の再使用で捕まるたび、細々と回復しているひとが辛い思いをする」
「自己責任というが、12歳くらいで薬物と関わってしまうひとも珍しくない。どう救えばいい?」
一度薬物を使ったが最後、社会に戻ることは極めて困難になる。それは「薬物を使用したら処罰」という法令がある中で、「ダメゼッタイ」「人間やめますか」と繰り返し教えられ、「薬物を使うなんて、処罰されて当然」と捉えるようになった私たちが生み出した、あまりに人為的なスティグマです。

STEP.2 シェアタイム

続いて、3人1組での「シェアタイム」です。提供された話題をもとに、今回は「あなたにとって、安全で安心な居場所は?」というテーマでディスカッションしました。
会場のみなさんの背景はさまざま、3人いれば3通りの想いがあります。この「3人」という数が大事だそうです。4人以上いると発言できない人が出来てしまい、2人では片方だけが話し続けてしまうことも。さらに「3人」だと、聞く側にも意見の異なる2人がいます。
話し合い、結果を画用紙などに「一言で」まとめて、張り出し共有します。

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STEP.3後半(登壇者の議論)

前半の話題を深化させる形で、議論が行われました。ここまでに登場した具体的な政策について繰り返すとともに、その実現を目指すために、ひとりひとりが当事者意識を持ちながら議論することの大切さに触れます。"えんたく"の参加者にとっては、シェアタイムを通じて実感できた事柄ではないでしょうか。

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閉会

挨拶

中村正教授(立命館大学/ATA-net暴力行為班)
西村直之氏(認定NPO法人RSN/(一社)日本 SRG 協議会代表理事ATA-net ギャン ブリング班)
市川岳仁 氏(NPO法人三重ダルク/精神保健福祉士/保護司/ATA-net 物質依存班)
橋元良明 教授(東京大学/ATA-net インターネット・携帯電話班)
横田尤孝 氏(NPO法人アパリ顧問/弁護士/長島・大野・常松法律事務所顧問/元最高裁判所判事/元法務省矯正局長・保護局長/ATA-net顧問)

閉会の挨拶では、"えんたく"の様子を会場の隅で見守っていたイーサン・ネーデルマン氏からも、「誰ひとり薬物使用への攻撃をしない社会に変わることを祈っています」とコメントをいただきました。
最後は、ニコニコ動画でのアンケートです。「薬物使用・所持の非犯罪化についてどう思いますか?」という質問に、賛成43.9%、反対56.1%(※いずれもシンポジウム終了直後の数値)。おそらく、もともと薬物の問題に興味をお持ちのかたが放送をご覧になっていると思われますし、中には依存症の当事者として「止める方法を知りたい」と情報を求めていたかたも、いらっしゃったかもしれません。その意味で一般的な世論よりは、賛成に偏った結果が出た可能性はあります。
それでも、違法薬物の使用が致命的なまでのバッシングに晒されるこの国で、「非犯罪化」の持つ可能性を支持する回答が4割を超えたのは、驚くべき数字です。

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石塚プロジェクトでは、薬物だけではなく、アルコールや、インターネット、DV、虐待、性暴力、ギャンブル、万引き、摂食障害など、さまざまな嗜癖・嗜虐からの回復を研究対象としています。
「依存症なんて、自分には関係ない」
そう考えている人も少なくないようですが、実際には、誰でもなる可能性があります。
依存症は、病気のひとつです。そして、病気は回復が可能です。

処罰から治療へ。
歩みを、進めましょう。

※所属・役職は、取材当時のものです。
(文責:RISTEX広報 公開日:令和2年3月31日)

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