【プロジェクト訪問】「あまみず社会」という治水手法をひろめる。拠点『あめにわ憩いセンター』開設1周年記念セミナー「龍がつなぐ流(りゅう)域の物語」

開催日:2018年(平成30年)2月17日(土)
会場:あめにわ憩いセンター(福岡県福岡市)

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都市型水害への対策が、この庭から生まれる......と言っても、「何のこと?」と首をかしげる方が多いでしょうか。島谷プロジェクトの提唱する「あまみず社会」は、現代日本の多くの都市部で行われている集中型水管理システムの限界を、民有地も含めた分散型のサブシステムで補完しようというものです。
研究開発拠点である福岡県樋井川上流に位置する「あめにわ憩いセンター」では、美しい「雨庭」として、「あまみず社会」システムの具体的なモデルを見ることができます。この日はセンター開設1周年を記念し、セミナーが開催されました。

「あまみず社会」のモデルハウスに集まって
樋井川流域に伝わる水の物語に、耳を傾ける

「あめにわ憩いセンター」はもともと、この研究開発プロジェクトの「多世代・時間をつなぐチーム」のリーダーである角銅久美子さんの自宅です。そのため場所は住宅街の中。伺ったときは、自宅にお客様を招くように、庭に張り出したデッキにテーブルを設置している最中でした。
今回のテーマは、地域の暮らしと水の関わりについて。暮らしに欠かせない一方で大きな災害も招く水と、どのようにつきあっていくのか。樋井川の治水の歴史を振り返りながら考えます。

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地元のボランティアのかた、区長さん、大学やNPO関連など、50名ほどが集まったところで、まずは「あめにわ憩いセンターに乾杯!」。並んだ手料理でお食事会が始まりました。

スペシャルトーク1. 九州大学大学院工学研究院 島谷幸宏氏

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プロジェクトの島谷幸宏代表は、「あまみず社会」の概要から、グリーンインフラの数値計画までを解説。たとえば土壌をアスファルトで覆った舗装道路などでは、降った雨が一気に大量に雨水管に流れ出し、雨水管の許容量を超えるとマンホールからの溢水や、河川氾濫によって冠水の被害を招きます。そこで注目されるのが、土壌の浸透力です。意外にも、個人宅の庭先や道路まわりの緑地など、住宅地の緑化は効果抜群。降った雨は地面に浸透し、洪水を防ぐことにつながります。さらに、庭先を起点に地域全体にまで視野を広げてみると、水の循環そのものが見えてきます。「あまみず社会」は、この循環を理解し、大切にする社会でもあります。
ついでながら、地元の水にまつわるエピソードも披露されました。
下水道システムには、雨水と生活排水を同じルートで流す「合流式」と、別々のルートで流す「分流式」があり、大都市以外の場所では主に「分流式」が採用されています。
福岡市の下水道は、主に「分流式」です。そのため、生活の場のすぐ近くを流れる樋井川でも、子どもたちがじゃぶじゃぶ川に入って遊べます。水はキレイなまま海まで流れ、獲った魚も食べられるので、島谷氏は「食べられる川」と表現しています。

スペシャルトーク2. 九州大学芸術工学院 知足美加子氏

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2017年7月5日の九州北部豪雨災害で大きな被害を受けた朝倉市で、復興支援に取り組む知足氏。特徴的なのは、被災地で発生し、いわば災害の象徴とも見なされる流木を使っていることです。いままでに建築やワークショップ作品、販売用のしおりなどがつくられ、知足氏自身も龍の造形に取り組んでいます。
ところで知足氏は、英彦山の山伏というユニークなルーツをお持ちです。山伏は深山の自然に分け入り、自然とのつながりという目には見えないものをイメージし意識しながら、修行を重ね験力(げんりき)を得ていきます。ときに大きな災害を引き起こし人間と敵対するかのような自然も、根底では人とつながり、社会とつながりながら存在しています。そのつながりに思いを馳せることの大切さ。被災した子どもたちもまた、流木を使った小作品を仕上げる中で、自然とのつながりをイメージし意識し、自ら回復する力を得ていきます。

スペシャルトーク3. 兵庫県立大学環境人間学部 岡田真水(真美子)氏

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岡山県妙興寺の僧侶でもある岡田氏の講演は、環境宗教学の視点から、龍と蛇(おろち)にまつわる信仰や、地域の治水・治山との関わりについて。大蛇オロチ(「おろち」「下りる地」=土石流)であるヤマタノオロチは氾濫する川や山崩れの象徴、一方で龍(「たつ」は「立つ」に通じる)は水をマネジメントする力の象徴と考えられるのだそうです。
「蛇抜け」という言葉が紹介されたときには、会場から驚きの声が上がりました。スライドに映し出されたのは、土砂崩れに遭った山の写真。ゆるやかに蛇行しながら剥き出しになった山肌は、まさに大蛇が木々をなぎ倒し巨石を蹴散らし、山を這い下り通り抜けた痕跡です。「治水事業」とは、この大蛇を退治するというとてつもない大仕事。なるほど龍神の力を借りなくては敵わないわけです。

スペシャルトーク4. 東京大学大学院 福永真弓氏

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福永氏は、プロジェクトの「多の物語をつむぐチーム」のリーダーです。樋井川流域を対象とした聞き取り調査を行い、地元に残る資料とともに、川に住む生き物やイベント、景観などをまとめています。今回は、チームが作成した、戦後から昭和30年頃までの樋井川の様子を印刷した布マップが紹介されました。カラーのマップを示しつつ語られる当時の様子は、「水遊びをする少年たちのスタイルは、赤ふん(ふんどし)派、白ふん派と分かれていました。ごく少数の黒ふん派も」など、そこまで? と思うほど生き生きとして詳細かつ大真面目。懐かし気な表情の参加者からは、感心や感動のどよめきとともに、ひっきりなしの笑いが巻き起こっていました。

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これで講演は終了......と思いきや、布マップが床に広げられました。マップの上に身を乗り出したみなさんの口から、「川のこのあたりは、こんな感じだったよね」と、鮮明な思い出が次々飛び出してきます。

ところで、こうした地元のボランティアの集まりでは、男性の数が少ないのが一般的です。ここはずいぶん男性が多いのですが、尋ねてみると、以前から角銅さんとお知り合いで専門をお持ちのかたが多いようです。一級建築士として長く活躍されてきた角銅さんならではの人脈、人望と熱意のたまものでしょう。たまたまお声がけした男性は、福岡市の「緑のコーディネーター」のおひとりで、花や緑の専門家。「次はアジサイの花を植えるので、接ぎ木の指導をしに来て、と呼ばれていて」と、楽しそうに教えてくださいました。

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セミナーの締めくくりに角銅さんから「樋井川グリーン計画」の説明がありました。樋井川沿いに草花を植え、「かわにわ」と名づける活動です。市の協力も得て、計画は着々と進行中の様子。

降雨シミュレーションの裏付けとともに
減災のきっかけをつくる、雨庭の美しさ

セミナー終了後、島谷代表が声をかけ、プロジェクトの関係者がプロジェクターのまわりに集まりました。東京都内、現在「あまみず社会」の取り組みが始まっている杉並区での、豪雨時のあまみず社会の効果を示したシミュレーション動画の確認です。透水性のある舗装を施したり住宅の雨どいを切ったりして、庭に雨水を浸透させた場合と、現状のままにしていた場合との比較を、時間軸に沿って見ることができます。
「多技術・知恵をつなぐチーム」によれば、たとえば学校などのグラウンドは水を吸う力が弱く1時間に吸収できるのは降雨量7mm、芝地でも22mm。一方関東ロームの庭の土は、1時間に150mmの雨水が浸透します。シミュレーションでは、降り続ける雨の中、土が雨を浸透し続けていました。現状であれば道路の多くが冠水してしまうタイミングになっても、マンホールからの溢水はほとんど見られません。
シミュレーションは、あまみず社会の効果をわかりやすく示すことができるので、数字の裏付けは共感を得るためにとても重要です。「あめにわ憩いセンター」も、庭土の貯留浸透による水収支を緻密に計算し、雨水菅許容量を超えた降水の扱いを丁寧にコントロールしています。しかし、「私もやってみたい」と感じられた方の多くは、そんな洪水抑制の効果よりも、たとえば草木と水に充たされた庭の風情や、貯水に使うカメの独特の佇まいに惹かれているという事も調査によってわかりました。
「あめにわ憩いセンター」の雨庭は、数字の裏付けをいったん置いて、その美しさで人の心を動かします。

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昨今、都市型水害は増加の傾向にあります。現代の「大蛇」を鎮める龍は、小さな庭や身近な川沿い、公園などの緑の奥や、民家の軒先に置かれたあまみず桶の中に潜んでいるようです。

※所属・役職は、取材当時のものです。
(文責:RISTEX広報 公開日:令和2年3月27日)

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