令和6(2024)年6月17~21日にオープンサイエンスをテーマとする「ジャパン・オープンサイエンス・サミット2024(JOSS2024)」が開催され、社会技術研究開発センター(以下、RISTEX)は6月19日に「「総合知」活用における研究データマネジメント~現状と課題」を実施した。
冒頭、セッションの概要とRISTEXの研究開発における研究データ管理の状況調査の結果を紹介した後、ゲストスピーカーの藤田卓仙氏(東京財団政策研究所 研究部門)、白井哲哉氏(京都大学 学術研究展開センター)、船守美穂氏(国立情報学研究所 情報社会相関研究系)が話題提供を行い、最後に小林センター長をモデレーターとして3名によるパネルディスカッションを行った。
1. セッションの概要
小林 傳司(RISTEXセンター長)
RISTEXは約20年前に「社会の問題の解決を目指す技術、自然科学と人文・社会科学との融合による技術、市場メカニズムが作用しにくい技術」を「社会技術」として定義し、社会技術研究開発を推進してきた。「社会技術」は、近年新たな研究モードが模索される中で浮上している「総合知」や「Transdisciplinary(TD)研究」とほぼ重なる内容である。
RISTEXの研究開発は、社会の具体的問題の解決、分野横断・学際共創、ステークホルダー連携による現場での社会実験、そして社会実装を目指すものであり、社会を対象とした研究を行う中で個人情報やパーソナルデータを多く扱う。そこで、研究者に限らない様々なステークホルダーを巻き込んだ研究活動に関わるデータマネジメントが必要であるという問題意識を持ち、令和5(2023)年度からデータマネジメントの課題等の検討を始めている。
本セッションでは、「総合知」等と呼ばれるRISTEXのような研究スタイルのデータマネジメントの現状と課題について議論する。
2. 話題提供① 健康医療系研究におけるデータマネジメント~RISTEXでの経験を中心に~
藤田 卓仙 氏(東京財団政策研究所 研究部門)
オープンサイエンスにおいては、多様な人々との間で、データの公開、利用、保護、秘匿・破棄を検討する必要がある。データ公開・利用は、公益性、報道の自由、歴史的な意義、捏造や改竄を避ける研究公正、社会的な評価、個人の尊厳といった要素によって促進される。一方、データの非公開に向かう力になるものは、プライバシー、知的財産権、ビジネスや学術上の論文等での競争、軍事等の機密、誤情報の流通リスク、不安感、不利益な内容を出す後ろめたさ等があり、限定的な公開が妥当な場合も多い。
ゲノム情報等を含めて機微な個人情報を扱う医療系の研究では、さまざまな法律、ガイダンスやガイドライン、倫理指針等でその扱いが定められてきた。学際研究等の分野横断でデータ共有を行う場合、これらのガイドライン等を遵守するとともに、高齢者や小児のように本人の同意が取れない情報を扱う際は慎重な対応が求められる(図)。
個人情報保護法では学術研究目的等で利用する場合は例外規定があり、丁寧にみながら例外を活用していくのがよい。近年は仮名加工した医療情報のカテゴリーが新たに作られる等、学術研究や医療データの活用を拡大する可能性があるが、データの取得、同意の管理、匿名加工といったスキームに則った適切なデータの取り扱いは今後も変わらず重要である。
3. 話題提供② ヒト試料を扱ったゲノム研究(GWAS)の研究データマネジメントの事例から
白井 哲哉 氏(京都大学 学術研究展開センター)
ゲノム研究(GWAS:ゲノムワイド関連解析)は、患者と健常者の全ゲノムを比較して疾患関連遺伝子を抽出する研究で、数千人規模のゲノム解析を行う。多くの疾患研究に使えるよう、臨床情報や家系情報等もデータベース化されているが、プライバシー保護等の観点からオープンアクセスデータと制限アクセスデータに分かれている。データマネジメントには多大な労力がかかるが、同データベースが構築・維持されているのは、データ共有によって医療が発展するという公益性があることが社会的に合意されているためである。
データマネジメントには、研究ガバナンスの2つのアプローチ、“Precautionary”(事前警戒的)と“Proaction”(行為支援的)のバランスが大事で、研究ごとにルールやそのルールを守れる体制を作る必要がある(図)。現在、研究者に求められる役割は知識の生産のほかにも、知識の公開、品質管理、翻訳・伝達、共創にまで広がり、データマネジメントを含めて研究者一人だけでは対応しきれない。そのため、大学や研究機関の体制作りが不可欠である。URA(University Research Administrator)は、データマネジメントを担う専門人材、研究現場とデータマネジメント業務をつなぐ人材、データマネジメントの環境整備を行う人材になる可能性がある。
4. 話題提供③ オープンサイエンス時代の研究データ管理の課題は、どのように緩和可能か
船守 美穂 氏 (国立情報学研究所 情報社会相関研究系)
日本のオープンサイエンス政策は、即時オープンアクセスや研究データの共有・公開促進策を中心としており、学術成果の「公開」に重点を置いている。しかし、オープンサイエンスを実現するためには、研究が始まる段階からの研究データ管理の方が重要である。研究データの公開・共有条件は、インプットデータ、データの分析・解析、アウトプットのそれぞれの研究過程の積算として、最終的な公開時点の利用条件が決まるからである(図)。
現状では研究者が、研究データの法的・倫理的側面も含めて管理をしなければならず、それが負担となっている。しかし、研究不正防止に関わるガイドライン等から明らかなように、研究者の研究活動に対しては大学等研究機関が最終責任を有する。このため、研究機関は研究活動中の研究データ管理についてもガバナンスを効かせている必要がある。
研究機関の対応方針として、特に法律・倫理・契約に関する面においては、研究データガバナンス構築と研究データ管理支援体制の整備がある。各機関で研究データポリシーの策定が求められる中、全国の大学で利用できる研究データ管理・公開ポリシーのひな型を国立情報学研究所では提供しているが、多くの大学のポリシーにおいて、大学の責務は環境整備に留まっている。国立情報学研究所ではこれに対し、研究機関の研究データ管理責任を明記したポリシーを策定し、全国に普及しようとしている。同ポリシーでは、データ・マネジメント・プラン(DMP)から一歩進んで、データ・マネジメント・レコード(DMR)を用いて、機関の研究データガバナンスを立脚させている。また、これを実現するための「PIと研究機関のための研究管理ステーション」を構想している。
このような研究データ管理の体制ができても、多様なステークホルダーが関わる場合、専門用語、手法、規範、利益構造、制度、文化等のすり合わせの必要性は残る。しかし、総合知やオープンサイエンスの流れの中、将来的には産学連携、市民科学等が一層進んで、社会と大学との垣根がなくなる時代が到来することが予想され、そのような新時代においては、研究データ管理についても新たな解決方法ができてくる可能性がある。
5. パネルディスカッション
最初に議論に挙がったのは、研究者以外の多様なステークホルダーが関与する研究におけるデータマネジメントの課題である。藤田氏は、個人情報保護法において、研究は学術研究機関のみが行い、データ管理も法人に責任があることを前提としているため、従来の研究者のカテゴリーに入らない人が研究する場合、現状の個人情報保護法ではカバーできない部分があると指摘した。船守氏は、GakuNin RDM(国立情報学研究所が提供する研究データ管理システム)は、現状は海外の研究者や民間企業等が利用できず、大学以外の認証の方法やルールづくりが課題になっていると述べた。このような議論の中で、焦点の一つとなったのは研究の公益性という点である。「総合知」と一言で言っても、研究によってその目的やその公益性の度合い、また、規模や期間も異なるため、この部分を整理しながら、データマネジメントに関わる要素にどこまで取り組むか、研究者に対するコンサルティング的な支援が重要だろうと白井氏は指摘した。
一方、研究現場では研究支援人材不足という問題がある。大学等研究機関における研究データ管理が重要であるものの、大学のスタッフ数等を踏まえれば、それを実現するには厳しい状況にあるという意見が多数出された。そして、研究は研究者のみで行うものではないことを、よりポジティブに発信していく必要性等について言及があった。また、RISTEXのような研究助成機関がデータマネジメントにおいて一定の役割があるのではないかという意見が視聴者から出された。そこで、海外の研究助成機関の状況について、白井氏が、イギリスにおいては、日本のURAと研究助成機関にあたる立場のコミュニケーションが多いこと、また船守氏が、欧米では研究助成機関が様々なルールをつくるようになっていることを指摘した。そして、日本では研究支援人材が不足する状況も踏まえれば、研究助成機関の役割をもう少し踏み込んで議論しても良いのではないかという提起があった。RISTEXのプロジェクト経験が豊富な藤田氏は、RISTEXは社会のいろいろな課題に対する研究をサポートする組織として、フリーランスの研究者、市民の立場の方が研究に参加できる1つの拠り所として存在してほしいと期待を語った。
最後に小林センター長は、議論を通じて、論点をいくつも発見でき、参加者と問題群を共有することができた、今後も皆様と議論していきたいと締めくくった。