令和7年度社会技術研究開発事業における新規研究開発領域の設定及び領域総括の選定について
令和7年度発足の新規研究開発領域については、令和5年度に社会技術研究開発センター俯瞰戦略ユニットに新領域設計チームを立ち上げ、有識者へのインタビューや事業の具体化に向けた検討を行ってきました。これらの検討に基づき、社会技術研究開発主監会議(令和7年3月25日)及び理事会議(令和7年3月26日)の審議を経て、下記の通り新規研究開発領域を設定し、領域の運営責任者である領域総括を選定しました。
- 研究開発領域の名称:
ケアが根づく社会システム - 領域総括:
西村 ユミ(東京都立大学 健康福祉学部 教授)
1.研究開発領域の内容
(1)研究開発領域の目標
互いを自然に気にかけながら助け合えるコミュニティ形成や、人びとが環境と互恵的に関わり合えるインフラ等の生活基盤の自発的な実証が複数地域で始まっていること。
(2)研究開発領域の設置期間
- 設置期間は、令和7年度から令和13年度の延べ7年間を想定
- 初年度、2年度目、3年度目に、それぞれ数件程度の新規研究開発プロジェクトの採択を想定
(3)研究開発の種別・規模
本研究開発領域では、領域目標の達成に共に取り組む研究開発の実施者を広く募り、研究開発プロジェクトを実施します。各年度数件の新規の研究開発プロジェクト等の採択を想定しています。
(4)研究開発プロジェクトの概要
本領域の目標達成に向けて、以下に示す研究開発要素を実施するもの。
予算規模(直接経費)
1プロジェクト(上限目安 23百万円)/年(12ヶ月)
プロジェクトの期間: 最長4年6ヶ月
研究開発要素
本研究開発領域の研究開発は、「ケアとその価値の可視化及び実践」を対象とします。「可視化」とは、ケアがなされている現場を分析することにより、ケアとその価値を見えるようにする研究開発に限りません。歴史・社会・芸術・文化・教育等の観点から、人間にとってのケアの価値を再定義しながらケアのあるべき姿を解明する研究開発や、そのようなケアが根づいた社会システムの概念を構築する研究開発も「可視化」の対象に含めます。「実践」とは、見出されたケアの価値が人びとに浸透していくためのモデル等を構築し、それを実社会の現場に導入し、検証・改善を行うことを指します。
- 研究開発要素① ケアとその価値の可視化
可視化されにくいケアとその価値を、以下①―1または①―2の研究開発要素の実施により明らかにします。- 研究開発要素①―1 ケア当事者等の分析によるケアとその価値の可視化
不可視化されやすいケアとその価値を、ケアがなされている現場の当事者ならびにその背景をつぶさに観察・分析する研究開発 - 研究開発要素①―2 歴史・社会・芸術・文化・教育等の視点からのケアとその価値の可視化
歴史・社会・芸術・文化・教育等、「人間としての営み」という広範な視点から分析する研究開発
- 研究開発要素①―1 ケア当事者等の分析によるケアとその価値の可視化
- 研究開発要素② 可視化されたケアの価値に基づく社会システムの実践
研究開発要素①で可視化されたケアの価値を踏まえた、相互依存的な人間観に基づいた社会システムの見直しの方向性や改善策を実社会の現場で実践し、検証・改善を行います(PoC:Proof of Concept)。これに加えて、ワークショップ・住民対話等の機会を通じて、研究開発プロジェクトの成果がもたらす「ケアが根づく社会」のあり方を問いながら、住民をはじめステークホルダーが徐々に主体的にその実践活動に携わる状況に繋げていく活動も実施します。
2. 領域総括について
西村氏は、看護学を専門分野として、長年に渡り臨床で起きていることを調査により捉え直し、見えにくい看護知を紐解いていくことを中心に研究・教育・人材育成において尽力してきた。「現象学」のアプローチを用いて、患者の痛みが「見える」看護師や患者の異変に気付く「感覚」、看護師の身体が現場の状況に即して応答する「実践知」等、看護の現場の無自覚の実践を再認識し、より良い看護に導く研究を先導してきた。これらの研究実績において2017 年に「第11 回日本医学哲学・倫理学会 学会賞」を受賞し、主として看護学、臨床哲学分野における学協会の要職を歴任している。さらに、2020 年からは日本学術会議第二部会員として、提言「ケアサイエンスの基盤形成と未来社会の創造」作成にあたって主要な審議メンバーとして参画し、続いて日本学術会議臨床医学委員会・健康・生活科学委員会合同「少子高齢社会におけるケアサイエンス分科会」では委員長も務めており、他分野の研究者との協働・提言にも積極的に取り組んできた。
本研究開発領域は、ケアの可視化とその実践を通じて、ケアが根づく社会システムを目指すものである。本研究開発領域の推進にあたっては、ケアがなされる現場における丁寧な調査や、関連学問分野と現場が保有する総合知の活用により研究から社会実装に向けた有効性検証にあたっての知見が求められるが、西村氏がこれまでのキャリアで培った現場の実践研究の知見は非常に有用である。さらに、西村氏自身の専門性にとどまらず、日本学術会議における分野横断によるケアサイエンス分科会委員長として、多様な分野の研究者を巻き込みながら議論を推進してきたことからも、本研究開発領域として自然科学系・人文社会学系の研究者との協働促進を含む総合知による研究開発のマネジメントを適切に行っていただけると期待される。