「脳科学と社会」研究開発領域は、平成21年度に活動を終了しました。
領域は①非侵襲的脳機能計測および行動学的観察を組み込んだ追跡研究(コホート調査)を行い子どもの社会能力の獲得過程や神経基盤について明らかにした計画型研究開発と、②発達関連の多様な課題に対して自然科学と人文・社会科学を架橋・融合した視点から取り組むことで教育関連の問題の根幹に迫ることを目指した研究開発プログラム「脳科学と教育」(タイプI:全11プロジェクト、タイプII:全6プロジェクト)を実施しました。
計画型研究開発「日本における子供の認知・行動発達に影響を与える要因の解明」の社会技術システム時代の名称は「ミッション・プログラムⅢ」。
領域総括
小泉 英明
日立製作所役員待遇フェロー近年、高度情報化社会に代表されるテクノロジーの高度化・深化・汎用化や、少子高齢化などから、人々の生活環境や行動様式は大きく変化し、多様化してきています。特に、環境の変化が子供の発達に与える影響等について、広く取り上げられるようになってきています。本研究開発領域では、人々の行動様式や価値観を司る「脳」に焦点をあて、社会の様々な局面で起きる事象を解くことを試みます。特に、近年の脳科学の進展により、脳の活動を総体として捉える手法が確立しつつあり、エビデンスベースドのアプローチにより推進します。
平成13年度より、学習概念を、脳が環境からの刺激に適応し、自ら情報処理神経回路網を構築する過程として捉え、従来からの教育学や心理学等に加え、生物学的視点から学習機序の本質にアプローチすることを対象とした研究開発を推進しています(研究開発プログラム「脳科学と教育」タイプIとして実施中)。
文部科学省「脳科学と教育」研究に関する検討会報告『「脳科学と教育」研究に関する推進方策について』(平成15年7月)に基づき、社会・生活環境の変化が心身や言葉の発達に与える影響やそのメカニズムについて、固定の統計群を経時的に追跡する追跡研究的手法により明らかにすることを目指した新規研究「心身や言葉の健やかな発達と脳の成長」を平成16年度に設定し、研究統括のリーダーシップのもと研究開発を推進するミッション研究、および広く研究提案を募る公募型研究の連携により開始しました(現在、ミッション研究は計画型研究開発「日本における子供の認知・行動発達に影響を与える要因の解明」として、公募型研究は「脳科学と教育」タイプIIとしてそれぞれ実施中)。
計画型研究開発については、当初、準備研究及び短期研究を実施しその成果をもとに研究規模を拡大した長期研究へ移行することを計画しておりましたが、平成18年度の評価を踏まえ、長期研究への移行はせず、短期研究の規模の範囲内で、長期研究が設定していた目標を可能な限り達成することを目指すべく、研究計画を見直し、推進しています。
なお、個人情報保護や十分な説明の上での同意(インフォームド・コンセント)などの倫理的対応については、倫理審査委員会での審議結果等を踏まえ適正な研究推進を図ります。
領域の目標
研究開発プログラム「脳科学と教育」は、発達関連の多様な課題を対象とし、先端技術・自然科学と人文学・社会科学を架橋・融合したTrans-disciplinary(環学的)な視点から取り組むことで、教育関連問題の根幹に迫ることを目指しました。計画型研究開発「日本における子供の認知・行動発達に影響を与える要因の解明」は、行動観察・非侵襲脳機能描画等を組み込んだ追跡研究(コホート調査)を中心とし、子供の社会能力の獲得過程やその神経基盤の解明を目的としました。本研究の結果を基に、集中力・抑制力・協調性・生活リズム・言語能力や他者を思いやる心の醸成等に関し、実証的結果に基づき提言することを目指しました。
領域の構成
本領域は以下の構成で研究開発活動の成果を推進しました。
* 社会技術システム時代の名称はミッション・プログラムIII
公募型研究開発「脳科学と教育」(平成21年度終了)
研究開発テーマの概要
「脳科学と教育」(タイプI )は、脳神経科学の蓄積されたデータの学習・教育への適用、発達認知神経科学や進化・発達心理学、各種神経科学を基盤とした知見の学習機序や広義の教育への応用、自然科学・人文学の成果と臨床、教育、保育等の現場の知識を融合した学習・教育等、前胎児期から一生を終えるまでの全ての学習・教育過程を包括的な視点で捉え直し、少子・高齢化社会における最適な学習・教育システムとその社会基盤構築に資する研究開発等が含まれます。
「脳科学と教育」(タイプ II)は、上記研究に加え、実証的な追跡研究による、発達認知神経科学を含む脳科学、発達心理学や言語学、そして非侵襲脳機能計測や各種情報技術を架橋・融合して実践的かつ人間性を基調とした学習・教育に関する研究開発を志向します。具体的には、追跡研究的手法に非侵襲脳機能計測あるいは行動学的観察を組み込んだ手法により研究開発を実施しています。
研究開発プロジェクト
平成16年度採択課題:タイプI(研究終了)
- 顔認知のメカニズム:その機能発達と学習効果の解明
柿木 隆介(大学共同利用機関法人 自然科学研究機構生理学研究所 教授) - 音声言語知覚機構の解明と英語教育法への展開
小山 幸子(北海道大学 電子科学研究所 助教授) - 非言語的母子間コミュニケーションの非侵襲的解析
篠原 一之(長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科 教授)
平成16年度採択課題:タイプII(研究終了)
- 双生児法による乳児・幼児の発育縦断研究
安藤 寿康(慶應義塾大学 文学部 教授) - 社会性の発達メカニズムの解明:自閉症スペクトラムと定型発達のコホート研究
神尾 陽子(国立精神・神経センター 精神保健研究所 児童・思春期精神保健部 部長)
*平成22年4月より(独)国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 児童・思春期精神保健研究部 部長 - 高齢者と学習障害の脳機能改善コホート研究
川島 隆太(東北大学 加齢医学研究所 教授) - 言語の発達・脳の成長・言語教育に関する統合的研究
萩原 裕子(首都大学東京大学院人文科学研究科 教授) - 教育支援のためのバイオメンタル技術の開発
六反 一仁(徳島大学 大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 教授) - 非侵襲的脳機能計測を用いた意欲の脳内機序と学習効率に関するコホート研究
渡辺 恭良((独)理化学研究所 分子イメージング科学研究センター センター長、大阪市立大学大学院 医学研究科 教授)
平成15年度採択課題(研究終了)
- 学習困難の脳内機序の解明と教育支援プログラムの開発・評価
正高 信男(京都大学 霊長類研究所 教授) - 発達障害の遺伝的要因と環境要因の相互作用に関する研究
桃井 真里子(自治医科大学 医学部 教授) - 前頭葉機能の発達におけるメディアなどの環境刺激の影響
澤口 俊之(北海道大学 大学院 医学研究科 教授)
※研究体制の続行が不可能になったため途中終了
平成14年度採択課題(研究終了)
- 知的学習の成立と評価に関する脳イメージング研究
仁木 和久(独立行政法人 産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門 主任研究員) - 学習機構の生後発達の分子基盤の解明とその応用
真鍋 俊也(東京大学 医科学研究所 教授) - 学習・記憶・認知・意欲機能の基盤と不登校
三池 輝久(熊本大学 医学部 教授)
平成13年度採択課題(研究終了)
- 前頭前野機能発達・改善システムの開発研究
川島 隆太(東北大学 未来科学技術共同研究センター 教授) - 人間のコミュニケーション機能発達過程の研究
定藤 規弘(岡崎国立共同研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門 教授) - 神経回路の発達からみた育児と教育の臨界齢の研究
瀬川 昌也(瀬川小児神経学クリニック 院長)
計画型研究開発「日本における子供の認知・行動発達に影響を与える要因の解明」(平成20年度終了)
研究統括:山縣 然太朗(山梨大学 大学院 医学工学総合研究部)
研究の概要
社会・生活環境が心身や言葉の発達に与える影響やそのメカニズム、特に社会能力 (他者を理解し円滑に付き合う能力)の神経基盤および発達期における獲得過程につい て、乳幼児を対象としたコホート研究により解明します。
1.目標
以下の3項目を目標とします。
- 0~3歳、および5歳~8歳までの社会能力の発達の過程を明らかにし、発達パターン(※)の仮説を提唱する。
- 社会能力の発達に影響を与える要因を明らかにする。
- 将来の長期研究実施の基盤となる大規模コホート遂行技術の具体的な知見を得る。
- 発達パターン
社会能力のさまざまな側面を、レーダーチャート化、スコア化、カテゴリー化して捉え、バランス、バラツキ、広がり等の経年的な軌跡
2.研究開発手法
目標を達成するために、1.コホート研究手法を用いた経年的なデータの解析を、2.脳科学・小児科学・発達心理学・教育学・疫学・統計学等の領域架橋的な解析によって行い、さらに、3.新たな環境評価法・観察法・計測法・統計解析法の開発を行います。