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社会課題解決に向けたメタバース
エグゼクティブサマリー
本報告書は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)が令和5年2月18日に開催した科学技術未来戦略ワークショップ「社会課題解決に向けたメタバース」に関するものである。
近年、バーチャルリアリティー(VR:Virtual Reality)技術、ヘッドマウントディスプレイ(HMD:Head Mounted Display)やPCなどのハードウェア、4G/5Gや光回線などの通信技術の発展にともなって、没入感の高いバーチャル空間でアバターを介してインタラクションができるメタバースの利用が広がっている。ゲームやイベントなどでのメタバースの利用に加えて、教育や就労、ひきこもり者支援、地域活性化などの社会課題解決の手段としての活用も始まっている。その一方で、バーチャル世界がリアル世界の現実を覆い隠すなど、メタバースが個人や社会に好ましくない影響を及ぼす可能性もある。今後、メタバースの用途が拡大して社会的な活動の場となっていくならば、誰もが安心・安全に参加できるメタバースであるべきである。
このような現状を踏まえ、CRDSでは、今後取り組むべき研究開発課題と実施体制・仕組みなどを検討して、以下の仮説をまとめた。
- 誰もが安心・安全に参加できるメタバースの研究開発には、以下の3つが必要である。
・バーチャル空間での人や集団の理解
・社会課題に応じて誰もが参加できるバーチャル空間の構築
・安心・安全な活動のためのルール作り
- これらの研究開発を推進するためには、さまざまな人が参加できるバーチャル空間のリビングラボによる社会実験の推進が必要である。
本ワークショップでは5件の話題提供と総合討論を通じて、これらの仮説を検証し内容の深化にむけて議論した。話題提供では、まず、メタバースの全体像に関してシステム構成とサイバー世界のルールを俯瞰した。その後、法学の観点からアバターに係わるルールに関してプライバシー権・肖像権・氏名権や本人との同一性・なりすましによる問題についての講演と、社会学の観点から自閉症者によるメタバースの活用事例と社会学から見たメタバースへの期待についての講演があった。さらに、システム構築の実践の観点から持続可能なメタバースのエコシステムとシステムアーキテクチャーについての講演と、認知科学の観点からメタバースでの活動が人に及ぼす影響についての講演があった。
話題提供と総合討論を通して、社会課題解決への活用という良い面に加えて、メタバースという新しい活動空間がその中(バーチャル世界)と外(リアル世界)で引き起こす負の側面についても検討すべきとの指摘がなされた。また、メタバースは、さまざまな人が共感し合い創造性を発揮できるコミュニティー空間となる可能性があり、そのためには人と人、人と空間の認知構造の理解や、長期的に人に及ぼす影響の理解などの基礎研究を学際的に進めることが重要であるとの指摘を受けた。さらに、社会課題解決の活動を長期継続するためのエコシステムやシステムアーキテクチャーの必要性や、ルールでは、現実が見えなくなるなどのメタバースによる新たな社会課題への対処や社会的公正、文化の創造の視点からの考察の必要性が示唆された。社会実験では、多様な人が参加してさまざまな社会実験が行えるサンドボックス型の実験プラットフォームの必要性が指摘され、長期運用のためのファンディングやシステム情報分野と人文・社会科学分野の研究者、および産業界が一体となって推進することの必要性の指摘があった。
CRDSでは、ワークショップでの議論を踏まえ、今後、国として重点的に推進すべき研究領域、具体的な研究開発課題を検討し、研究開発の推進方法も含めて戦略プロポーザルを策定し、関係府省や関連する産業界・学界などへ提案する予定である。
※本文記載のURLは2023年5月時点のものです(特記ある場合を除く)。