海外調査報告書
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ASEAN諸国の科学技術・イノベーション情勢(2023年)

エグゼクティブサマリー

近年、国際政治上の緊張の高まりや安全保障問題の顕在化といった世界情勢を背景として、世界的サプライチェーンの再構築が進む中で、ASEAN地域は存在感を強めている。また、多くのASEAN諸国では、総人口に占める労働生産年齢の割合が増え続ける「人口ボーナス期」が続いており、地域のさらなる経済発展が期待されるとともに、優秀な科学技術人材をいっそう輩出することが見込まれている。そして、パンデミックや気候変動への対応や脱炭素社会の実現などの地球規模課題の解決に向けては、国境を越えた連携が必要不可欠である。こうした状況下で、日本にとってのASEAN 地域は、協力のパートナーとしての重要性をいっそう増している。

もともと日本とASEAN諸国との科学技術・イノベーションに関する協力関係には、戦後の長年の積み上げがある。また、2023 年は日ASEAN 友好協力50周年であることを踏まえ、通常の日ASEAN首脳会議に加えて、12月に東京での特別首脳会議が開催され、ASEANが結ぶ最高レベルのパートナーシップである「包括的戦略的パートナーシップ」が日本との間で締結されている。しかし、一方では、中国や米国、EU等の国・地域が、科学技術・イノベーションに関してASEAN地域との連携を強化する傾向が見られ、相対的に日本のプレゼンスが低下している可能性も懸念される。

このような状勢を踏まえ、日ASEAN間の一層の協力強化に資するために、科学技術振興機構(JST)では、研究開発戦略センター(CRDS)、国際部、シンガポール事務所、アジア・太平洋総合研究センター(APRC)、科学技術国際動向調査室が連携してASEANおよびASEAN諸国の科学技術・イノベーションの動向を調査した。

調査結果の概要としては、ASEAN諸国における科学技術全般の進展状況は、経済での大きな発展ほどではないにせよ、ほとんどの国が着実な進歩を遂げている。シンガポールが欧米の先進国に並ぶパフォーマンスを着実に見せている他、高度人材育成に注力してきたマレーシアとタイが比較的高いレベルにあると考えられる。ベトナム、インドネシア、フィリピンでも、様々な分野で高度な研究開発がなされている。カンボジア、ブルネイ、ラオスの科学技術・イノベーション活動はまだかなり限定的であるものと見受けられた。また、ミャンマーについては近年の政情がかなり不安定であるため、情勢を把握することが困難であった。

しかしミャンマーを除くいずれの国においても、国力や経済の発展において科学技術・イノベーションが占める重要性が十分に認識されており、それぞれの国の事情に応じた科学技術・イノベーション政策を工夫しながら展開していることが確認された。各国は、天然資源(土地、水、鉱物、生物等)や農業生産の状況など、自らの地域的な特徴を考慮しつつ、重点分野を特定し、施策を策定・実施している。また、それらの施策でフォーカスする領域のうち、多くの国に共通している重点分野は、デジタル技術(AI等)、環境・エネルギー、都市インフラ・防災、などである。

我が国とASEAN地域との科学技術・イノベーション協力のあり方に関しては、ASEAN諸国の中には依然として我が国と経済格差が大きな国もあるが、原則としては、イコール・パートナーシップの精神を追求すべきであろう。協力の具体的な制度設計において、本報告書で詳細な報告を試みた各国の現状を配慮すべきことは言うまでもないが、互いの発展と繁栄のために協力し合うという意味では、どの国とも対等で互恵的な関係を築いて行く必要がある。

※本文記載のURLは2024年1月時点のものです(特記ある場合を除く)。